第25話 正直存在忘れてたって人、怒らないから挙手しなさい

 これはある日の夕方、学校から帰宅した時の話です。

 赤く染まった不気味な空(夕焼け)の下、絶え間なく耳を劈く怪鳥(カラス)の鳴き声に身を震わせながら(チャリで息切れ)家に着くと、何故か電気が点いていました。

 消し忘れでしょうか? いえ、基本、自分はリビングを使いません。電気もほとんど点けませんし、昨日は一度も使っていないはずなのですが。


 不思議に思いながら家の鍵を開けようとすると、今度はロックの外れる感触がありませんでした。なんと鍵が開いていたのです。

 とうとう怖くなって、一度庭から家を覗いてみるも、カーテンが閉まっていて見えませんでした。仕方なく家に入りますが、中はしんと静まり返っています。


 そこでふと、床が濡れていることに気づきました。風呂場の方から、リビングへと水滴は続いています。

 靴を脱いで玄関から上がり、リビングを覗いてみると、そこには……


「ん、お帰りー」


「姉貴か。ただいま」


 姉貴が帰ってきていました。はい、ホラー番組風の地の文終了。

 リビングのソファにぐでーんと寝そべってる、ロクに服も身につけず下着姿のだらしない人が俺の姉、栄早苗である。とにかく不誠実で適当で面倒くさがりで大雑把で、ダメ大学生にありがちな特徴を詰め込んだ人物といえば説明が早い。


「姉貴、髪くらいちゃんと拭いてくれ」


「後でねー。あ、お茶あったらちょうだい。それかビールでも可」


「自分で取れ。てかなんでいきなり帰ってきたんだよ」


 そして未成年しか住んでない家にビールが置いてるわけないだろ。


 あたかも俺が悪いみたいにぶつくさ言いながら姉貴はソファから身を起こす。いや、お茶取りに行く前に床拭いて服着てくんね?


「実家なんだからいつ帰ってきてもいいでしょ。単に一週間くらい授業なくて空きができたから、暇つぶしに帰ってきただけ。こうしてお姉さまが可愛い弟を見に帰ってきてあげたのだから、光栄に思いなさい」


「ワー、ウレシイナー」


「うむ、苦しゅうない」


 結局、俺が床掃除をする羽目になった。


 姉貴は放置して部屋に荷物を置き、適当に着替えを済ます。けど姉貴がいると思うとどうにも自分のやりたいことに手がつかなくて、一旦リビングに戻った。

 部屋から引っ張り出してきたパーカーと短パンを姉貴に投げつけ、俺の責務は終了。


「おー、あざす」


「帰ってきたってことは泊まるんだろ? 荷物はどうしたんだよ」


「んー、持ってきたのは貴重品だけ。服は適当に借りるよ。あとベッドも貸して」


 是非とも今すぐ帰っていただきたい。俺はどれだけベッドを占領されれば済むんだ。


「自分の部屋使えよ」


「だってベッド東京に持ってちゃったし。それに掃除してないから埃っぽいじゃん」


「自分の部屋くらい自分で掃除しようとは思わないのかよ」


「思わないねぇー」


 東京の部屋、一体どんな惨状なんだろうか。掃除してやらないと不衛生で死にそう。

 俺もコップにお茶を注ぎ、テーブルの方に座る。


「そういえば、最近お父さんたち帰ってきた?」


「正月休みに戻ってきたのが最後。長いから海外行ってるんじゃね」


「ふーん」


 聞いといて興味なさ気だな……あー、お茶うま。


「じゃあ彩也、彼女でもできた?」


「ぐぶっ」


 やべっ、お茶吹いちまった。


「え、ほんとにできたの?」


「げほっ、ゔぇっほ……! 今のでどうやったら、じゃあって話繋がるんだよ」


 話に脈絡のかけらもないじゃねぇか。宇宙人かよ。


「香水かな? なんか甘い匂いがするから。お母さんじゃないなら彼女でも家に連れ込んだのかなーと」


 おまけに鼻までいいときた。久遠を家に呼んだの一ヶ月くらい前だぞ。


「不衛生で嗅覚狂ってんだろ。俺に彼女ができるとでも?」


「別に彩也って顔が悪いわけじゃないしさ。普通にしてればモテると思うけど」


 どうせ姉弟特有のフィルターがかかってるからそう見えるだけだ。って思ったけど、ことこのダメ姉貴に限っては弟の俺に躊躇なく事実を言ってのける。と言うことは、俺ってほんとに顔いいの? 実はモテちゃう? 


 結論、そんなわけない。やっぱフィルターかかってるんだって。ソースは今までの俺。なにを言おう、年齢=彼女いない歴の童貞十六歳の男だ。わぁ悲しい。


「百歩譲ってそうだったとしても、オタクだって先入観はプラスポイントを全部帳消しにするんだよ。よって俺に彼女ができるなんて天変地異が起きてもポストアポカリプスになってもあり得ない」


 なんかデジャヴ。そうだ、横浜行った時に紫音に言われた台詞だった。


「よくまあモテない宣言をそこまで堂々と」


「事実だからな」


 オタクへの偏見を覆す日はまだ遠い。そのためにも俺は、オタクであり続けなければならない。布教と情報発信を継続することでオタク人口を増やし、果ては全人類を二次元文化に染め上げるのだ。これじゃまるで悪役だな。


「へぇー」


 どうでもよさそうに相槌を打たれた。


「どうでもいいけど、夜ご飯何かあるの?」


 訂正、本当にどうでもよかったようだ。


「特に決めてない」


「そ、じゃあビールついでにコンビニでなんか見てくる」


 姉貴はカバンから財布を抜き出すと、髪をポニテに括って出かけていった。


 真っ先にコンビニ飯て……泊まっていくうちくらい、飯作ってあげよう。まじで。

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