第24話 ス◯バって入るの勇気いるよね。
個人的にアキバに来て最も困ることは、昼食の場所だと思っている。必ずと言っていいほど昼時のファミレスは混むし、他のチェーン店もそうだ。
一人か紫音と一緒の時は昼抜きで、帰り際に最寄駅の前で昼なのか夜なのか分からない食事を取ることもあるけど、久遠が一緒だとそうはいかない。かと言って何時間も行列に並ぶ気があるかと問われれば、お察しの通り。
いや、俺と紫音はコミケやらで待つのは慣れてる。ただ、久遠が待ち慣れているとは流石に思えない。だってお嬢様だし。待つなんて言葉とは無縁もいいところのはずだ。
よって、通りから少し離れたカフェにやってきた。さすがは都会プライス。財布には少し痛手だけど、素人に鬼畜を働く俺じゃないし、致し方あるまい。
日頃、外食をしないであろう久遠は物珍しそうにしていながらも、まあ落ち着いた雰囲気のカフェは嫌じゃなかった様子。そして紫音、こいつはもう満足げだった。
何を言おうこの女装男子、女子を凌ぐ甘党ぶりである。ちなみに好きな飲み物はイチゴミルク。キャラ設定みたいに思えるけどマジ。昔からそうだった。
「彩也くん。席についてから、なんだか視線が痛いのだけれど」
「そりゃそうだろ。離れてるとはいえここアキバだし、客は可愛い女の子大好きな人だらけなんだからな。美女と美少女がいれば視線が集まって当然だ」
片や学校一の美女。片やゴスロリコスプレのロリ少女(偽)だ。
そこに混ざった不純物の俺の立場といえばなんたるや。嫉妬の視線に胃が痛いですぅ。
「美少女なんて照れるなぁ。ボク男の子なのに、勘違いされちゃってるよ」
「お前がされるように仕向けてるんだろ。そこで頬を赤らめるな頬を」
パンケーキを頬張って恍惚と表情を蕩けさせている紫音に、周囲のロリコン共は愛玩の眼差しを向けているけど、中身を知ってる俺からすればただの変態にしか見えない。
持ち前の可愛さで人騙しながら食うパンケーキは旨いか? そうだろうな。
紫音は良くも悪くも、自分の特性を理解している。無理に男らしさを求めないどころか、自らの可愛らしさを気に入っていて、それが周囲に好感であることもまた理解している。
得てしてこの自分大好きっ子は、昔からとにかく生きるのが上手いのだ。
本質は違えど、どこかの誰かさんには見習って欲しいと思うけど……な。
「彩也、紙プリーズ」
「はいよ。別に時間制限かけられたファミレスじゃないんだからそう急がなくても」
頬張ったせいで口元を生クリームでべっとりな紫音。無邪気な子供じゃあるまいし、もうちょい慎み……は、キャラに合わないから持たなくていいや。
「彩也くんと高津くんは幼馴染みなのよね。そういうの、なんだか羨ましいわ」
「別にいいことばかりじゃないぞ」
「そうそう、今こそオタクで繋がってるけど、小学校の時はそう深い関わりなかったし」
「そうなの?」
……小学生の頃は、たしかにそうだったな。ただ家が近いだけで、行き帰りで偶然会えば一緒になるような、淡交を以てよしとする関係だった。
セットのオレンジジュースでリスから人間に戻ると、紫音は肩を竦めて続けた。
「彩也がオタクになったのは中学入った頃からで、小学校時代の彩也は、なんとなんと、びっくりなことにみんなに優しいお人好しな人だったんだよ」
「おい紫音、その話は……」
「クラスのみんなに好かれて、困っている人がいたらついつい助けちゃうようなね」
「聞けよ、紫音」
「そう、まさに今の西園さんみた————」
「しおん」
「い……に…………」
饒舌からハッと我に返った紫音は、表情を硬直させて俺を見た。
「いい加減やめとけ。な?」
「あー……うん、そだね」
紫音に苦々しい表情を浮かべさせたのは、間違いなく俺の言葉のせいだ。喉の奥に響くような酷く低い声が出てきて、自分でも少し驚いた。
けど、それでいい。その話はもう、他でもない俺だけのことだ。
一転して気まず気な紫音と、無言のまま面食らった表情の久遠。誰も咎めてくれないのは、素直に咎められるより余っ程心が痛くなる。
「わり、少し外す」
「……ごめん西園さん、ボクもちょっとトイレ」
「分かったわ。荷物は見ておくから」
来ると思っていた。
知っているからこそ、俺が拒んだ理由をきっと紫音は認めないだろうから。
男子トイレの中は俺ら以外誰もいなかった。紫音が男子トイレの方に入っていく姿を見ていた客がいたら、きっと今頃驚いていることだろう。
二つある鏡の前に並んで、お互いの顔を見ることはない。
「似てるよね。彩也と西園さんって」
「……」
「似てるけど、決定的な違いがある。どこまでも似ていて、どこまでも真逆なんだよ」
「……」
「それでいて、きっと君の方が一歩だけ先に進んでる」
「……」
「だから拒んだ。恐れた。西園さんがいつか進む一歩先を、知られたくなかったから」
つくづく、こいつは嫌なやつだと思う。いつだって見透かしたようなことを言ってきて、突っかかってきて。それでいて、いつだって正しいから憎めない。
いつだって、その言葉に覚える苛立ちは、自分自身に向けたものだった。
「西園さんのことは去年から見てきてるから、なんとなく彩也の考えていることはわかるよ。心配してるんでしょ? 助けてあげたいんでしょ?」
助ける? なぜ?
「俺と久遠はただの契約関係だ。それ以上のことをする義務はない」
「知ってる。だから偽恋人としての君がじゃない。もちろん、キモいオタクとしての君でもない。ただの栄彩也が、そうしたがってるんじゃないかな」
「……うるせぇよ」
ウザい。うるさい。指図するな。知った風な口聞くな。黙れよ。
「俺はいつだって、俺のためになることしかやらない。誰かのためなんかに無駄な労力を使ってたまるかよ」
「それじゃあ君は、」
「だから」
だから、俺は。
「俺は、俺のためにやるだけだ。あいつを助けるつもりなんてない」
今の俺はお優しいお人好しなんかじゃない。あんなの御免だ。
「もしあいつが助かるなら、それは一人で勝手に助かるだけだ」
「あ、懐かしい名言。彩也あれ見てたんだ」
むしろあの名作を見ないなんて、オタクとして損でしかないだろ。
「分かったなら、もう邪魔すんな」
これは俺自身の問題。俺が俺を助けるだけの自己満だ。
そもそも、底辺オタクでしかない俺に、一体なにができるというのか。
一人で助かるだけってのは、つまり、
「あいつ自身に助かりたいと思う気がなきゃ、無理ってことなんだよ……」
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