第21話 この世には二種類の巨乳がある。本物の巨乳と、偽物の虚乳である。
「二人が恋人になったって話はそういうことか。どうりでおかしいはずだよ」
見栄っ張り抜きで恋愛関係を持ちたいとは思ったことないけど、だからといって、嘘だと知って満足げな納得をされるとそれはそれでイラッとするものだ。
紫音に説明したのは、俺と久遠が交わした契約云々の話のみ。久遠が恋愛話にウンザリしていて、俺が恋人を演じる代わりに、オタ活に付き合ってもらう、くらいだ。
それ以外のことはなにも話していない。もちろん、久遠からも。
「でもあいにく、手伝えるようなことはなさそうだね。ボクからなにかバラすようなことはないから安心してよ。クラスも違えば関わりもあんまないし」
「今んところはそれで十分助かる」
中途半端に詮索されるより、事実を知って引き込んだ方が後々楽になる。無論、元から親しい仲にある紫音だからこそ簡単にその選択を取れたわけだけど。
話はそこそこに、電車に揺られること一時間半。
一回の乗り換えを挟んで秋葉原駅に到着し、電気街口の改札を出る。
「初めてきたけれど、思っていたほどオタクっぽくはないわね」
「駅前は、な」
本当のアキバは、通りに出てからが始まりだ。
さあご照覧あれ、オタクになる第一の登竜門(個人の意見です)、アキバを!
「どうだ? すごいだろ?」
「え、ええ……貴方の最初の部屋を、そのまま街に拡大した感じね」
うーん、褒めてはいないな。でも拒絶反応が出なかっただけ成長したと言えよう。
「今日は久遠が初めてだし、適当に歩いて店見てでいいか」
「異議なし」
「全部任せるわ」
今日は特にイベントがあるわけじゃないから、メインは散策に決定。
学校の近場じゃ経験できないほどの人混みに、久遠の若干警戒心が強くなっているようにも見えるけど、これはお決まりと言っていい。なんなら俺の場合、通りに出て三秒で、チェックの上着をジーンズにインして、リュックに丸めたポスター、胸ポケットにフィギュア挿した小太りメガネのガチオタに会ったまである。あれはさすがに引いた。
「噂には聞いたことがあるけど、本当に街中にメイドがいるのね……」
「コスプレだけどな」
「でも作法がなってないわ。服も正しく着こなせてないし、あんなではお給仕なんて——」
「だからあくまでコスプレだって。リアルメイドとは別物なんだよ」
コスチュームプレイ。仕事としてではなく、仮装して遊ぶ娯楽の一種なんだから。
メイド喫茶なるものも存在するけど、どっちかといえば求められているのは礼儀作法より可愛さの方だ。可愛いは正義。この世の真理である。
「中身がないから遊びって、それはナンセンスだよ彩也」
不服そうな久遠を宥めていると、今度は逆側から不服が襲ってきた。
因んでおくと、俺の両隣に久遠と紫音がいるって並びで歩いている。これこそまさに両手に花。片方は刺々しいバラで、もう片方は偽物の造花だけどな。
「ボクはアニコスしか詳しくないけど、あの人たちの努力は半端なものじゃないよ。服は一から手作り。装飾品もまた然りさ。ウィッグにメイクもそうだし、かかる時間とお金と手間を考えたら、たかが遊びと侮れるものじゃないんだよ。他にも体型維持の——」
おお、始まってしまった。紫音のコスプレ熱弁。
饒舌に語り出してしまった紫音には、終わるまで声が届くことはない。
「彼、一体なにを話しているの?」
「紫音も歴とした二次元オタクだけど、同時にアニメキャラのコスプレ関連——俗に言う二・五次元大好きっ子でな。あの熱意はさすがに俺も理解しかねる」
見るのも好きだし、紫音自身がする場合もある。けど中性的な見た目のせいでキャラはほとんどが女子。つまりは女装。軽々しくゴスロリ着れるのもそれで慣れてるからだ。
そしてさっき話していた死刑やら九割殺しやらは、そのコスプレ趣味に付き合わされることだ。マジで恥ずかしいったらありゃしない。
「なんだよ彩也、別に君だってコスプレ嫌いじゃないでしょ? コミケ行ったらコスプレエリア見に行ってるんだから」
「いやまあ、そりゃそうだけど……」
「なんだよ煮え切らないなぁ。言いたいことがあるならはっきりと言いなよ」
そう言われちゃあ……んじゃ、まあ、
「別にアニコス文化自体は否定しない。完成度高いの見りゃ萌えるし、好きなキャラのコスしてる人がいたら速攻行って語りたくもなる」
「うむ」
「けどな、だからってなんでも許されるわけじゃないんだよ」
許される許されないってよりかは、限度って言い換えてもいい。
そう、例えばだ。
「胸デカいやつがさらし巻いて貧乳キャラのコスしても、違和感しかないだろ?」
「それは当然だね」
「その逆、貧乳が巨乳キャラのコスをする場合もまた然りだ。そもそもアニメキャラの巨乳って現実じゃまず有り得ない大きさなんだ。それを必死に真似ようとして詰め物入れまくってるって思うと虚しく思えてならないんだよ。あんなの巨乳じゃなくて虚乳だ」
「口じゃ分かりづらいネタ使ってくるね」
たぶん久遠には伝わってないだろうな。
「つまりだ。限度を超えて偽造した虚乳のコスプレを俺は認め——だぁ!?」
痛ってぇ! 後頭部で破裂音したんですけど!? 脳味噌割れてない? 生きてる俺?
「さっきからなに卑猥な言葉を連呼しているのよ! 公然猥褻で捕まりたいの?」
「こちとら真剣な議論をしてるんだサツなんか知ったことか!」
「ならいっそ捕まってしまいなさい」
あ、目がマジだ。侮蔑と軽蔑のアンハッピーセットだ。
「つまり、身の程に合ったコスプレであれば問題ないってことでしょ」
「そういうことだ」
理解してくれてなにより。
世間一般がオタクに対して、深く愛しているあまりに盲目になって無条件で全てを肯定してしまう人だとイメージを持ちがちだけど、決してそうではない。
恋は盲目というけど、その言葉はオタクの二次元愛には通用しないのだ。
深く愛しているがゆえに妥協を許さない。好きなものだからこそ厳しいのがオタクだ。
例えばあれ、好きな作品がアニメ化したけど酷い作画だったとき。好きな作品だからこそ悲しんで、そのあと製作委員会にブチ切れるだろ?
「西園さんスタイルいいし、女性としては背も高いから絶対コスプレ似合うと思うな」
「なんでも似合いそうってのが罪だよな。逆にどれがいいか迷うやつ」
「い、嫌よ、はしたない。そもそも私は貴方達のようなオタクじゃないのよ」
「の割に、なんの抵抗もなくアキバ来ちゃってるけどな」
「契約なんだから、私に拒否権なかったでしょう」
その話を持ち出す前にOKしたけど……言わないでおこう。不機嫌になるし。
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