第17話 どこまでも、あいつとは相容れない

 一つ失態を犯した。何かというと、あれだけ普通に昼食を取る姿を見せてしまっては、酔いを理由に別行動できなくなってしまったのだ。

 焼肉が生で腹痛がどうのとか、歩きすぎて足首がどうのとか、まだ言い訳はいくらでも思いつくけど、仮病の多様が不利益を生むことは経験済みだ。


 なんせ中学の頃、教室にいるのが苦痛すぎて仮病で保健室を多用した挙句、保健室利用者のブラックリストに載ったまである。自業自得としか言いようのないことだけど、三十八度出ても休ませてくれなかったあのバ……年配の養護教諭、お前だけは許さない。あのせいでインフル悪化したんだからな。


 あの時はまだ姉貴が高校生で家にいたからいいけど、なんて裏話はさておき。

 俺と久遠が同時にグループ内にいるとどうなるか、


「お・ふ・た・り・さん」


「っ」


「うおっ」


 アサシンよろしく背後に忍び寄ってきた習志野が、久遠との間に顔を割り込んできた。


「習志野さん、どうかしたの?」


「そりゃまあ? そろそろ聞いておくべきかなぁと思いまして?」


 習志野がそういうや否や、前方の四人の挙動が一瞬おかしくなった。お前ら、ほんと恋バナ大好きな。まじ隙あらば恋バナ。自分語りより数倍タチが悪い。

 彼氏彼女いないやつに聞けば当然と恨まれるし、いるやつに聞いてもそいつが惚気れば、聞いた側に逆恨みされる。


 恨み恨まれる。それが恋愛だ。みんな絶対するなよ。


 俺が特に答える気なく黙っていると久遠も同様らしく、それを同意と受け取ったのか知らないけど、習志野さんは手始めにと口を開いた。

 のんびりキャラして、心はピュアな乙女なんだろう。あることないこと適当に話してあげれば満足してくれるはずだ。


「お二人さん、もうヤった?」


 ……ただの変態だった。ピュアじゃないどころか真っ黒だった。


 バカらしい。なんでどっからでも下ネタに繋げたがるの? 欲求不満なの? 

 久遠さん久遠さん、キャラ隠してないでいつもの毒舌でビシッと言ってやって……


「…………」


 ……くれ、ませんかね、ぇ?


 あるぇ? やっぱコンタクト合ってなかったのかな、ドス黒いオーラが見える。

 あと封印の鎖みたいなのが巻きついているけど、今にもはち切れそう。


「ちょい習志野」


「なっ、なに栄くん。いきなり大胆な……そういうのはまだ早いと思うよ?」


 久遠にだけは聞こえないように、習志野に一歩寄って潜め声で話す。あと習志野、どうせ演技だろうけど、声のせいでまじっぽく思えちゃうから頬赤くするのやめて!


「そういうんじゃねぇよ。いつもあのメンツでそういう類の話すんのか?」


「いや? あんまりしないかなぁ」


「だったら下ネタだけは振るのやめとけ。頼むから」


 見えないところで殺されるぞ。なんならあいつの方がアサシンっぽいまである。


「栄くんに頼まれちゃ、しょうがないなぁ」


 だから、いちいちあざといんだって!


「やるってほら、手繋いだりとか、キスしたりとか。どうなの?」


 おお、オーラが霧散していく。封印は解けずに済んだようだ。


「そういうのは、まだしてないわね」


「まじ? もうそろ一ヶ月っしょ。遅すぎじゃね?」


 なんか野田が乱入してきた。市川は苦笑いしているばかりで、そういや美浜が喋ってるところ直接みたことないな……と思ったら市川にべったりでした。そゆこと。


「いや、遅くはないだろ。恋愛ドロドロ系じゃない限り、キスなんて大抵が十二話の問題解決後か最終決戦後に初めてするもんだ。手繋ぐのだって、中盤のデート回が初めてのことが多い。なんなら最近はベタだからってしない作品も多いまである」


 つまりワンクールを俺らの契約期間の二年終了時までに見立てて換算すると、キスはおろか、手を繋ぐのだってまだまだ先。早くて夏休みくらいだ。


「うわっ、考え方がオタクだ」


「さすが栄くん、染まりきってる」


 悪意がないと理解した上で聞くと、これもただの呆れと褒め言葉に聞こえて来る。


「じゃああれ? もしかしてデートもまだなの?」


「まあ、」


 いや、前に服選んだあれはデートなのでは? 

 久遠は口実だと言っていた。裏を返せば表面上はデートと見ていいってことだ。


「一回だけ、一緒に服見に行った」


「というと、その今着てるやつ?」


「ああ」


「へぇー、西園さんが選んであげたの?」


「ええ、まあ。彩也くん、まともな服を持っていなかったから」


「たしかに、オタクってファッションセンスなさそうだもんね」


 悪かったな、ファッションセンスなくて。

 これから毎回言われるのも嫌だし、もうちょい日常モノ見て勉強しよう。


「じゃあじゃあ、もう一つ聞きたいんだけど」


 ほんと、ずいずいくるな。いい加減、久遠が乗り気じゃないどころかふつふつと中身出てきそうなの察して欲しい今この頃です。


「西園さん、栄くんのどこがよくて告白したの?」


 ——ヤバッ。


 これはまずい。なにがまずいかって、俺に褒められる点が一つもないことだ。


 唯一のステータスであるオタクは世間一般においてすればむしろ欠点でさえあって、もしそれを理由に出そうものなら、久遠がオタクないし二次元に興味あると認めることになる。よし久遠、オタクを理由に出すんだ!


 久遠は指の腹を唇に当て、泳ぎ出しそうな視線を必死に動かすまいとしている。

 冗談抜きに、これはまずい。ここでバレようものなら、久遠の立場が一気に下がる。彼らの恋愛話が鬱陶しかったという事実がバレて、最悪敵視される未来さえ。


 なにか、なんでもいい。捏ち上げた理由でも、誤魔化すでもいいから、なにか——


「そろそろじゃないかな。ほら、見えてきたよみんな」


 途端、話の間に市川の声が入ってきた。


「——」


 一面の桃色吐息の畑を前に振り向いてくる市川と、一瞬だけ視線が交差する。


「うぉっ、すげぇピンク。なっちゃん、早く行こうぜ」


「はいはーい。じゃ、お二人さんも早くねー」


「彩也くん、私たちも」


「ああ……と、悪い、靴紐解けてた。先行っててくれ」


 一歩踏み出す際、逆の足で靴紐を踏んで解く。

 これもまた、中学の頃に身につけた姑息な技術。体育の時間、最初のランニングをサボるために靴紐わざと解いて、結ぶのに時間かけてたりしたものだ。


 先に行った久遠を見送り、案の定、市川も美浜たちを先に行かせ、足を止めていた。


「今ので助けられたなんて思わない」


「僕こそ、君を助けたつもりはないよ」


 ああそうかよ。そりゃありがたい。

 勝手に助けた気になられて、思い上がりの自己満足されたら堪らないからな。


「……君はいつも独りで、知らないからそういうことができるんだ」


 市川の過去なんて知らない。知りたくもない。

 けど、俺に知らないことがあるように、お前も知らないことがあるんだよ。


「お前のバックボーンなんか知るか。訳あり面して同情誘おうとしてんじゃねぇよ」

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