第16話 ※今回はオタクっぽいことなにもしてません

 昼食はバーベキューだった。


 ジンギスカンハウスなる場所で班ごとに具材が渡され、各自焼いて行く方式。


 ここで一つ物申したい。なぜ豚肉なのか。これ詐欺だろ、とついツッコミを入れたいところだけど、たかが校外学習程度で食べれるほどジンギスカンも安くないのだろう。後で調べたら二人前で三千円越え。高いな。

 それに、羊と戯れた後に羊肉食うってのもなかなかの苦行になりそうだ。


 味はまあ、昔家族でやったバーベキューのそれみたいな感じ。美味しい美味しくないでいえば若干美味しくないに傾くけど、そこはあれだ、友達と食べてるから味覚補正でもかかってるんだろう。あいにく俺はかかってなかったけど。

 ここで焼肉屋の方が美味しいとか言おうものなら一瞬で嫌われる自信ある。


 もう膨れたし、静かにSNS警備でもして……いたかったのだけど、


「けほっ、けほっ……ご、ごめんなさ……けほっ」


 となりが静かじゃなかった。


 煙で咽せているのは、言わずもがなで久遠だ。バーベキュー初体験な上に、座った席と風向きの悪さも相待って、それはもうひどいやられようだった。


「けほっ……少し、席外すわ……」


 さすがにギブか。じゃあ、


「ちょっとトイレ」


 誰かに伝える義務はないんだろうけど、一応誰にともなくこぼして、ふらふらと出て行く久遠の後を追った。




「大丈夫か?」


 少し間を開けて久遠の座るベンチに着いたのは、自販機に寄っていたからだ。


「これが大丈夫に見えるなら、コンタクトを作り替えたほうがいいわ」


「一言目でそれが出てくるなら大丈夫そうだな。ほれ」


「わっ、と……これは?」


「さっき自販寄った。俺も外で休むつもりだったし、一人だけ飲んでると気が引けるだろ」


「そう……貴方に気遣いという概念が存在したのね。ありがとう」


 だからなんで、毎回一言余計なんだよ。

 一人分空けて久遠と同じベンチに座り、いざ缶のプルタブを起こす。


「甘っ! うまっ!」


 なるほどこれがマッ缶か。地元じゃ見ないから脊髄反射で買ってしまったけど、これはハマりそう。めっちゃ甘いからこの小さい缶のサイズがちょうどいい。

 ネットで箱売りしてないかな……


「あのバーベキューというのはどうしてこうも非合理的なのかしらね。咽せるし、服は煙くさくなるし、理解できないわ」


「そういう面倒なところもまた楽しみの一つ、っていうんだろうなあいつらは」


 苦難を共有することで生まれる共感満足と精神的結束、それが嬉しいのだろう。


「それで、彼らとはどう? なにか関係に不利益を被るようなことは起こしていない?」


「なんでマイナス前提なんだよ」


 そんな信用されてないのか? そりゃそうだ。俺からあいつらのことを避けてるわけだし、まずプラスになるはずがないもんな。


「そもそも俺は、あいつらに嫌われているわけじゃない」


 市川との一件で疑いばかり抱いていたけど、他の人たちはどうだったか。


 思えばあいつらが俺に抱いている感情は嫌悪ではなく無関心で、オタクであることへの嫌がらせは、彼らからすれば弄りの一環のようなものだったのだろう。

 目の前にネタがあったらとりあえず口に出し手を出したがるのが陽キャの習性というもので、そこに自重はなく、軽率さに満ち溢れている。


 苛立ちを感じた事実を許そうとは思わないけど、今更掘り返すほど執念深い俺でもない。あいつらも前ので懲りただろうし、悪意がなかったことは理解している。


 と、ここらへんが話の落とし所だ。


「それより——」


 そう言いかけた言葉は、けど、喉の奥に痞えて出てこなかった。

 ああ、くそ。唇が震えているのを自覚してしまう。


「……いや、なんでもない」


「言いたいことがあるなら、勿体振られると嫌なのだけど」


「ただの勘違いだ。恥ずかしいから言わせないでくれ」


「そう、まあいいわ…………これ、ほんと甘いわね」


「な」


 相手を気遣う仲であるが故に、人は会話が途切れることを惧れる。

 けど俺と久遠の場合、あくまで契約関係で、別に気遣う仲じゃない。だから話していようが黙っていようが、別に気まずさのようなものを感じることはない。


 ここで布教しようにもモノがないし、あと十分もすれば午後の行動が始まる。


 ワンチャンどこかではぐれて、一人ぶらり旅を……お?


 俺の企みに気付いた輩がいるかのような絶妙なタイミングでスマホが振動した。


『やっほー、ぼっち満喫してる? 君のことだから逸れたフリして一人ぶらり旅、とか思ってそう。あとグループの女子にアイス奢ってもらえることになったよ。いえーい』


 エスパーかよ。あ、相手はもうお分かり、腐れ縁の紫音ですね。


 あいつ、あの見た目だから女子ウケがいいんだよな。将来はヒモになりそう。


「みんな出てきたわ。行きましょう」


「ん、おう」


 こいつの監視下じゃ、一人にはなれそうにないな。残念だったな紫音。お前の予想は外れだ。俺も残念だよ。


 久遠は若干苦しそうにマッ缶を飲み干すと、側のゴミ箱に捨てる。


 俺も飲み干して、空の缶を放り投げて捨て——ようとしたら見事に外れました。


「コンタクト、作り替えようかなー……」


 ちらっ。あ、どうも久遠さん、そんなとこに立ってどうしたんすか?


「残った液が飛び散るから、そういうのはやめなさい」


「……はい。ごめんなさい」


 真っ当な注意だった。なんなら笑われた方が良かったです。

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