第15話 脳内うるさい系男子の独り言
「貴方みたいなオタクには、こういう観光地はつまらなさそうね」
「いや、一概にそうとはいえないんだな実は。聖地巡礼って言ってな、アニメやラノベのモチーフや舞台になっている土地を巡るのもまたオタクの愉しみの一つだ」
千葉と聞いて真っ先に思い浮かべるはただ一つ。これまでに数多の中高生をぼっちにさせてきた大老師の、憎らしくも愛すべきラブコメ作品。
この牧場こそ原作で直接描写されることはなかったけど、縁のある土地というだけでなかなかテンションは上がるものだ。ひゃっほう千葉最高。
と、行きたいところだった。
「この調子じゃ、愉しむ愉しまない以前の問題だな……」
「そうね……」
二人ベンチに並んで座ってシンクロ率高めな項垂れ状態とは、気が合うじゃないか。
電車の揺れ耐性は高くても、やはりバスには通用しなかった。おまけにクラス貸し切りで喧しいわ騒がしいわ、まともに休めもしなかったんだ。
あ、ここらで一応、男子諸君に久遠の服装をお伝えしておこう。
たしか白のノンスリーブニット(アニメで見た)とかいうやつに、空色のカーディガン(これは覚えた)を腕を通さず羽織っている。下は膝丈のスカートで、普段タイツ履いている分、素足が眩しい。靴は涼しそうに、踵の上がったサンダルだ。
「というかお前、よく寝れたな」
「ああ……そうね、昨日あまり寝れていなかったから」
「なに、遠足が楽しみで寝付けないタイプなの?」
「私がそんな性格をしていると思える?」
「全然。まったく。アブソリュートリィノット」
「ならそういうことよ」
「西園さん……と、栄くんも、そろそろ行くってー」
習志野が遠くから呼んでくる。
あからさまに一応みたいな扱い受けた気がするけど、呼んでくれてありがとう。
「歩けば酔いも抜けると思うわ。行きましょう」
「……はいよ」
午前中は決められたコースを各班で歩き、教師にチェックをもらう。その最終地点で昼食を取った後、午後は自由行動。俺が知り得るのは大まかなことだけで、詳しい点は他に任せて後ろをついていく所存だ。
「西園さん、オタクくんといないでこっちにいていいの?」
「ええ、酔ったから少し静かにしたいって」
「酔ってダウンとか……西園さんかわいそすぎでしょ」
「別に、そうでもないのだけれど」
久遠と野田が前で何やら話しているけど、おい最後、本音漏れるぞ。
女子の可愛いって言っている自分って可愛い寸法よろしく、野田のかわいそうって思ってあげてる俺ってカッコいい寸法はどうでもいいとして。
波風立てないように、意図して放っておいてくれているのだろう。今日はあまりグループと関わらないで、後ろから観察させてもらおう。
さて、この面倒くさい現状を解決するにあたって、取れる手段は二つ。
一つ目、俺が彼らと仲を深めること。議論の余地なし、却下。
二つ目、俺が久遠と別れること。誰が易々とオタク仲間を手放すかよ、これも却下。
三つ目、なし。取れる手段なし。終了。閉廷。
人間関係って難しいのな。人間やめようかと思っちゃった。たぶんやめるの方向間違えてるな。でも友達じゃないから友達やめるとは言えないし、やっぱ人間やめるしかないのかもしれない。
出来ることがないとなると、事実上の現状維持の選択を取らざるを得ない。即ち、俺は市川の嫌悪を延々と受け続けなければいけない。控えめに言って最悪である。
それでもやはり、現状維持のほか今打てる手はない。せめて、俺の方からも波風立てないよう目立たないよう、静かにしていよう。そこらへんの草むら隠れてたら保護色機能手に入れられないかな。無理だな。
ならば別の手だ。敵を欺くには己からという。まず自分で自分を目立たないものだと思うことから始めよう。俺は親友キャラ俺は親友キャラ……誰の? 主人公誰? 俺でした。
「……」
一人で馬鹿やってて惨めになってきた。もう黙ってあいつらの話盗み聞きしてよ。
最前を歩くのが市川と美浜、会話には参加していないものの東金。その後ろで残る三人が雑談に華を咲かせている。けど残念ながら、その花は金鳳花だった。
花言葉を、嘲笑。
「てかさ、オタクくんのあれって西園がやったん?」
「あれ、というのは何かしら?」
「いや、あれって言ったらあれしかないでしょ。服とか身なりとか変わりすぎでしょ。朝来た時、マジで誰か知らない人来たって思ったわさすがに」
「それねー。なんか普通にイケてるし、なんならちょっとありかも」
「いやなっちゃん、あいつはさすがにないだろ……」
「いやだなー野田くん、冗談だってば」
「だよなー。声マジっぽくてびっくりしたわ」
だよなー。いやー、俺もびっくりしたわ。
いやマジでびっくりだわ。習志野、喋りがのんびりトーン過ぎるから感情読み取りにくいんだよ。
俺に彼女を作る気がないといっても、別に恋愛感情が欠如しているわけじゃない。自分を好きといってくれる人がいれば嬉し恥ずかしくなるし、三次元の女性に対して可愛いや綺麗の感情を抱くこともある。むしろ二次元で悶え苦しむほど見ているからこそ、より敏感だと言っていい。
二次元に比べれば〜とかいっている奴の三次元全否定は、大抵が彼女できないことへの強がりの裏返しだ。もし本心で言っている奴がいたら、それはもう手遅れである。
ごく一般的な感情を持ち合わせている俺は、それはもうドキッとしました。
思わず自分の踏み出す一歩一歩を記憶に灼きつけるべく下げていた視線が上がってしまい、間の悪いことに、横を向いていた習志野と目があってしまったくらいだ。
そこで目を逸らすのは申し訳なく、けれどほぼ初対面の相手に手を振れるような勇気もない俺だ。結局固まったままでいると、習志野は屈託ない笑み残して前に向きなおった。
……なんだこの、フラれたみたいな感じは。
もう人類にとって微塵も貢献していない一歩なんかどうでもいい。早く牧場着いて、羊でももふもふして癒されたい。と思っていたら、目の前に久遠が立ち止まっていた。
「お前もフラれたことバカにしたいのか?」
「まず告白すらしていない貴方がどうやってフラれるというの? 主体性のない人間が何かを得ようだなんて傲慢もいいところだわ」
「俺は自分が主体性に欠けているとは思わないけど、最初のだけはまったくの正論すぎて言い返す言葉もない。じゃあなにしてんだ」
みんな、俺らのことなんか知らず別れ道の坂を下っていってるのに。
「道が違うの。行けなくはないけど、ずいぶん遠回りすることになるわ」
「気付いてたんなら、言えばよかったろ」
「それは……」
至極真っ当な返答だったろう。けど、何故か、その当たり前に久遠は言い淀んだ。
「いえ、声はかけたのだけれど、聞こえてなかったみたいで」
「聞こえてなかったって……」
理由こそ悲しいけど、あれだけ散々、久遠から悪口と毒舌と罵倒を受けてきた俺だ。普通に接していて、聞こえないことなどあり得ないと思わずにはいられなかった。
久遠も久遠で困惑しているようで、珍しくその柳眉を下げている。
たしかに、聞こえていなかったとしても、二度も同じ注意をするのは気が引ける。立ち尽くしていたのはその迷いからだろう。
「とりあえず、呼び戻すしかないだろ」
遠回りなんざ御免だ。だって羊っ子たちが俺を待っているのだからね!
小走りで集団に追いつき、躊躇う久遠に代わり、仕方なく俺から口を開く。
「おい、ちょっと待ってくれ」
「お、オタクくん追いついたんか。どした?」
「俺じゃねぇ。こっち」
話を後ろ逸らすと、久遠は一瞬唖然とするものの、すぐ平常を取り戻す。
「さっきの別れ道、牧場は戻って上がっていったほうが近いわ。こっちでも辿り着けはするけど、地図だとだいぶ遠回りみたい」
間違っている、とは言わないのか。
「それなら一旦戻ろう。西園さん、ありがとうね」
「いえ」
ぞろぞろと道を戻って行く彼らに、俺は後ろに付いて歩くべく待っていると、横に久遠が並んできた。
「どうした? お前は行かないのか?」
「いえ、その……助かったわ、ありがとう」
「俺はただ羊王国に早く行きたいだけだ。自分のためじゃなきゃやってない」
「そう、では感謝の言葉は取り消すわ。先に行っているわね」
……可愛げないな、あいつ。素直に認めとけよ。
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