第14話 優男イケメンは表面だけで判断するなかれ

 どうしてこうなった、と目をひん剥いて大声で絶叫していた某少佐の気持ち、今なら俺も分かる気がする。


 以前にも話した校外学習の移動は、バスだ。当然ながら、座席云々、隣の人云々の問題が出てくる。けれどだ、俺と隣に座りたがるやつなんて誰もいないし、偽恋人の契約上、十中八九、久遠が隣にくるものだと思って全て任せていた。


 で、当日。


「…………」


 どうして隣が、選りに選って市川なんだよ。


 いや理由は分かる。さっき理解した。

 俺らの班はバスの右側後ろ三列。横に二人並べて、窓側に座れるのは三人。バス座席といえば恒例、乗り物酔いする人の優先権だ。ここからが俺の誤算で、そこに名乗り出たのが俺と美浜、そして久遠だった。


 はい。計画は破綻。そして誰も俺の隣には座りたがりません。


 美浜の隣には習志野で、久遠の隣は野田。

 そしてそして、なんとも心優しい市川君が俺の隣に……きちゃったんだよなぁ。


 最後列だけは三人座れて、市川の隣には東金が座っている。なんなら彼の方が良かった。座るや否や、ゲーム機取り出してイヤホン装着してるんだ。あっちに気遣う気がないってわかれば、俺も同じにできるのに。


「そんな嫌な顔するなよ、栄」


「嫌な顔されるようなことしたのはそっちだろ。前に睨んでたの知ってるからな」


「睨んでたわけじゃないけど……でも、見られてたなら隠しようがないか」


 なんだ、やけに素直に認めるのな。


「まあ別に、誰から嫌われようが知ったこっちゃない。まだ直接的にウザいことしてこない分、他のに比べりゃ全然いいやつだな」


 美浜か野田が来てたら、酔いを受け入れてでも別の席行ってた。


「それはどうも。僕としては嫌っているつもりはないよ。ただ、気に入らないだけさ」


 どっちにしろ悪く思われてるじゃねぇか。

 爽やかイケメンのくせして、ひどく口が悪い。嫌な性格してやがる。


「さっきから、なにが言いたい?」


 認めたくないし、むしろ憎いまであるけど、言葉の裏を読むのには慣れてしまっている。

 建前で語り合うのも、長い前置きも嫌いなんだ。声を潜めて吐き出すと、市川は前方の席を少し覗き込む。


 俺も窓に映った前席を見ると、野田は美浜と習志野と会話に夢中で、久遠は酔いのせいか目を伏せて窓にもたれかかっている。

 声を潜めていれば誰も聞いてはいない。市川は顔を合わせることなく言った。


「お遊びのつもりなら、やめてくれないか」


 何を、とは言わなかった。言われなくても俺が察せると踏んだからだろう。


「なんだ。嫉妬か? 久遠が俺に告ったのがそんなに気に入らないか?」


「嫉妬されて優越感に浸りたかったのなら悪いけど、そうじゃない。さっき言った通り、ただ君が気に入らないんだ。だって、栄は西園さんのことを好きじゃないだろう?」


 好きじゃない、けど俺が気に入らない……なるほどな。

 やっぱり、俺は異分子扱いか。


「僕と美浜と東金は去年から西園さんと同じクラスだった。今年になって習志野さんと野田も一緒になって、今のグループができたんだ」


 はいはいグループグループ。大層な仲間意識なこった。これっぽっちも理解できない。


「けど君が西園さんと付き合いはじめたことで、それが変わりつつある。嫌な方向にね」


「だから、別れて元通りの関係に戻せってか?」


「まさか、人の恋愛感情に他人が干渉していい権利はないし、僕だって、君と西園さんとの関係にとやかく言える立場にない」


 分かっているなら、何故わざわざこの話をしたんだか。


「だったら、外野の輩は黙って——」


「けど、その関係が嘘なら別だ」


 ————。


「……なに言ってやがる」


「正確には栄、君がだ。西園さんの告白を受け入れたにもかかわらず、君は西園さんを好きだと思っていない。そんなの、西園さんが可哀想だろ」


 ……なるほど、そういうことかよ。一瞬、俺らの契約がバレたのかと思った。

 そうではないとしても、バレかけている。久遠の方は上手くやっている上に、あまり警戒される立場にないけど、俺はそう簡単にいかなかったようだ。


「もう一度言う、お遊びのつもりならやめてくれ。彼女の気持ちを弄ぶような真似はやめてくれ。それが西園さんのためだ」


 ……お前のその言葉は嘘だろ、市川。


 お前は久遠の心配なんかしていない。その事実を自覚しているか無自覚なのかは知らない、けどお前が本当に心配しているのは、今の関係が崩れること、グループのことだけだ。

 久遠への哀れみを口実にして、俺を排除したいだけなんだよ。


 グループが大事。友達との関係が大切。

 なるほど、理解はできる。けど、納得はしない。

 そんなの偽善ですらない。悪だ。誰かを排除しなきゃ保てない関係なんて、誰かが加わるだけで崩壊してしまう関係なんて、いっそ壊れてしまえばいい。


 善悪なんて所詮、立ち位置の問題。お前にとって俺が悪でも、俺にとってはお前が悪だ。


「弄ぶもなにも、最初からないもんをどうやって弄ぶんだよ」


「なにを言っているんだ?」


「邪魔すんなってことだ。お前に口出しされる謂れはない」


 ただの契約。恋人のふりをするだけ。そう軽く見ていた。

 けど、面倒なことに絡まれてしまったらしい。


 ああ、あと前言撤回だ。こいつが一番嫌なやつだった。

 

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