第13話 もうメガネなしには生きられない

 てなわけで二店目。


 控えめなライトに照らされた、落ち着きのある内装の、比較的俺の心に優しい店。

 店員も男性の人もいるし、安心して入ったんだけど、


「……」


 小難しい顔、再び。


 今回のはコーチジャケットとかいう羽織ものと、スキニーパンツとかいうズボン。


 さっきの反省を生かさない久遠じゃないだろう、童顔らしい俺にも似合う服を選んでくれているはずなんだけどな。

 しばらく、むむむ、と唸ってはいないものの考え込むと、ふと目を瞬かせた。


「彩也くん、ちょっと失礼」


 なにが失礼なのか断られないまま久遠が俺の顔に手を伸ばしてくる。


「はっ、おい——」


 そして、俺の身体の一部分、メガネが外された。

 ガチで視力悪いから外すとなにも見えなくなる。うぇ、ぼやけて気持ち悪い。


 ともかく意味のあることなのは確かだろう。久遠の表情が読めなくなった分、どんな反応をされているのか分からないけど、すぐに分かりやすい返答が来た。


「子供っぽく見えたのはその黒い太縁メガネのせいね。コンタクトは?」


「体育のため一応作ってはいるけど、目痛くなるから全然付けてないな」


「じゃあ、当日はコンタクトにしなさい」


 俺の話聞いてました? 


「それならジャケットも……まあ、悪くはないわね。それにしましょう」


 似合っていると断固として言わないのは照れ隠しなのか、本当に似合ってないのか。

 うん、後者だな。こいつの場合、絶対照れ隠しなわけない。


「なら、早くメガネ返してくれ。このままじゃ着替えもままならん」


 シルエットを頼りに探り探りで手を伸ばすけど、ぎりぎり見えない。


「ちょっと、動かないでちょうだい」


 と思ったら久遠の方から手首を掴まれ、手のひらに身体の一部が返却される。

 手柔らか、指ほっそ、何気に家族以外の女性にここまでがっしり触られたの初かもしれない。経験浅すぎるせいで少しドキッとしました。


「サンキュ。とりあえず元の服に——って、どうした?」


 メガネの信頼性は絶対だ。視力を取り戻すと、明らかに久遠の顔が赤くなっていた。

 自分で掴んでおきながら、遅れて恥ずかしくなってきたみたいな?

 ワンチャン、メガネを外して真の姿になった俺に惚れ——


「いえ、その……下」


「した?」


「あ、開いてる……わよ」


「へ? あ」


 オゥ。

 社会性もなければ社会不適合者なまである俺だけど、社会の窓だけは開いていた。


「……悪い、気づかなかった」


「いえ……じゃあ、外で待ってるわ」




 一着あれば校外学習当日は乗り切れる。ということで買い物は終了。

 まだ昼前だけど、混み出す前に早めの昼食を取っておこうということになった。


「彩也くん、これは、どうすればいいの……?」


 というわけで久遠お嬢様、初の券売機と格闘中です。


 建物の二階に上がり、通路を通った先の別棟にあるフードコート。

 ハンバーガーにインドカレー、鉄板料理にラーメン。家ではあまり味わえない外食ならではのラインナップの数々が並ぶ中、久遠が選んだのはうどんだった。


 彼女曰く、家では洋食ばかりで食べたことがないから、らしい。


「そこから金入れて、食べたいもんのボタン押すだけだ」


「そ、そう。意外と簡単なのね」


 むしろ、注文を簡略化したとさえ言っていい券売機をどうすれば複雑にできるのか。そして金と教えて一万円札を取り出すところが如何にも金持ちらしい。うどん屋は両替機か何かですかね。


 大量のお釣りとともにプラスチックの券を手に入れ、店員に渡す。ここは呼び出し制らしく、久遠に頼んで先に席を取っておいてもらった。


 ここで水を取ってきてくれと頼んだらどうなるかは、まあ想像つくだろう。冗談なしに給水機とか紙コップとか知らない可能性があるからな。


 久遠は……っと、いた。けど、なにしてんだあいつ?

 遠目から見るに、めっちゃ慌てて視線を周囲と手元を往復させている。


「おーい、なに不審者かまして——」


「さっ、彩也くん。いきなりこれが鳴り出して止まらないのだけど……っ、壊れてしまったのかしら、なにも押してないわよ」


「安心しろ。そいつは今日も元気に仕事をまっとうしているだけだ」


 いや、元気かどうかはしらない。客に拉致られては数分後に取り付けられた発信器で戻ってくるだけの流れ作業ばかりじゃ、精神が病んでいるかもしれない。


 某パン屋のバイトやったことあるけど、こいつも同じかもしれないな……南無。


 オタクが積極性を見せるときは布教の時、イベントの時、一人の時と相場が決まっているけど、これ以上久遠に任せると面倒になるのは理解した。


 俺が積極的に注文を取りに行き、それぞれ自分のを取り合う。


 結果だけ言うと、つゆを完飲するくらいには好評だった。

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