第12話 デート? いいえ、強制連行です。

『んだよ。今日は用事があるんじゃなかったのか? 今仕事中(アニメ)なんだけど』


『明日、デートするわよ』


『は? なんて?』


『今度こそ難聴になってしまったのかしら。明日、デートするわよ』


『いやちょっと待て、大いに待て』


『朝九時に駅ね。では、おやすみ』



 

 八時五十五分。例によって最寄駅。

 まあ、来ましたよ。あそこで電話し返す度胸ないですし。

 今更になって文句があるとすれば、場所をもっと正確に伝えとけってくらいだ。


 とりあえず改札前に……って思ったら、先に久遠が立っていた。


「早いのな」


「ええ、基本、何事にも十分前には着くようにしているから」


 別にいいけど。デートの定番って言えばあれだろ、「ごめーん、遅れちゃったー」からの「全然待ってないよ。僕も今来たところだから」だろ。

 キャラ守るために久遠にだけは絶対に言われたくないし、俺も嘘ついて庇いたくもねぇ。


「で、なんだよデートって。別に誰も見てないところでまで偽恋人やる必要ないだろ」


「デートなんて口実に決まっているじゃない。今日は休み明けの校外学習の用意よ」


「特別持っていくものなんてあったか?」


 移動はバスだし、金とスマホさえあれば万事解決だ。なんなら、千葉程度の距離なら迷っても一人で帰れる。高校生オタクの電車利用頻度を舐めるなよ。


「そうね。何もかもが欠けているわ」


「いや、だから金と——」


「貴方、まともな服持っていないでしょう」


 言うと久遠は、上から下までじっと俺を舐め回すように見た。表現に誤りがあったようです。正しくは、呪い殺すように見た、でした。お詫びして訂正しろ、久遠。


「そんな金あるなら全部グッズに注ぎ込む」


 オタクにファッションを求めること自体がまずおかしいんだ。

 服なんて、夏はTシャツ、冬はパーカーさえあれば生きていける。


「以前貴方の家に行った時もそうだったわ。みずぼらしい服装しかできない貴方に嘘でも恋人を名乗られるのは苦痛でしかない。ましてや、それを他の人に見せるとなれば尚更よ」


 みずぼらしいはさすがに悪口だろ。泣くぞ。


 あ、ちなみに今日のコーデは、長袖のTシャツだけじゃ寒かったから、その上から半袖のパーカーを重ね着。下は動きやすさ重視のチノパン。完璧な機動性だ。

 背中にはこれまであらゆる暑さと寒さを共にしてきた、相棒のリュックサック。


 対して久遠は、ひらひらが付いた紺のブラウス(名前知らない)に、七分丈のベージュ色のズボン(生地の名前しらない)。あとなんか、首に巻いている薄い布(略)。知らないけど、とりあえず凝っているのは分かる。


「じゃああれか、今日はそのための買い物ってことでいいのか?」


「ええ、そうよ。貴方一人に揃えろといっても無理だと確信しているから、今日は私が見繕って、せめてホモ・サピエンスくらいまでは進化させてあげるわ」


 それ、人間の俺からしたら退化してるんだけど。




 ファッションといえば渋谷、渋谷といえばファッション、と形容の呼応関係は成立している。いずれ、広辞苑に乗る日も遠くはないだろう。


 とまあ、某ミステリ小説の冒頭をお借りしたところで。


 俺たちが来たのは、金沢区海沿い、光井アウトレットパークである。じゃあなぜ渋谷の話を出したかって? この前置きがやりたかっただけだ。

 渋谷なんて一種の異界だ。オタクが行っていい場所じゃない。


「先日は悪かったわね。無理に同じグループに呼んだばかりに」


 先を行く久遠の背を追いかけていると、不意にそんな声が飛んできた。


 なんだ。これこそ今更だし、元を辿れば久遠の誘いに起因するとしても、問題の根本はあいつらのオタクに対する認識の悪さなんだ。久遠に謝られる筋合いはない。


「契約のためなら文句は言わねぇよ。けど、そう思うならせめて当日は波風立てないようにそっとさせてくれ」


「ええ、わかったわ……とりあえず、ここ入りましょう」


 モール内の中央に広がる芝生エリア。休日故に、母親と娘が買い物をしている間、父親と息子が一緒に遊んで時間を潰せる場所だ。昔、俺も遊んだ記憶がある。


 そして芝生を囲むように建てられた三階建てのショッピング施設。

 その一階の店に久遠と入っていく。


「うわ……アウェー感ハンパな…………」


 真っ白な内壁。眩しいくらいの天井灯。ばっちり流行乗ってるような女性店員。


「どうしたの彩也くん?」


「なんか透明な壁に入るのを阻まれているような気がしてな」


「自分のファッションレベルの低さを自覚したということね。偉いじゃない」


 いや低いこと自体は自覚している。高くすることの優先度が低いだけだ。


「もうちょい気ぃ遣ってくれよ、こんな店生まれて初めてなんだよ。って勝手に先行くな。俺を一人にしたらもれなく死ぬぞ」

「……」


 返事がない、聞く気がないようだ。


 こんなキラッキラしたファッションショップにオタクが一人でいたら、その事実だけで店員から怪しまれるんだ。おまけにこっちはこっちで挙動不審。警察への連絡から強制同行はい人生オワリ。になりかねない。


「んで、さっきからこれ見よがしに物色してるけど、久遠お前、ファッションの知識とかあるのか?」


「ただ服を見ているだけでそう思われてしまうなんて、容姿が優れていると困るわね」


「いや褒めてねぇよ」


「あまり男性服については詳しくないわね。服は基本、相川が選んでくれるし、そもそも一般的な服屋は初めて。でも、貴方の百倍は服装について詳しいと思うわ」


 さらりと服は全部ブランド物って宣言しました。これが金持ちですよ皆さん。


「というのは本当だけど、ちゃんと調べてきているから安心しなさい」


「最初のとこは冗談って言うのがお決まりだろ」


「はいはい冗談冗談……これと、これでいいかしらね。はい、彩也くん」


「お前、段々高飛車キャラ崩れてきてないか? で、これは?」


「貴方の服以外にあるかしら。とりあえずワンセットだけれど」


「そうか。じゃあ買ってくるわ」


 と、背を向けた瞬間に首根っこ掴まれて、一瞬意識飛びかけた。


「てめっ……久遠、なにしやがる…………」


「バカなの? アホなの? 貴方まさか、試着しないで服買っているの?」


「逆になんで試着しなきゃいけないんだよ」


 大きめのサイズ買っとけば問題ないし、色は黒と白しか買わないから色合いを確かめる必要もない。何より、試着室借りるために店員に話しかけなければならないあの一手順、オタクにとってはそこで詰みである。


「試着なしで買うなんて、相川みたいに相手の全てを分かっている人でないと不可能なことだわ。貴方のことをただのオタクとしか知らない私が完璧に選べるわけないでしょう」


 え、なに? 相川さんと久遠ってそんな深い関係だったの?

 服なんてどうでもいいから、そっちの方がよっぽど気になるんですけど。


「いいから試着。すみません、試着室空いてますか?」


「あ、はい。どうぞ御案内します」


 嗚呼、勝手に話つけられてしまった。服屋じゃ俺に人権はないのか。

 連れてかれるがまま試着室に押し込まれる。


 この際、もうさっさと着て、さっさと決めてしまおう。

 服はここにかけとけばいいのか。脱いだやつは、まあ床放置で。


「それで、あの……久遠さん」


「何よ?」


「いや、カーテン閉めさせてくれね?」


 目の前で仁王立ちされても、俺水泳部じゃないし、普通に恥ずかしい。


「あっ、いえ、そ、そうよね。早く閉めなさい」


 キョドりながら一歩身を引いてくれた。プライバシー確保完了。


「い、いつも私が買うときは店に他の客がいないし、相川が着せてくれるから……つい、そのくせで」


「ああ、そう……」


 なんかもう、二人がただならぬ関係に思えてきたよ。百合好きだからいいけどさ。あんな人形みたいな雰囲気して、実は相川さんが攻めだな。紫音だったら逆言うだろうけど。


「終わったから開けるぞ」


 早着替えはお手の物。朝の睡眠時間を十分確保するために、大抵一分あれば十分だ。


 腕を組み、片手を唇に当てて俺の服を上下くまなく見回す久遠は、


「……」


 小難しい顔していた。なにやらお気に召さない様子。


「貴方、顔が子供っぽいせいで最悪なくらいカーディガンが似合わないわね。ジャケットの方がいいかしら」


 歳若いって言われるの、褒め言葉のはずなのに全然嬉しく感じない。


「この店は大人ものばかりだし、他を見て見ましょう」


「お、おう」


 ファッションって、意外と厳しい世界なのな。

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