第11話 「グループ作り」とは「公開処刑」の別称である
課外授業。校外学習。言い方はいくらかあるだろう。
新学年になって早々に設けられるそれの意味は、つまるところ親睦会だ。
新しい仲間と仲を深めましょー、みたいな小学校レベルの目的だ。
じゃなきゃネズミ蔓延る夢の世界とか、九十度以上傾く地獄ジェットコースターのある遊園地とかに学年単位で行く必要性がない。
しかも今回の二年生は、千葉県某所の牧場だ。
別に嫌ではないし、乗る時間の何十倍も列に並ばなきゃいけない遊園地なんかよりは何十倍もマシな場所だ。むしろあの待ち時間、逆に話題尽きてピリピリした空気になって仲悪くなると思うんだけど。まあ俺は仲悪くなる友達がクラスにいないんだけどね!
それはさておき、問題は場所じゃないんだ。
「それじゃ、六人から八人でグループ作れー」
と、ぼっちに対する死刑宣言が担任の女教師から出される。
はぁ、ぶっちゃけこれが問題である。はぁ。憂鬱すぎてため息が止まらない。はぁ。
紫音という友人こそいるものの、教室では実質ぼっちであることは否めない。なんなら紫音とも気まぐれな関係だから、事実上のぼっちとも言える。
中学の頃、特に友達ができることなくぼっちになってからというもの、紫音以外に話せる相手がいなければ、新しく出来たこともないのだ。
これといって自分がコミュ障だとは思わないけど、かと言って、友達を作るのに積極的になれるかといえばどうか。
どうも俺は、ただ精神的充実を求めるだけの友達という関係性が認められないのだ。何故ならそこに、関係性を継続させる強制力が働いていないのだから。
いつまでも友達だよ、なんて精神的圧力は底が知れている。気に入らなければ排除される、たとえ明確な理由がなくとも、ただ気に入らないというだけで。
徒党を組んで精神的充実を得るということは、同時に、互いの精神だけで成り立っている不安定な関係がいつ崩れるかという恐れを抱くことでもあるのだ。
なぜ怯えてまで友達を作らなければならないのか。俺はそう思う。
故に俺は、友人に限らず関係を持つ人間に対して、常に合理性を欲する。
たとえば利害の一致。たとえば交換条件。
互いにメリットを示し合い、精神的側面以外での関係を継続させる保証を得る。
そうすれば関係性に恐れも怯えもする必要はない。互いの利が明確化されているのだから。
無意識的だったけど、俺と久遠の関係もまたその一例だろう。
して、深刻そうな話を経て、何が言いたいかというと。
どうしてもグループ作りに前向きになれない、である。
けど、クラスには必ず一つ、コミュ障同士の寄せ集めみたいなグループが出来るのが常である。俺もそこに入れてもらえれば……たぶんあそこだな。
「彩也くん」
「あ?」
まったく誰だよ、適当なグループ入って、当日は逸れたフリして一人だらだらしようっていうぼっちプランを阻む輩は。地味にアイスクリーム楽しみだったのに。
「って、久遠か。何?」
「いえ、よかったら私のグループに来ないかしら?」
「久遠の……ていうと」
久遠の背後からちらちらと向けられる視線の方を見やる……うわぁ。
カーストのクラス代表が集まってる久遠のいつメングループかよ。俺だけ明らかに浮いてるぞ。浮きすぎて心だけなら宇宙に到達できる気がする。なにそれカッコいい。
「なぜ俺を? 日頃の鬱憤晴らしたいの? 公開処刑する気?」
「何を言っているの。嘘とはいえ恋人を誘わないなんて逆に怪しまれるでしょう」
「さいで」
もう一度、後ろの彼ら彼女らをちらと見る。オタクは来るなオーラ満載の視線浴びせられたけど、契約のためなら俺に有無を言う権利はない。
グループ探しの手間省けたし、当日は邪魔しないよう空気になってればいいか。
「じゃあ、来てくれるかしら」
「……はいよ」
腰が重い……あんなキラッキラな魔物の巣窟入ったら間違いなく目がやられるわ。メガネしててよかった。それたぶんサングラスだな。
席を立つ間際、机からラノベを取り出してポケットにしまう。最近出たばかりの異世界人外転生モノで、これが意外にも面白くてページをめくる手が止まらなかった。俺も来世はこんなブタになりたい。ブヒブヒ。
この後だって、どうせ班長やらルートやらを決めるだけだろう。俺としてはどこ行こうがついて行くだけだし、ホームルームは成績に関係ない。読書するにはうってつけだ。
廊下側後ろから二番目の俺の席から、ちょうど対角線にある久遠の席に移動する。
「あ、西園さん戻ってきたよ」
と声が上がる。前に嫌な顔してきたクラス一の例の爽やかイケメン君だ。
グループのメンツを一歩後ろから見ていると、女子の一人と視線が合う。
久遠を除いた女子のうちの一人。話の中心にいるタイプではなく、相槌を打って話を繋げるタイプのおっとり系ショートボブ女子。たしか名前は、
「一応紹介しとくわ。彼女が習志野(ならしの)さん」
「やほー」
覇気ない声とともに手をぷらぷらと振ってくる。他のメンバーに比べたら、比較的俺に対する嫌悪感は薄いらしい。無関心でいてくれるのはありがたい。
それから、久遠は俺にメンバーの名前を教えてくれた。
もう一人の女子、日焼けした肌に金髪のギャルっぽいのが美浜。
少し前に俺に嫌な顔をしてきたクラス一の爽やかイケメン君が市川。
長身黒髪スポーツカットの、これまたチャラそうなイケメン君が野田。
背は高くも低くもない、目元が隠れる天パが特徴的な無口君が東金。
「で、彼が——」
「栄彩也……です。まあ、よろしく」
陽キャにびびってつい敬語で自己紹介すると、よろしくだかしくよろだかシクルテリアだかが交々に返ってくる。誰だよ最後の富山県民。
「それじゃあ、先に決めるか」
と、市川が仕切り始める。久遠がリーダーじゃないのか。
さて、もうこれで俺のやることはないな。レッツ、読書ターイム。
「ちょっと彩也くん。なにしているの」
「別にいいだろ。どうせこのグループにとっちゃ俺は異分子だ」
むしろ変に深く関わって迷惑かけては俺も心苦しい。あくまで俺は付属物として、あるべきこのグループの形を取ってくれるのがこっちとしても気が楽なんだ。
俺はその意思をラノベを開いて示す。もう誰も閉じることはできない。
近くの机に腰を少しもたれかからせて読み始めると、横から手が伸びてきてそれを掻っ攫っていった。
「なにそれオタク、なに読んでんのー?」
美浜このやろう。神聖なラノベをそんな雑に扱うとは……! 威嚇とばかりに睨んでやるけど、相手が相手、兎が蛇に勝てるわけなかった。ぴえん。
活字を読むようなキャラとは思えないし、中身は興味ないんだろう。紙のカバーを雑に外すと、表紙の絵を視界に入れた瞬間、その顔が酷く歪んだ。
「うわキモッ……」
どストレートにキモがられた。
「なになに……さすがオタク。よく人前で読めるな。き……すごっ」
今キモいって言いかけただろ。あと言い直しても意味変わってないんだけど。なんなら「キモい」から「すごい(キモい)」にグレードアップしてるんだけど。
語尾に(笑)がつくみたいに鼻で笑われたし、野田、お前も敵性認定だ。
「いい加減返してくれ……くそ、カバー撚れた」
オタクは弄っても反撃してこないからやっていいみたいな認識。本当になんなんだろうな。冗談抜きで嫌がらせの類だって理解しろよ。百歩譲って俺がこのグループに入ったこと自体はこっちの非だとしても、それ以上突っかかってくるなら文句は言うぞ。
いくら嫌われてもいい。けどな、侮られるのだけは絶対に認めない。
刺々しくならざるをえなかった声でぼやくと、二人は何とも言えない、申し訳なさそうな、不満そうな顔になった。
「ちょっと、彩也くんをあまりいじめないでちょうだい」
「そうだよ二人とも。あまり時間もないしね」
ほぅ? 久遠はまあ理解できる。表面上だけでも、庇うのが彼女らしい行動だろう。
けど市川、お前まで俺を庇うとは意外すぎる。俺を嫌いじゃなかったのか?
「栄はなにか、行きたい場所に提案はあるかい?」
「……いや」
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