第10話 周りが変人すぎて、自分がまともに思えてくる今日この頃です

 店に入っていく人混みに紛れながら目的のラノベコーナーの前を一旦通り過ぎ、その奥の漫画コーナーから遠回りして、後ろ側からまたラノベコーナーに戻る。んで、


「よう久遠。一時間ぶり」


「ひにゃっ!?」


 棚の陰に隠れる、さながら不審者の久遠さんの背をつつく。


 ネタバラシだけど、さっき紫音の方の店を出た時、妙に見覚えのある車が通ったんだ。それも黒塗りの外車。しかも運転席には、目立ちに目立つ金髪の女性。はい確信。


 あらかた、エスカレーターで上がってきた俺を見つけて、慌てて隠れたってところか。


「こ、こんなところでき、奇遇ね、彩也くん」


 リアルにギギギみたいな擬音が聞こえてきそうなレベルで、ガッチガチになって振り向いてくる。首の関節錆びてんのかよ。


「いや、もう遅ぇよ。こんなとこで何してんだ?」


「ち、近くに用事があったのよ。それで……そう、その帰りに彩也くんの姿を見かけたから。偶然ね。偶然よ?」


「いや、しっかり俺の真横車ですっ飛ばしてっただろ。あの侍女さんと一緒に」


「ぅ、ぅうっ……!」


「お待たせしました、久遠様」


「あっ、相川」


 お、例によって金髪侍女さん登場。相川って名前なのか。


 右手にはこの店のレジ袋持ってる。しかもなかなかの量買っているらしい。


「こんにちは、お兄様。先日は久遠様がお世話になりました」


 あ、ども。ぺこりと頭下げてくるのに倣って、俺もぺこり。


「それ、何買ったんです?」


 聞くや否や、何故か久遠がわたわたとし出した。


「彩也くん、それは別に、大した——」


「先日、久遠様がお借りしたライトノベルの続きでございます」


「相川!? 何故言ってしま——」


 そこで久遠はハッと口を噤み、俺の方を振り向いてくる。けど、もう遅い。

 なるほど……いや、なるほどね。


「な、なによその笑みは……」


「いやぁ、別に。続きが読みたいなら言ってくれりゃ貸したのにな〜、って」


「それは……」


 続きは言われなくても容易に想像がつく。

 続きが気になっても、言えなかったんだろう。自分からその話を切り出せば、それ即ち、オタクコンテンツに対する積極性を見せることになる。たしかに偏見による嫌悪感は久遠の中にはないとしても、それは肯定的に捉えていることにはならない。

 オタクに染まることをまだ受け入れられないが故に、またその天性の高い自尊心故に、俺の思うがままになることを認められないのだ。


 けど、だから自分で買ったその姿を見られてしまっては運の尽き。

 そこまでして読みたかったという現状は、逆に染まってきていることを示唆している。

 久遠の懐柔オタク化計画、着々と進行しておりますぜ。


「べ、別に、借り物で満足するのは著者に申し訳ないと思っただけよ。それに、途中まで読んだからには、最後まで読んであげるというものが敬意というものでしょう」


「ほぉん、まあ一理ある」


 海賊版サイトでアニメを違法に見るのが許せない的なものだろう。


「だから、なによその笑みは」


「別に、何言っても言い訳にしか聞こえないな〜、って」


「〜〜〜〜!」


 顔真っ赤にしてプルプル震えてる。高飛車なくせして、打たれ弱いんだよな。


「というか、こうなったのは貴方のせいじゃない」


 うわすげぇ、ぶっ飛んだ理論選手権あったら優勝してるよ。


 この話のどこに俺の非があるというんだ?


「だって貴方、上巻の二巻までしか貸さなかったじゃない」


 あ、バレました?

 実は意図的にキリのいい下巻を渡さなかったんだわ。続きが気になるように。


 でもヤベェ、一気に形勢逆転されちまった。


「あ、彩也。そんなとこでどうした……の?」


 ナイスタイミング、紫音。


 このまま久遠に睨まれ続けたら、そのグングニル並みに刺々しい視線のせいで心臓に穴が空くところだった。マジ神様仏様紫音様。


 てってってっと小走りに寄ってくる紫音は、俺の奥に久遠を見つけると首をきょとんと傾げた。いちいち仕草があざとい。


「こんにちは、西園さん」


「ええと、高津くん、だったかしら。こんにちは」


 場の適応力というのか把握力というのか、そういうところの速さはさすが紫音だ。


「と、後ろの人は?」


「相川さん、久遠の側付きの人だ」


「そうなんだ。こんにちは、高津紫音です」


「こんにちは」


 俺の時同様、綺麗な一礼をしてみせる相川さんだけど、どこか不思議そうに、紫音をじっと見つめたままだ。


「男性の方……なのですか?」


 うん、分かりますよ相川さん。ズボン履いてても疑いたくなる気持ち。

 私服だと性別は女子になるし、名簿でも見て性別確認しない限り、男性だと確信を持つのはまず無理。なんなら中学の時、男でもいいからと紫音に告った男子がいたまである。


 いっそあれだ、男女とかじゃなくて、こいつだけ性別・紫音でいい。


 目を丸くする紫音は、すぐには答えずにじっと相川さんを見つめ返した。

 含みのある間、嫌な予感しかしない。


「ええと、もしかしたら、男装女子……だったり」


 ぽぅと、頬を少し赤らめながら紫音は恥ずかしそうに言った。いや言っちゃったよ。

 いいかみんな、嘘だから信じるなよ。


「そうでしたか。性別の事情はやはりどの国でもあるのですね。ご心労お察しします」


 そしてすんなり受け入れられちゃったよ。相川さん、もうちょい疑って!


「ここだけの話、実はわたくしも……」


 えっ、まさか、その見た目で男なの!?


「……というのは冗談ですが」


 ですよねー、声のトーンマジ過ぎてびっくりした。


 でも一瞬信じそうになった俺がいる。だって相川さん、引き締まった体型というか、細身スレンダーというか、あまり胸な——


「どうかしましたか、栄様?」


「いえなんでも」


 本当です、なんでもないですごめんなさい。


 俺のオタク知識が警告してくる、こういう人は怒らせたらヤバいやつだって。あの無表情のまま、無言で包丁持って殺しに来そうだもん。


 最初会った時は礼儀正しくて寡黙な人かと思ってたけど、意外と変人かもしれない。


「まあいいわ。帰りましょう相川」


「はい、久遠様。それでは栄様、高津様、気をつけてお帰りください」


「はーい」


 元気に挨拶できていいですね、高津くん。

 こいつ、初対面の相手によくそこまで軽く振る舞えるな。


「西園さん、なんでこんなところいたの?」


「さあな」


「そういえば彩也、西園さんのこと名前で呼んでるんだね」


「そりゃ、まあ、一応付き合ってるわけだし……あ」


 やべ、相川さんの前で普通に名前で呼んでしまった。なんなら俺も呼ばれてた。


 ……まあ、大丈夫だろう。おそらく。あの人、変人だし。

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