第9話 推しキャラ論争、ここに勃発(しません)

 目的地の横浜駅までは電車で十分と少しもあれば着く。

 この時間帯は同じ高校から帰る人に加えて、別校から俺たちのように遊びに出てくる人も多いらしい。おかげで電車の中はぎゅうぎゅう詰め。


「くっそ、これなら倍以上かけてでも自転車で行くべきだったか……」


 いや、駅前は自転車止める場所ないし、帰り面倒だしな。


「紫音、扉側行っとけ」


「えっ、急にどうしたの彩也。惚れそう」


 萌え袖やめろ、そして瞳を潤ませるな。

 こいつ、自分が可愛いのを自覚した上でやってくるのだから、これまたタチが悪い。


「吊革届かないだろお前。逸れると面倒だから、ほれ」


 俺と位置を入れ替えて紫音を扉側に追いやり、あとはただ駅まで堪えた。

 途中、壁ドンならぬ扉ドンみたいな体勢になって、紫音のやつがふざけてキュンとした表情を作るから周りでヒソヒソキャーキャー言われたりした。無論、紫音の服装が下まで見えていない&俺の後ろ姿のみの状態で、だ。


「彩也はどの店か決めてる?」


 無事到着し、駅から直結したデパートに出る。


「ん? ああ」


 二次元コンテンツを主に扱う店でラノベを買うと、特典なるものが付いてくる。色紙やリーフレット、書き下ろし短編などなど。そしてその特典は、店によって内容やキャラが違うものになっている。

 ちなみに俺たちが今回買いに行くのはポストカードで、店毎にヒロインが違う。


「俺は——」


「ボクは——」


 突然だけど、さっき俺が、紫音のことを腐れ縁だと言ったのを覚えているか?

 というのも、実は明確な理由があってだな……


「メイト」


「とらかな」


 これである。


 そう、紫音とは幼馴染みで、こいつもオタクとしては同種だけど。

 絶望的なまでに、それはもう一ミリたりとも好みが合わねぇんだよ。

 特に推しヒロイン。今まで一度も同じになった記憶がない。


 別に他人の好みをとやかく言うつもりはない。けれど好みが合わない以上、話もいまいち噛み合わないし、オタク仲間にはなれないんだ。


「常々疑問なんだけど、歳上の女性にちやほやされるだけのどこがいいのか分からん」


「ボクのほうこそ、彩也の寡黙キャラ好きは理解しかねるよ」


 やはり解り合えぬが我らの定めか……無念。

 そうなる以上は無駄にいがみ合わず、互いに不可侵でいるのが最適解だ。


「遠いし、先とら行くか」


「うん、ありがとう」


 ビル街から逸れて、通りをまっすぐ進む。


「そうだ。初心者にも入りやすくて、かつ沼に落とせるアニメっていったらなんだ?」


「ま◯マギ」


「初手からトラウマ植え付けるのだけは勘弁してください」


「冗談だよ。そうだなぁ、F◯teシリーズあたりなんかいいんじゃない? アニメ以外にもゲームにラノベと色々あるし、なんたってキャラは可愛いし。あ、ボクの推しはジャンヌね。アポの時の過保護なお姉さん感が最高」


「ああ、聞いてないし知ってる。でも、たしかにありだな」


 最初のルートは絵の古さは、初心者ならあまり気にならないだろう。話の長さがネックになってくるけど、そこは俺の強制権力でどうにでもなる。

 次の日程決まったら、アニメと映画で二ルート制覇だな。


「ところで、なぜそんなのを?」


 おお、そういや説明してなかった。


「実は最近、とある人物に布教中でな。今まで二次元とは交わってこなかった一般人に何がいいかって考えてたんだ」


 けどあいにく、俺一人の意見だけじゃ個人的な嗜好に左右されてしまう。そこで他の知識人にもご意見をいただきたかったってわけだ。


「へぇ……彩也の布教を素直に受け入れる女子か。珍しい人もいるものだね」


 さらりと相手が女子って決めつけられたんだけど。正解だけどさ。


「世界は広いんだよ。俺なんかに告るお嬢様だっているんだ。ほれ、御目当てのもんさっさと買ってこい」


 通りに面した雑居ビルの一角。

 紫音が買い物をしている間、適当に棚を見て回る。とはいえ基本、買いたいものは事前にチェック入れて通販か当日に入手しているから、今買うものは特にない。


 その後、一度駅前に戻って、大型百貨店に向かう。んだけど、


「どうしたの彩也、車好きだったっけ?」


「……いんや、なんでも」


 着くまでの余談だけど、横浜駅の某青色看板アニメショップは一年くらい前までは駅の東口側にあった。百貨店の中に移転してから、二次元関連の店が西口側に集まってくれたのは大変ありがたいんだけど、一つだけ。

 誰か一人は分かってくれるだろう、アニメショップ内の、あの棚と棚が密集して出来上がった狭い通路。他の客の後ろを通ろうものなら身体を横にして申し訳なくなる感じ。


 たしかに面倒ではあったけど、いきなりそれがだだっ広い開放感溢れるフロアになってしまうと違和感だらけで集中できないというか。やはり謙虚で控えめなオタクは狭い場所でこそ安心感を得られるのだと、失って初めて気付かされたものだ。


 今じゃ慣れてしまったけど、時々恋しくなる……っと、着いた着いた。

 エスカレーターで八階まで上がると、店は目の前だ。


「ボク、ちょっと古本見てきていい?」


「終わったら連絡するわ」


「はーい」


 ひょこひょこ小走りで去っていく紫音は、あっという間に人混みに隠れて消えた。

 俺もさっさと御目当てのもん買って古本漁りたい。けど、


「……」


 どうも、さっきから誰かに見られているような気がしてならない。


 いや待て。実は爆破テロ犯が侵入していて、その違和感に俺だけがー、みたいな自意識過剰を拗らせに拗らせた痛いやつじゃなくてだな。


 ていうかほぼ確信してるから、引き延ばすのも嫌だし端的に行こう。


 店に入っていく人混みに紛れながら目的のラノベコーナーの前を一旦通り過ぎ、その奥の漫画コーナーから遠回りして、後ろ側からまたラノベコーナーに戻る。んで、


「よう久遠。一時間ぶり」


「ひにゃっ!?」

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