第6話 料理できる男子は優良物件 ※ただしイケメンに限る
あの後、久遠がシャワーを浴びに行った後からのこと。
夜の時間は特筆することなく時間が過ぎていったとお伝えしておこう。
というのも、俺もシャワーを浴びて部屋に戻ると、久遠はすでに電池切れで落ちていたのだ。無理に起こすほど俺も鬼畜生じゃないし、一人深夜アニメを楽しんだ後、床に布団を敷いて眠りについた。ベッドは相変わらず久遠に占領されていた。
次に目が覚めたときはちょうど昼を回った頃。
我ながら昨日ははしゃぎすぎてしまったらしい。普段なら眠気だけで済むところを、異常なまでの怠さを引き起こしてしまった。頭が重い。
たしか、避けたテーブルに眼鏡置いたんだっけ……お、あった。
極度に目が悪い人は寝るとき以外は全てと言っていいくらい常にメガネをつけているから、寝ること=眼鏡を外すことで、起きること=眼鏡を付けること、みたいに染み付いてしまっている。ソースは俺だけ。
「あー、まじで頭痛ぇ……てか身体中痛ぇ」
やっぱ直敷きで寝るなんて慣れてないことするんじゃなかった。
全く、このわがままお嬢様と言ったら……
「ぅ……んっ、……すぅ…………」
久遠はまだ寝ているらしく、寝返りを打ってちょうどこっちに向いた。
水色のワンピースみたいなパジャマ。フリルまで施されていて、これまた高そうな。
「……っ」
パジャマはだけてるし、なんなら見えそうなんですけど……なんて無防備なんだ。
一般健全男子高校生には目の毒なので、目を逸らしつつも布団をかけ直してやる。
「……」
……なんていうか、寝顔は普通にめっちゃ可愛いのな。
静かにしていたら可愛いってこういうのを指すのか。
「……なに思ってんだか。久遠はいずれ俺のオタク仲間になるだけだ」
なにそれ最高じゃん。うん、まだ寝ぼけてんな俺。
「あら、もう起きてたの……? 早いわね……ふぁ」
「俺も今起きたとこだけど、もう昼だぞ」
伸びに欠伸、これまた無防備なことこの上ない。
俺としては何時に起きようが関係ないけど、一応指摘すると久遠は目を瞬かせ、
「……ああ、そう」
あれ、意外と驚かない。
お嬢様ってだけに、てっきりもっと早寝早起きに厳しいものかと思ってたけど、これも偏見だったりするのだろうか。
「一つ聞いておくけど、また今日も、部屋に閉じ込められて見させられるのかしら?」
「閉じ込めるとは人聞きの悪いことを。俺も眠い頭で見る気は起きない」
そんなことしたら原作者と製作委員会とアニメという日本の伝統文化に失礼だからな。やけ食いとやけ酒はよくても、やけアニメはダメ。お酒は二十歳になってからな。
「とりあえず出てるから、着替えたら呼んでくれ。腹は空いてるか?」
「そうね、そういえば昨日の夜は食べずに寝てしまったし……こういうときって、食事はどうするものなの?」
「買ってくるか外食べに行くか、あとは作るかだな」
「彩也くん、料理できるの?」
「そりゃまあ、ほぼ一人暮らしだし」
親からそれなりのお金はもらってるけど、グッズとかイベント行くために食費は抑えなきゃいけない。これでも最低限の料理スキルは身につけているつもりだ。
ちょっぴり「高校生の男子なのに料理できるのね。すごいじゃない」くらい感心されても、とか思っていたけど……嗚呼、現実は残酷かな。
ドアノブに手を掛けたまま久遠の方を振り返ると、見え張って嘘ついているのかこいつは、ってな具合に訝しまれていた。
「だったら、なんか作ってやろうか?」
すると、訝しむ久遠の表情は、どこか不安そうなものに変わる。
「毒味を、ちゃんとしてくれるなら」
俺の料理ってそんなヤバいレベルですか!?
終わったらリビングに来てくれと伝えて、俺は早々にキッチンに立つ。
食材はあるけど、これと言って物珍しいものを買ったわけじゃない。何より見栄を張って洒落た料理を作ろうものなら、逆に久遠にバカにされて兼ねない。
つまり要求されるのは、ごく普通でいてそれなりに美味しいものだ。
相手はお嬢様、舌の構造自体違うんじゃないかと思うとやや気は引ける。というか、本気でまずいって言われたらどうしよう……。
いや、そんなことはない。これでも一応、可愛い弟に対して全く躊躇なくものを言う姉でさえ美味いと言ってくれた料理だ。自分を信じろ。
「うし、降りてくる前にさっさとやるか」
あ、料理シーンはカットで。
「じゃ、食べるか」
「いただきます。さぁ、彩也くん」
なにが、さぁ、だ。むしろ俺のセリフだろそれ。
ちなみに朝飯兼昼飯は、野菜炒め丼である。豚肉、キャベツ、にんじんともやしを焼肉のタレで味付けし、米の上に盛り付けただけ。超簡単。
男の一人飯といえば丼物。炭水化物にタンパク質、少なくなりがちな野菜までをも一皿に詰め込める上に、洗い物少ない。ある意味、普通の料理より家庭的なまである。
あとはいつ買ったか忘れた、冷蔵庫に入っていたプッチンするプリン。
こいつは毒味させる気なんだろうけど、俺は先に食べさせてもらう。
あ、おいしーかもー。
「そう、大丈夫みたいね」
だからそう言ってんだろ。そろそろキレるぞ。
それでもまだ警戒しているようで、恐る恐るともやしとにんじんを摘み、口に運ぶ。
「……ん、少し大味だけど、美味しいわ」
「そうか」
よかったぁぁぁぁぁああ…………!
ここで「うげ、なによこれ」とか言われたらもう一生料理しなくなってた。
ここで安堵のため息の一つでも吐こうものなら、内心ずっとビクビクしてた小心者だってバレるから黙っておくけど。いやもうマジで安心。今日から料理できるって誇るわ。栄ズキッチン開こうかな。無理だな。
「これはなにで味付けしたの?」
「焼肉のタレだけだぞ」
「なにかしら、それ?」
焼肉のタレを知らないのか。さすがはお嬢様である。
けど、改めてあのタレがなにでできているかと言われると、俺もいまいちよく知らない。野菜とか果物とか煮詰めてるんだっけ? 知らんけど。
「ま、まあ、これが普通の家庭の味ってやつだよ」
知らんけど。小学校高学年の頃から親あんなんだから、母さんの飯を食うのはたまに帰ってきたときくらいだ。ちなみに姉の作るやつはダークマターだった。
「そういや久遠、日頃小説って読むか?」
「暇なときはよく読んでいるわ。うちの親、ゲームにあまり肯定的ではなくて、娯楽といえば昔から本がほとんどだったから」
「へぇ。ちなみに聞くけど、例えば?」
「有名な文豪は一通り読んだことあるわね。ド◯ラ・マ◯ラはとても印象に残っているし、最近ので言えば、虐◯器官が面白かったかしらね」
「お、おう……なるほど」
……このお嬢様、闇が深いのだろうか。
前者は実際読んだことはないけど、たしか精神が狂うとか言われているヤバいやつ。後者は史実を絡ませた近未来SF小説で、タイトルから分かる通りのヤバいやつ。とりあえずどっちもヤバいやつ。なにがヤバいかって、ヤバさがヤバい。今時のJKか俺は。
人の嗜好はそれぞれだというけど、その反面、嗜好は周囲の環境に影響されやすいというし……いや、怖いから詮索するのはやめておこう。
「おすすめのラノベ貸すから、暇なときにでも読んでみてくれよ」
「ライトノベル、というやつかしら? いいわ、時間があれば読んであげる」
「そりゃどうも」
手始めに、二冊くらいだな。
なんて話しながら、あっという間に食事は終わった。
追伸、プッチンするプリンにお嬢様は興味津々でした。
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