第5話 土曜深夜はオタクのゴールデンタイム
アニメは基本、ワンクール十二話。大体五時間あれば見終わることができる。
作品を改め、見始めることちょうど五時間。途中で昼飯を挟みつつもほぼノンストップで観続け、今は午後三時を過ぎたくらいだ。
確認してから円盤を仕舞い、ぬるくなったお茶で一息つく。
「それで、どうだった?」
「ええ——正直、面白かったわ」
「おお!」
「正義が悪を討つ。子供向けの作品にもよくある有り触れたストーリーではあったけれど、主人公の機転の良さには魅せられたし、大正時代という舞台設定もかなり込んでいたわね。それと、登場人物に声を当てている人といえばいいのかしら、稚拙な言葉でしか言い表せないけど、迫真の演技はまるでキャラクターが生きているようだったわ」
「だろ! そうだろっ!」
嗚呼、これだよこれ……!
自分が勧めた作品を素直に面白いと言ってくれるこの幸せだよ。
しかも声優にまで目を向けるとは、素質ありありのありだ。
「久遠お前、めっちゃ毒舌で口悪くて自分勝手で学校では猫被った性悪お嬢様だと思ってたけど、めっちゃいい奴だったんだな……!」
「それほとんど悪口じゃない——というか勝手に握らないでちょうだい! 不躾よ!」
おっと、嬉し過ぎてつい手を取ってしまった。
「悪い悪い。意地張って素直な感想言わないと思ってたから」
「まだ言うのかしら。嘘はつかないし、面白いものは面白いと正直に言うわよ」
まじもんのいい人じゃんそれ。
高飛車気質と毒舌さえなきゃ、根はいい奴なのかもしれない。
「久々にこんな充実した休日の時間を過ごしたけど、さすがに疲れたわね……彩也くん、休みはずっとこんなことしているの?」
「別にアニメだけが全てじゃないぞ。ラノベ積読しまくってるし、ゲームもやってる。むしろアニメはリアタイで夜観ることが多いな……じゃ、続き見るか」
「えっ?」
「えっ?」
えっ、今のところに驚く要素あった?
「彩也くん、さっきアニメって十二話だって言っていなかった?」
「ああ、今見てたやつは二クール編成。ほら、明らかに続きありますって言ってるような終わり方だったし、回収できてない伏線もいくつか残ってるだろ」
「言われてみれば、そうだったかもしれないけど……本当に今から観るの?」
「じゃないと夜のリアタイ間に合わなくなる。それだけは避けなきゃならん」
特に土曜日の夜は大御所と覇権モノが多いからな。
冗談抜きで大真面目に答えると、久遠はさっと顔を青ざめさせた。
初めて観る久遠の絶望する顔。さながら六時限目だと思っていた授業が終わって帰れると喜んでいたら、実はまだ五時間目だったときのような。
けど変に時間を挟むと、気が緩んでなかなか次に進まなくなってしまう。
よって、俺は心を鬼にして次の円盤を取り出し、言った。
「アニメ視聴集会一日目、続行します」
ずいぶん前に日も暮れ、時間はさらに五時間が経過した。
二クール全二十五話。これだけ一気見すると、さすがに俺でも疲れる。
「あとは映画化が決まってて、原作はもっと進んでるけど、とりあえず今見せられるのはこれだけだな。よかっただろ、感動しただろ?」
「ええ、したわ……したから少し黙っててちょうだい、ほんと…………」
やけに声がくぐもって聞こえるのは、限界を超えた久遠が枕に顔を突っ伏しているからだ。ああ、俺の推しがつぶされていく……
「まったく、たった十二時間でへばるとは体力ないのな」
「半日もこんなことしていたら疲れるに決まっているでしょう。むしろ、なんで貴方はそんな普通にしていられるのよ」
別に、半日程度なら普通どころか、まだまだいけるというか。
ほら、中学高校ってやたら短眠アピールしたがるだろ? 恥ずかしながら俺もそんな時期があって、たしか夏休みだったか、最高で五徹まで記録を伸ばしたことがある。無論、最後の方はほぼ記憶ぶっ飛んでいたけどな。
元々夜型ってのもあるし、過去のアニメ漁ってた時期とか新作のゲームでた時なんかは余裕でぶっ通していたから、もう慣れてしまったものだ。
「まあいいわ。泊まり込みでこういうことするつもりで着替えを持って来させたのでしょう、シャワーくらい浴びさせてもらっていいかしら?」
「了解。てかよく泊まるって割り切れたな。普通考えたらほぼ初対面の男子の家に泊まるって、約束破って逃げ出してでも避けるだろ」
むしろ平常な危機察知能力を持っているなら、そうしなきゃダメな希ガス。
「家に誘っておいて微塵もその気を起こさないのだから、貴方を警戒するだけ無駄に疲れるだけよ。バカにしないでちょうだい」
「あ、はい。風呂場は一階降りて、突き当たり左な」
それは信用されたと言っていいのか、バカにされているのか。
久遠は若干立ち眩みつつ、荷物を取り出しさっさと部屋を出て行った。
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