第80話 青春はこれから
教室に入っていつもの席に向かう。
その途中、チラリと舞花の方に目を向けると、楽しそうにお喋りをしていた。相手はもちろん
舞花がいつも通りなので、是清的にも気が楽だ。
特に誰とも話さないまま、席につく。
そのまま、陰キャらしく
いつもと変わらない日常だ。
昼休みになった。授業は適当に聞き流していたので、大して内容は覚えていない。
今、是清は例のごとく、セーフエリアにいた。
これは余談だが、舞花と篝の結婚がなしになった話が広まっていた。広めたのは他でもない、桐生篝本人らしい。
(ま、盗み聞きした内容なんだけど……)
でも、篝も悪い奴じゃない。きっと、話すなら早めの方が舞花にとっても良いと判断したのだろう。
この
ちなみに、是清と舞花の同棲の話は広まっていない。本当に助かる。
そんなことを考えながら、美香の作った弁当を開ける。ちなみに、舞花も今日は美香の弁当だ。
万が一にも、是清と舞花の弁当が同じと気づかれないためにも、やはりセーフエリアという場所は都合が良い。
「いただきます」
両手を合わせ、早速ウインナーをいただく。
噛んだ瞬間、パリッといって、肉汁が弾ける。今日のウインナーは良いやつだ。まあ、朝ごはんと同じなのだが。
(それにしても……俺が舞花と暮らすことになるとはね……)
正直、驚きだ。
ほんの少し前の是清は、家族と
舞花がいなかったら、自分は今ごろどうなっていただろうか。
(……考えるだけ無駄だな……)
もうなってしまったことだ。それに別に後悔してるかと言えば、そうじゃない。
なら、いいではないか。
「……ごちそうさま」
しばらくして、弁当を食べ終えた。
今日は天気が良い。食後で動きたくなかったというのもあり、是清は身体を横にした。
だが、すぐにザッと地面を踏み締める音が聞こえて、起き上がった。
(誰だ……?)
ここを知っている人がやって来たのだろうか。それとも、新入りだろうか。
後者だったら、手厚く歓迎してあげよう。どうせここに新しく来る人なんて、是清の同類に決まっている。
「──やっぱりここにいましたか」
だが、現実は違った。
「……舞花? どうしたんだ?」
「高……是清さんにちょっと話がありまして」
そう言って、姫路舞花は是清の横に来ると、腰を下ろした。
一方で是清はというと、舞花に下の名前で呼ばれたことを勝手に意識して、少し恥ずかしかった。
「話? なんだ?」
改まって話などと言われると、緊張してくる。こう前置きをされて、良い話をされたことは少ない。
「……そう言えば、初めて是清さんと話したのもここでしたね」
これが話したいことだろうか。
思えば、舞花も独自でここを見つけたのだった。中々、見る目がある。
まあ、そうなった原因は篝……もっと
「そうだな」
とりあえず
「それから勢いで是清さんが私を連れ出すなんて言って」
「い、勢いとか言うなよ」
「ふふっ、すいません」
舞花はおしとやかに笑う。偽物の笑顔とは違う、可愛らしい笑顔だ。
「で、普通にデートをしたんですよね。洋服屋に行って、その後は……」
「居酒屋に行ってな」
本当はカフェに行きたかった。
「そう! そうです! あそこの味は今でも覚えていますよ!」
「まあ、なんだかんだ、焼き鳥はうまいからな」
「はい。……で、その後で是清さんには悩みを聞いてもらいましたね。まさか、あの時はこうなるなんて思ってもいなくて」
「俺もだよ」
「あんな何気ない日常っていうのは私にとってすごく新鮮なものでした」
「俺にとってもデートは新鮮そのものだったけどな」
だって是清は女の子と付き合ったことがないから。
「私ですね……是清さんと会ってから、たぶん今までよりも、よく笑うようになりました」
「それは何よりだ」
是清としても嬉しい。
「で、私……考えたんですよ」
「何をだ?」
「これからも是清さんといたら、楽しくて、いっぱい笑うんだろうな、って。
一緒に普通のことをして、一緒に失敗して……そして、一緒に笑うんです」
「…………」
確かに是清も舞花もこれからたくさんのことに失敗するだろう。
「ですから是清さん! 私と……! 私の……!」
舞花が是清の目をグッと見据える。
「──私の……恋人になってください!!!!
あなたのことが大好きです!!!!」
舞花の声が響き渡る。もう何度も彼女の声は聞いた。が、ここまで大きな声は聞いたことがなかった。
「…………それは、俺に言っているのか?」
だが、是清の出した言葉は間の抜けた……いや、抜けすぎている言葉だった。
「あ、当たり前じゃないですか! ここには私とあなたしかいませんよ!?」
当然だ。他の人の気配は一切ない。
「…………1つ確認させてくれ」
「?」
「俺……なんかでいいのか?」
篝を筆頭に、音羽坂高校には、是清よりも
だが、そんなことは舞花には関係なかった。
「是清さんがいいんです!!」
舞花はきっぱりと言い切った。
是清は1度大きく息を吐く。
(ははっ……舞花に全部言わせて、俺って心底かっこ悪いな……)
だが。
(ここで逃げるほどのクズにはなりたくねぇ!)
是清は大きく息を吸った。
そうだ。
確かに是清は目の前のことから目を背けるのは得意中の得意だ。
けれど、これには正面から向き合わなくてはならないのだ。
伝えるのだ。自分の気持ちを。
「──俺も!! 俺もお前のことが……好きだッ!!!!
舞花!! 俺の恋人になってくれ!!!!」
舞花にも負けない声量だった。
「是清さん……」
舞花はそっと呟いた。
それから舞花は是清に身を寄せた。
直後。
是清は頬に柔らかい感触を感じた。
それが舞花のキスなのだと、認識するのに時間はかからなかった。
(……!?!? ……!!!!)
顔が今までにないくらい赤くなる。
身体が熱い。
舞花もまた頬を赤らめていた。
「その……嫌ではない、ですよね?」
すぐにハッとした。
覚えている。
舞花とデートをした日。あの日、舞花に「私と……キスすることになったら、どうしますか?」と聞かれたのだ。
是清の答えは何だったか。
今、舞花が答えを言った。
そう。
嫌ではない、と。
是清は確かにそう答えたのだ。
「これからよろしくお願いします」
舞花がペコリと頭を下げる。
「こ、こちらこしょ、な」
是清も緊張しながら、頭を下げた。
「し、しかし舞花。なんか色々逆だな。告白の言葉も『好き』から『付き合って』だと思っていたし……。
こ、恋人になって、しゅぐに、頬とは言え、キスなんてしゅるし」
恥ずかしいからか、気の利いた言葉が出てこない。
「わ、私も緊張してたんです!」
まあ、それも当然か。
「緊張で言ったら、お、俺だって」
「いや、普通に考えて告白を先にした私の方が」
「……ごもっともです」
なんてことない普通の会話だ。
「ははっ」「ふふっ」
だけど、なぜか是清と舞花は同時に笑い出した。
もしかしたら、こんな何気ない『普通』を舞花は初めから求めていたのかもしれない。
是清は1度息を整える。
「なぁ舞花?」
「なんですか?」
「これからいっぱい、普通に色んなことをしような」
「はい!」
舞花は最高の笑顔を作った。
偽物の入る余地などない、本物の笑顔だ。
そこには青春を
この先のことなんて、分かるはずもないが。
まあ、だからこそ、今は楽しませてもらいたい。
──青春はこれからなのだ。
了
◇
まあ、そんなこんなで本作は終了となります。
元々、この話を考えた時に10万文字前後で書き終えれるように作ったので、少しオーバーした感じですね。
これはもっと勉強する必要がありそうです。
終わり方は綺麗にしたつもりでしたが、どうだったでしょうか?
良いと思ってもらえたなら幸いです。
長々とここで何かを語ろうとは思わないので、そろそろ終わりにしたいと思います。
ここまで読んでくれた方は本当にありがとうございます。
それと応援、レビュー、フォローや感想等もらえると、嬉しいです。
これからも小説を書くことはあると思うので、その時はまたよろしくお願いします。
では、そういうことで。
青春を謳歌したい俺と将来が安泰のご令嬢 三鷹真紅 @sincostan
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