episode.3 パーティー


◆ ◆ ◆


 暗い部屋に淡い桃色の光が広がっていた。その光の中には、白いベッドとそれに横たわる白兎が包まれていた。一見白兎は息をしていないように見えるが、微かに呼吸をしていた。

 その部屋の白兎が寝ているベッド付近には、20歳位の少年と少女、少し離れたところに伯がいた。

 落ち着いた少女の声が部屋に響く。


「唯兄様、『春』の力で催眠をかけました。しかし、催眠の中でも起きる様子がありません」


 少女の頭の中には青空の下、花に囲まれて仰向けに倒れている白兎の姿が見えていた。

 しかし、ただ倒れているのではなく確実に『春』の力を吸い取っている。常に力を注いでいないと少女の魔法が切れる。

「ですが恐らく、『春』の力を吸収して、魔力が回復し、まもなく目覚めるでしょう」

 少年…、少女の兄は、ほうと息を吐き安堵した様子だった。


「…そうか。ありがとう、よくやった将支」


 薄暗い闇の中でも、自分に笑みが向けられているのが感じられる。将支と呼ばれた私は驚いた。

 自分に向けられた感謝が本物だったからだ。

 今まで感謝されたことは多くあった。しかし、それらは全て作業の報酬のような、感情のないような感謝だったからだ。

 私は久しぶりに心が温まる感覚を得た。同時に少し気恥しさも感じた。

「…いえ。当然のことです」

 兄の発言に返事をする。

 そして私は「しかし…」と不快を露わにする視線を闇に控える伯に向ける。

「伯が1番最初にお会いになるなんて。零ならまだしも、このいまいち信用に欠ける伯が…!」

「僕もそう思うよ」


 その場で自分に対する不平を聞いた伯は、2人から目線を逸らした。

「子供の頃からの付き合いなのに、この扱いは…?」

伯は心の中で、仕方ないけど、と呟いた。


 兄は急に思い出したように伯を見た。

「伯、零はどうした?」

「戻ってきてます。今は部屋の準備を。用がおありでしたら、呼びましょうか?」

 兄は「いい、必要無い」と言いながら首を軽く横に振る。そして私を見た。

「将支、この後の予定は?」

 私はメモ帳を片手に兄をやや呆れた目で見た。

「唯兄様が仕事を超高速でしかも、余分にやってしまわれましたので、急用がない限り、今日明日はフリーでしょう」

 私は昨日のことを思い出していた。仕事をこなしながら、ややにやついている兄を。兄に懸想している姫方が見たら、引くだろう。

 分からなくもないが、少し怖かった。


「分かった。天斗兄上は?」


 天斗兄上…、私は天兄様と呼んでいる。私と唯兄様と、行方不明になっていた姉様の兄、つまり長男だ。

 一番上が天斗兄様。その次に双子の、姉様と唯斗兄様。一番下が私、将支だ。

 私はすーっと目を逸らす。

「もうどうせなら今週ずっとフリーです」

 兄は、やや呆れ気味にため息を吐いた。

「流石兄上…。極端すぎる。まあ、分からなくもないけど」

 天斗兄様は、昔はそうでも無い、家族愛がちょっと強いひとだった。今は、私と同様に一般常識のある普通の人だが。


 でも、と。

 私はそこにいる唯兄様を見つめる。

 離れていた期間が『極端』を生み出したんだろうなと私は思っていた。

「今日はもう遅いな…。明日、パーティを開こうか」

 『彼女』が帰ってきたパーティを。

 

 

 私は思っていた。本当に『あの方』に極端なのは。

 __ 唯兄様であると。

 





 術用の暗屋を出て私たちは廊下を歩いていた。暗い部屋は、異能の力を強めるための部屋だ。

 ふと、伯が肩を貸した、姉と一緒に居たという青年を思い出した。

「唯兄様」

 兄は、どうした?と言いながらこちらを見た。

「姉様と、あの方…た、たき…」

「竜樹殿だ。覚えておいてくれ、姉上を手助けしてくれた方だ」

 そして、姉上をここに引き戻してくれた方だ。


 兄は視線を再び前へ向けた。私はしゅん、と俯いた。

「すみません…」

「で、どうした?」

「その方と、姉様を同室にされるのですか?」

 瞼がぴくりと動き、視線を再びこちらへ投じたが、すぐにまた前を見た。兄は気になることがあれば、そちらを見てしまう癖がある。


 姉様が城から出ていってしまったあと、兵士や侍従が、姉様の話をしていれば、有益な情報が無いと知っていても、そちらを見て、すぐに視線を外し平静を保とうとしていた。

 あの姉様が、すぐ見つかる訳がないのに。聡明なあの人がその危険性を完全に排していない内に行動を起こすわけが無いのに。姉様をこよなく愛していた唯斗兄様ならなおさら分かっているはずなのに。

 それでも、消息は気になり、その度にちらりと見るというのが癖になっていた。

 

 やっと会えた姉にどこの出か、どういう意図を持って行動しているのか、どういう経緯で一緒にいたのか。それら全てが謎に包まれている怪しい『男』のこと、気にならないはずない。

 だが、兄様の回答は、私の思っていた回答とは異なっていた。

「いい。これまで、姉上を保護してもらった恩もある。それに……姉上は体が小さくなるだけでなく記憶もなくしている。今の姉上と親しい者が近くにいた方が姉上にとって、良いだろう」

 兄様は身体的にも精神的にも昔より大きく成長した。兄様も変わったんだろうなとしみじみ思い、私は優しい眼差しで「なるほど」と相槌を打った。

「将支。伯とともに、姉上が目覚め、竜樹殿のことを覚えていたら、部屋に」

 私は分かりましたと兄様に告げた。一方、伯は薄ら笑いしながら、兄様に質問した。

「陛下。覚えていなかったら?」

 兄様は振り返らず、そのまま続けた。

「姉上の部屋に」

 『姉上の部屋』……。姉様が、使っていた部屋で、今も綺麗に掃除されている。子供用のおもちゃなどの一部の調度品以外はそのままだ。

 伯はにこやかな顔で頷いた。

「了解。もちろん、いずれの場合も将支様とですよね?」

 「?」

 どういう質問をしているんだ伯は。


「? もちろん」

 兄様も私と同じく伯の質問の意図が分からなかったみたいだ。だが、それについて追及しないのであれば私も追及しないでおこう。

 

 将支は唯斗を見ていたため、伯の顔を見ていなかった。伯の表情は暗い落胆を示していた。

 

 

「ああ、将支。一番大切なことを忘れていた」

 唐突に唯斗は将支に振り向き、そう告げた。

「なんですか?」

「いくら、小さくて可愛いからって、姉上に『突進』しては駄目だからね」

 将支は頭の中に、はてなマークを浮かべ首を傾げた。

「突進……というと?」

「お前、可愛いからって、何も考えず、人に頭から突進するだろう?今の姉上に、あの弱い体に、お前の突進は耐えられない」

 ようやく合点がいった様子で、将支は手をたたいた。

「あー!心配ご無用ですよ、兄様。何のために力加減の調節の練習してきたんだとお思いですか?」

 こめかみに手をやり、唯斗はため息を吐いた。

「……その度に、僕と伯の背中と建物の壁が致命傷を負っていたよ。いくら、僕たちの体が丈夫でもお前の突進は……」

 あまりにも壁にヒビを入れるため、柔らかい素材の壁紙を張った部屋を一部屋、修理に困った天斗が採った改善策だった。いまは子供の遊び場として解放している。


 伯は、初めて『突進』されたとき、自分の頭がもう少しで壺に突っ込み、破壊してしまうというギリギリなところだったことを思い出し、宙を見つめる。

「アーナツカシイナァ」

 あれは、死を感じたものだ。伯はいつも腑に落ちないことをこの場で聞いた。

「だいたい、将支様の異能の力は、『春』の力、攻撃ではなく支援の力でしょう。あの突進力はどこから来るんですか」

 将支はキリッと伯を見つめ、はっきりと告げた。

 

「『愛』です」

 

 伯は「えぇ……」と少し引いていた。しかし唯斗は少し考える。

「確かに『春』の力によって、『愛』が力になるのはあり得る話だね。まだ、僕らの力は未知だからあり得るかもしれない。じゃあその『愛』は誰にでも効果を成す物なのか?」

 将支も考え込む。

「どうでしょうね。兵士や侍従には突進したくはなりませんけど……」


 いやそれは、初対面の興味のない人に愛情は湧かないとか、普通のことでしょう? と伯は呆れながら静かにつっこむ。

 伯は真剣に話し始めた二人の肩を叩いた。


「はいはい、将支様行きましょう。唯斗様も準備があるんだろ?あ、そういや零は?」

 零というのは伯と同じく、王族に仕える騎士だ。二人は幼なじみで城に入る前から生活を共にしてきていた。どちらが護衛から欠けても良いように二人となっている。

 唯斗は少し上の空で伯の質問に答える。

「零には竜樹殿への説明を任せてある」

「承知ー。じゃあまた後で」

 伯は将支の肩を押しながら強引にその場を離れた。




 塔とは違う、どこか気品が漂う部屋のベッドで竜花はうっすらと目を開いた。

「ここは…」

 予想外にも問いに答える若い女の声が聞こえた。

「ここは、あなたたちが診察に来た四季城」

 目を向けると、黒を基調とした軽装で、腰に剣を差し、ポニーテールのキリッとした女が立っていた。

「お前は…」

「私は、この国の主に仕える騎士」

「女の騎士?」

「そう、信じられない?だったら試す?」

「いやいや、信じる。試さない」

「そう、ならいい」

 淡々とした会話が、一区切りつき、竜花は出来事を整理する。

「俺は…」

「貴方は先の戦いにおいて、怪我を負い、このベッドに横たわった瞬間眠りについた」

「白兎は…」

 女は一拍おいて答える。

「……。彼女は、魔力の使いすぎで昏睡状態」

「なんだと…っ…」

 竜花は驚き、すぐさま白兎の元へ向かおうとベッドから出ようとした。しかし、怪我をしたと思われる箇所が痛んだ。すると、何かの力が痛みと融合し、痛みを軽減していく。

「動かないで。今動いたら護符で押さえられない分の痛みが貴方を襲うけど、それでも起きる?」

 この痛みを抑えているのは護符か。


 この世界では護符などに異能力者の能力をこめる。それを使って能力がない人や、別の能力を持つ人がその能力を行使できるようにしているのだ。


 竜花は起きる体勢をとったまま女に問う。

「今は?」

「王族の異能力者が治療中」

 治療の言葉を聞いて、竜花は安堵した。

「なら…いい」

 竜花はもう一度寝転んだ。すると、女の方から質問が来た。

「聞きたいことがあるのだけど、いいかしら」

「なんだ…」

「貴方はあの方の素性をしっていて連れているの?」

 『あの方の素性』?

 言い方が気になるが、白兎のことだろう。素性は、知らない。むしろこっちが知りたい。

「…そのことか。知らない。約一週間前に初めて出会った。そのとき…」

 女は、竜花の説明を打ち切った。

「いや、いまはいい。皆が集まってからお願いします」

 竜花は唐突の敬語に驚いた。そこで、すぐ別のことを思い出す。

「そういえば、治療費も払わず、失礼した」

「いいわ。無料だから」

「は?」

 女は、窓の外を見て言った。

「あなたは我々の恩人のような人なのだから」

「俺は何も…」

「本当に何も知らなそう…。…彼女が目覚めたら、王がパーティーを催すとおっしゃっているから、それに参加してくれれば良いわ」

「パーティー?」

 訳の分からないことは良く続く、と一人で竜花は思った。しかし、それは違うかとすぐ打ち消す。きっと一度目の訳の分からないことに頭が混乱して、いつもだったらすぐに分かることが分からなくなるだけだと一人で納得していた。


 ☆   ☆   ☆

 

 少女は目を開く。

「……?」

見渡す限りの花の丘。暖かな風が吹き、花びらが舞う。それでも花が散ることはない。

酔いしれていたくなる、夢のような景色。


白兎は首を振る。

駄目。竜花はどこに。

白兎は大きく息を吸う。

「………~~~~~!」

しかし、それが音になることはない。

白兎は胸を押さえて、しゃがんだ。

私はあのまま死んでしまったのだろうか。やるべきことがあるのに。それともいまは夢の中なんだろうか。

すると、暖かな風が吹く。否、暖かな手に頭を撫でられる。白兎は顔を上げる。

赤いぼやけた人影が、3つ。

黒いぼやけた人影が、2つ。

黄色いぼやけた人影が、7つ。

誰が撫でてくれたのかは分からない。

周辺を見回せば、白いぼやけた人影が、5ついた。

人影の奥。一人だけはっきりとした輪郭を持つ影が。

あれは。今会いたい人の背中。

なんだか、嬉しいというかわくわくするというか、そんな気持ちになってきた。ずっとこの人たちに囲まれていたいと、暖かなこの場所にいたいと思った。

それでも__。

白兎は立ち上がった。視界が霧に覆われる。


 ☆   ☆   ☆

 


 今度こそ、白兎は目を開ける。

 夢とは真逆で暗かった。少し視線を動かすと、レースのカーテンが見えた。カーテンから光がこぼれ出ている。少しけだるさが残っている体を起こし、カーテンを開けた。

 すると、山の間から覗き出る太陽が見えた。太陽が町を照らす。

 夜と朝の境目。暁。

 さー、と布がこすれる音がする。その方をみる。すると、寝たままの竜花がこちらをじっと見ていた。

「もう大丈夫なのか」

白兎は頷いた。近くの棚に置いてある、メモ帳とペンをとった。

『あなたは大丈夫ですか?』

「ああ、ほんの少し痛むだけだ。昼頃には全回復するだろう」

 護符も取った。だからあと、本当にもう少し。

『そんなに速いんですか?』

「ああ、この国の護符も使ったし、ずっと休んでいたからな」

『何日経ちました?』

「一日」

『そうですか』


(ノートで会話をしているし、言葉も荒くない。本当に別の人格なのか…)


 竜花は白兎の顔をじっと見つめる。

『どうかされましたか?』

「いや、……特にない」

『少しはあるんですね。そしてそれは私が知る必要はない、と』

「ああでも、お前が目覚めたということは、今夜はパーティーだな」

 白兎は目を点にして首を傾げた。

「国王の計らいでパーティーを行うらしい」

『何故?』

「それは、俺も訊きたい。心当たりはないのか」

『ないです』

「そうか……」

 すると、扉をバシッと音をたてて開け放ち、満面の笑みの伯が入ってきた。白兎が、音に驚き、飛び跳ねる。

「ひ…白兎!起きたか!」

「伯、朝から大きい音を出さないでもらいたい」

「あー…悪い…。白兎、もう体調は大丈夫か?」

白兎は頷いた。

「そりゃ、良かった。というか、随分早起きだな。二度寝するか?」

『いいえ…大丈夫。もう十分ねたし』

「分かった。じゃあ食事を用意させるから、待っててくれ」

 出て行こうとする伯の袖の裾を、白兎は掴む。

『待って』

「お?」

 伯は白兎のノートを覗き込む。

『そんな早く、働くの?』

「そう! みんな嬉しいからさ。じゃ、待っててな?」

 白兎は頷いた。

 伯は音もたてないまま、その場から離れた。



「おはようございます」

『おはようございます』

 白兎が、ぺこりとお辞儀をする。

「…!…我慢です…。はじめまして。私はこの国の国王の妹、現在は秘書をしております、将支と申します」

『白兎です』

「竜樹という」

「お二人とも先日はどうもありがとうございました」

『いえいえ私は何も』

「いやいや」


「戦っていたのは白兎だ」『戦っていたのは竜樹殿』


「は?」『?』


「まあ、そこの意見の相違は置いておいて下さい。突然ですが、お二人にはパーティーに参加してもらいます」

「いったいなんなんだ。なぜ我々が参加しなくてはならない?」

「城を救っていただきましたし」

「この城は異能力者の兵が多くいるのだろう?俺たちがいなくてもできただろう?」

「いえ、ちょうど、皆、手を怪我していて」

「? 手の怪我がどうしたんだ?」


「ご存じではないのですか?」と将支は不思議そうに竜花を見つめる。

「異能力者は手を封じられる、または手を怪我をしていると能力を発揮できないのですよ」

「なぜ?」

「…異能力者は『自分の能力』を発揮するとき手に魔法陣を召喚するのです」

「『自分の能力』…」


竜花は片手を上げ、手のひらを広げた。そこに光が集まり、竜花はそれを握った。すると、竜花がいつも戦闘時に持っている剣が現れた。

「これとは違うのか?」

「そうですね。しかし、おかしいですね。魔力の検査では、貴方は、異能力者ではないのですし、第一、魔法陣がない」

「何?……魔法陣?」と竜花は先日見た、白兎の戦闘の姿を思い返す。

「その魔法陣は、六芒星か?」

「いえ、五芒星、星です」

「五芒星?じゃあ、違うか」

「…。『白兎殿』、体調はもうよろしいですか?」

白兎は頷いた。

「でっ…はっ、ドレスの採寸を致しますので…こちらに」

『わたしですか?』

「はいっ」

『たつき殿は?』

「先程、昼頃には体調は良くなるといっていたのでしょう?昼食を摂った後、採寸致します」

 竜花がぴくりと、将支の目を見る。

『分かりました』

「では行きましょう」

 なぜ、将支は自分がそういったことを知ってるのだろう。あの時は伯もいなかったはずなのに。気配もしなかったが。



 そしてパーティー。

 白兎は扉の隙間から中を覗き見る。

 白兎の思い描いてたパーティーとは異なり、城の人達だけのパーティーのようだった。居心地の悪さも感じながら、音をたてないように、そうっと、扉の隙間からホールに入った。

 そして、大きなホールの端の方に寄って、身と心を落ち着かせた。


 白兎は白と水色のおとなしめなシンプルなドレスを身に纏い、リボンのついた水色のカチューシャを身につけていた。

 白く薄い手袋を手にはめて、左手首にフィットする白いバンドのようなものと黒いペンは、ノートの代わりだ。

 すると、一人の大人が近づいてきた。

 竜花だ。

 いつもマントの下に来ている、洋風のシャツとズボンに似ている服を着ている。しかし髪は短かった。

『なんだか混ざってません?』

普段の姿と人の姿が。

「元の姿の方が力を出しやすいから、体だけ戻して、髪はそのままだ」

『どっちも同じじゃないですか』

「…。体を戻してから髪を短くした」

『なるほど。細かい変化もできるんですね』

「妖怪変化のように言うな」

『すみません』

 少し周辺の人々がざわめいた。

 二人も人々の目線を追う。みると先程までしまっていたホールの踊り場の扉が開いていた。

「まもなく、陛下、兄君、妹君、王族の方々がお越しになります」

『普通は、年長者が王などの長になるのではないのですか』

「さあ、俺はここの人間ではないから詳しい事情は分からない。あとで、伯に聞いてみよう」

 白兎は頷いた。


 しばらくすると踊り場の扉から、男性二人と女性が現れた。

『将支様もいますね』

「ああ、それにしても、あの王冠を被っている男の気配…どこかで…」

 すると正装の伯が静かに近づいてきた。

「王冠を被っているのが我らが王、唯斗陛下。で女性は将支サマ。そして、もう一人の男性が長男である天斗様、んでここにはいない…」

白兎はその言葉に耳を傾ける。

「六花様」

白兎は目を見開く。なじみ深い名前だ。伯はちらりと白兎をみる。

「六花様は天斗様の妹君で、唯斗陛下の双子の姉。将支サマは末っ子って訳だ」

「なるほど。ところで伯。なぜ長男が王ではないのだ?」

「ん、ああ、それは、神から授かった能力によるもので決められているからだ」

「能力?」

「四季国の王族にはそれぞれの季節にちなんだ神の能力が宿る」


「当代で、一番強い力を持つものは冬の力を持つ六花様。水や水分を含む者を凍らせたりできる。力は強いがそれなりに代償があって、体が弱いんだ」

「次に強いのは夏の力を持つ唯斗陛下。炎を自在に操り、燃えるものがあれば、何でも燃やせる。夏の力は代償がない。それに陛下は武術に秀でている。本当に幼い頃から…」

「そして、春と秋の力。これはほとんど同等の力を持つ。春は将支サマ。秋は天斗様。春の力は幻覚を見せたりする。秋は植物の生育や植物を自在に操れる。補助的な力というのかな」

「それで、冬の六花様が王位継承権1位な訳だが、とある事件で姿をくらませ、夏の唯斗陛下が王となったってことさ」


「だそうだ。白兎、分かったか?」

みると白兎は俯いて固まっていた。

「白兎?」

『はい。すみません。分かりました』

「体調が悪いなら休もう」

『いえ大丈夫です』

「そうか。そういえば、伯。あの医者は居ないのか?」

「え?あ~、あの人?…うん。いな…いね。ここには、熱烈で口の固い者しか居ないからさ?」

 やけにぎこちない。

「何か隠してるか?」


「失礼する」

 唐突に大人の低い声が割って入ってきた。

「あ、天斗様」

 長男が話しかけてきたようだ。

 天斗は膝を屈し、床について、天斗の方が白兎を見上げる形になる。

「お嬢さん、踊っていただけるか」

 緑…新緑のような瞳で見つめられ、白兎は驚き、藍色の目線を逸らす。が、思いもしなかった言葉をかけられ、その瞳を見つめる。

「え?」

「今はダンスタイムだ。空いているようだったので声をかけたが迷惑だったか?」

『私は背が低いです、それに声が』

 天斗は再び立ち上がる。すると白兎の頭は天斗の胸の辺りになり、その胸に下げられていた、独特な形の首飾りに既視感を覚えた。

 金色の五芒星の枠に、精巧な船…?

「問題ない。できるだけフォローする。失礼ながら年を聞いていいか」

『多分、15歳です』

15か…。いやいや、踊れるのか白兎。と竜花は胡乱げに見つめた。

「……」

「そうか、よろしく頼む」

 白兎は激しく頷いた。


 白兎と天斗のペアは、周囲の目を引きつけた。身長差を感じえないしなやかな動き。それは、天斗の気遣いと、白兎のついていく技量があったからだった。

 竜花は少しだけその光景に見惚れた。何時だった記憶にはないが、美しい、というのを久しぶりに感じた様な気がした。


 二人がお辞儀をした。すると白兎の体がぐらりと傾いた。不思議と周囲の者たちは気にせずパーティーを続けた。

「兄上…」

「すまない。全く疲れる素振りがなかったから、つい気を抜いてしまった」

 一足先に駆けつけた唯斗に続き、他の者も白兎の具合を確かめる

「白兎は大丈夫か?」

「病み上がりだったので貧血を起こしたのでしょう、誰かのおかげで」

 将支は、じとっ…と天斗を睨みつけた。

「とりあえず、休ませよう、ゆ…。陛下任せてもよろしいでしょうか」

「もちろん」

 「俺が…」と竜花は手を出そうとしたところ、「さあ、竜樹殿。私と踊っていただけますか?」と将支がその手を阻んだ。

「だが、」

「あなたがパーティーを抜け出していると、きっと白兎様が悲しまれます」

 将支が少し悲しそうな表情を取り繕う。

「なに?」

「自分のせいで、って。なので、踊りましょう」

「あっ…ちょっ!」

 竜花は何故かその手に抗えず、そのまま将支に引っ張られていった。


 食事の匂いと、夜の匂いが混ざったような感覚がする。

 白兎はうっすらと目を開けた。視界は闇で覆われていたが、やがて目が慣れてきて視界がはっきりしてくる。

「お目覚めですか?白兎殿」

 最近会った男の声が聞こえた。

 お医者様…?

 声は相変わらず発生されず、口のみを動かす。

「さすが。そう、私は先日お会いした医者です」

 目を向けると、先程まで輝いていた王様がいた。

王様…!?なぜここに!

 白兎は飛び起きようとしたが、王様…唯斗にすぐベッドに軽い力で肩を押さえつけられ、身動きをとれなくされた。

「失礼。いきなり起きると、また貧血を起こしますよ?」

 そうか、倒れたのか。踊った後の記憶ないし。

 そして、一つ思い当たり、ノートを探す。すぐ気づいた唯斗が渡してくれる。

『陛下、お戻りください。私はここで休んでいますので』


「なぜ?」

 唯斗は何かを待っているかのような微笑みを称えながらそう尋ねた。

『折角のお時間、こんな看病だけじゃなくて、私なんかに使わずとも…』

 白兎が書き終える前に唯斗は目を閉じ、満足そうに笑う。

「あなたは記憶をなくしても、同じことを私に、いえ僕にいってくれるんですか」

白兎は呆然と唯斗を見つめる。


「姉上」

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