2回目 アマリリス
三題「意地っ張りの二人」「変化」「ドラマの様な恋」
先日の自宅飲み会で、
「
私と夏智は顔を見合わせる。そして同時に首を傾げる。夏智はショートカットの金髪をかき上げた。耳のピアスと相まって、道で見かけたら声を掛けようと思わない様な女ヤンキーだ。もう見慣れてしまったせいで、入るべき警戒補正が欠けてしまっている。私は、夏智に関しては『人間の認識が経験で上書きされる』実例だと思っている。
夏智は長い喫煙歴で掠れた声で私に聞いた。
「いつだったけ?」
「私も記憶が無いわ…たぶんゲーム」
「あぁ瀬妃さんがギルマスやってた狩りゲー」
「そうそう。別の子に連れられて来たんだよね」
「そうだったような気がする」
それがいつか、というのは記憶がない。
私は箸を置いて携帯を手に取り、予定管理をしている手帳代わりのカレンダーを開いた。指先で毎月を過去へと飛ばしながら、ゲーム内のイベントと自分の仕事のスケジュールを思い出していく。
亜理紅と夏智が話しを続ける。
「夏智たちはゲーム繋がりなのね」
「そう、亜理紅が料理の勉強してる間に、私たちは遊んでたのさ」
「それを比較するのは違うわよ。私が学校がそういうところだったからだもん」
「美味しいご飯が作れるのは、強い武器が作れるよりも良い事だよ」
「宅飲みの時くらいしか、まともに作らないわよ」
「もっと生かしていくべきだと思うんだけどなー。亜理紅はきっといいお嫁さんになるもん」
「結婚ね……ドラマの様な恋でもしない限り、私に出会いなんてありません」
「そんなに美人さんなのに?本当に恋人居ないの?」
「そっくりそのまま、夏智にも返すわよ」
「またまたー。私に恋人がいる訳ないじゃん」
「分からないわよ。最近そういう話聞いてなかったから」
「あった」
カレンダーでたぶんこの辺、という予定を見つけて声を上げる。
「大体4年くらい前かな?私が前の仕事場で倒れたくらいの時期だから」
「そんな事があったの?!」
亜理紅が大きな声を出す。私は顔を上げて笑う。
「いや、寝不足だっただけよ。深夜までゲームしてたから」
「あの当時、うちのギルドはドロップ率検証班だったからなぁ」
「トップランカーみたいな称号に踊らされたわ。馬鹿だったんだよ」
「いつ行ってもハルサキさんはオンラインだったよねー」
「懐かしい名前だね、ナツさん」
二人して笑うが、亜理紅からの視線が少し冷たく変化した気がした。
「瀬妃さん、倒れるまで睡眠時間削ってたの?」
慌てて言い訳を始める。亜理紅の不興は買いたくない。
「いや、その。あれは夏場だった事と、眠かったからブラック珈琲しか飲んでなくて、脱水症状になっただけよ」
「意地張って、他のプレイヤーの支援も受けなかったから」
夏智の茶々に亜理紅が首を傾げる。
「倒れたのは現実の話でしょ?」
「そうだけど、あんなに徹夜する前に、支援受ければよかったんだよ」
「ソロの方が効率よかったんだもん」
ぼそっと言い訳をしたら、夏智が笑う。
「それで支援通知を蹴り続けてたら、変な称号貰ったんでしょ?」
「貰った。支援してくれた人と同時に発生した『意地っ張りの二人』です」
「あのゲーム、そういう所最高だったんだよなー!」
亜理紅が軽くため息をついた。
「その経験があったから、昨日上げてた小説の描写が丁寧だったのね」
「え、読んでくれたの?嬉しんだけど、どこが丁寧だと思った?」
自分が言い訳をしている最中だと言う事を忘れて、勢い込んで聞いた。
「主人公が倒れた所」
「すみませんでした」
崩した正座に両手を置いて、即座に謝罪する。亜理紅の冷たい目に耐えかねえて、すぐに机に視線を落とす。夏智は爆笑している。くそう。
「4年も前のことで、済んだ事ですけど」
「瀬妃さんのそういう所だよねー」
「創作クズですみません」
「クズだとは思わないけどさ」
丁寧に訂正してくれたが、私からは乾いた笑いが漏れる。視線が木目を彷徨うのを感じながら、もう一度言った。
「すみません」
創作クズでいるのを止められなくて、すみません。
接する世界の全てがネタだと思っていて、すみません。
それを口にできなくて、すみません。
「瀬妃さんは、本当にそういう所だよね」
夏智にもう一度言われて、黙った事の内容が、大体見透かされた事に気が付く。再び顔を上げると、夏智は意地悪な笑顔を浮かべていた。以前に話した事を覚えていてくれるのだろう。
「それはダメって事でしょうか?」
「私は好きよ」
「ありがとうございます」
自然と頭が下がる。夏智の元気な声が降ってくる。
「まぁまぁ飲みましょうよー」
「そうする」
再び酒と箸を適当に手にしながら、話を始める。
おしゃべりな女子3人の会話は終わらない。
ほぼ日刊 三題噺 さく @sakura0329
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