第8話 春色の終わり

 すっかり桜の花びらは舞散り、立派な青い葉っぱに生え変わっている。

 今年の土筆つくしはもう枯れて、蒲公英たんぽぽも綿毛に変わり、子孫を残す時期に移り変わって、時間の流れを感じさせられていた。

 日の暑さが丁度良かった時より、少しヒリヒリするような暑さで、屋上にいるのが億劫に感じるが、お昼を食べるならここしか場所はない。

 胸ポケットにしまってあるスマホが鳴り出す。

 悠人からメッセージが届いている。


『どう?この絵、良くない?』


 恐らく、昼休みを利用して校庭に出て、描いたものが送られてきた。

 その絵は一見、夏みたいな眩しさがあるが、桜の花びらが地面に敷き詰められて、春があったとわかる、そんな絵だった。


『結構いいね。今度実物見せて』

『これ完成させるつもりないから。色は塗らない』

『ガッカリだ、嘘じゃないのに』

『嘘じゃないのはわかるが、また同じ場所に戻っても同じ絵が描けるわけじゃないから』

『そんなもんなの?』

『そういうもんだ』


 僕はスマホのスイッチをOFFにして、胸ポケットにしまった。


「そろそろ季節の変わり目だし、景色を撮りに行こうかな……」

 始業式の日に撮れなかった桜を思い出し、不意に言葉が漏れた。


 ここ最近は白石と一緒に行動するのが殆どで、一人の時間なんて帰る時とたまに学校に来ない時だけだった。

 正直、楽しかったんだと思う。

 僕はこの特殊体質のせいで、本来の景色はおろか、誰かと一緒に見る景色でさえ、見れなかった。でも、白石だけは違った。

 白石とだけ、景色を共有し、白石とその景色はそのままの色を写し出してくれた。

 白石となら、何処かいい景色が見られる場所へ行ったら、もっと楽しいんじゃないかと思ってしまう。


「はぁ……どうしてだろう」

 自分でもどうしてこんな事を考えているのかわからない。


「どうしたんですか?ため息なんかついて」

「うわ!?びっくりした……今の聞いたのか?」

「私はついさっきここに来たばっかです。なので、『はぁ……どうしてだろう』しか聞こえてません」


 僕は思わず、またホッとため息をついた。

 思考が読めるわけじゃないから、あの場にいたとしても深くまではわからないだろうが、どんな想いで考えていたのか知られたくはない。


「なにがあったかは知りませんから。あ、お昼食べてもいいですか?」

「それぐらいは別に構わないけど。僕は今日抜いてるから一緒には食べれないけど」

「お昼抜いて生きていける男子高校っているんですか!?」

「普通は無理だろうな。でも無いもんは仕方ない」

「あ、忘れたんですね。なら、そういえばいいのに……はい、これあげます」


 差し出されたのは、一つのおにぎり。


「いや、悪いって。それに我慢すればいいだけだから」

「それで気持ち悪くなって倒れたら一緒にいられなくなって、結果私も気持ち悪くなるんですけどそれでもいいんですか?」

「それはよ、くない。だけど、本当にいいのか?」

「もう一つありますし、おかずはちゃんとあるので問題ありません。食べます?」

「おにぎりもらってるのにおかずまで手を出すのは流石に悪いから我慢する」

「頑固ですね」

 笑いながら白石は弁当箱を開けた。

 中身は色とりどりで、男子高校生ならよく見る茶色一色の揚げ物弁当ではなかった。


「すげーと感嘆してるけども、これ冷凍ですよ?」

「それでも色合い考えて入れてるんだろ?充分」

「そう、ですか」


 白石が弁当に手を出したのを見て、僕もおにぎりを頬張る。

 美味いし、上手い。

 おにぎりの具はわかめとシンプルだけど、美味しい。そして、ちゃんとお米が生きている。

 中々お米を潰さず、ふっくらとした仕上がりにするのは、相当の練習が必要だと思う。


「なぁ、これは手作りか?」

「はい、もしかして不味かったですか?」

「んや、とんでもない。いい仕上がりだし、丁度いい塩加減で美味しい。ごちそうさま」

「お粗末さまでした」

白石はまだ食べているので、僕はスマホを取り出し、外の景色を屋上から精一杯拡大して写真撮影を始めた。


 しばらくして、体が心の中から暖かくなるような満足感で満たされた。

 こうなると眠くなるのだが……近くには白石がいる。またこの前のように膝枕はされたくないので、先に屋上から降りようとするが、腕を掴まれた。


「なんだよ……僕は今、結構眠くなりそうだから教室に戻ろうとしたんだけど」

「そうされると教室に戻れません」

「我慢して、教室に戻れば──」

「出来ません」

「このままここにいると本当に寝落ちしそうになるから……」

「寝ても、いいですよ?」


 両手を合わせて、上目遣いでこちらを窺うように見てくる。


「いや、寝たらここからしばらくまたあの時みたいに動かなくなるんだけど」

「いなくならなければそれでもいいです」

「……あれ?そういえば弁当は食べ終わったのか?」

「はい、そうですが。あっ」

「よし、戻る」

「また近くで聞きたかったんですけど……残念。また次の機会にします」

「そんな機会来ないでくれ……」


頭を抱えながら、屋上を後にした。

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