第7話 騒ぐ音

「識音くん、今日は少し人が多い気がしませんか?」

「多分テスト期間だから。この時期になると家に帰って勉強するか、学校に残って勉強する人がいて、その中に図書室でやる人がいるから」

「お昼休みでも勉強する人はいるんですね。休みなら休むとした方が私はいいと思うんですが」

「僕もそう思うけど、人それぞれだし、十人十色ってよく言うじゃん」

「それは個性の話だと思うんですけど」


 いつも通り図書室の当番をこなしているので、あまり気にしなかったが、言われてみると確かに今日はいつもより多かった。


「と、なると。少し警戒した方がいいかもな」

「図書室で警戒する事とは?」

「この時期はそわそわするせいか、行きなれてない人が入るようになる。図書室の正しい利用方法はわかるか?」

「えっと、大前提として静かにする事。あとは飲食の禁止でしょうか」

「それで問題ない。図書室からの手紙にも書かれてるから当たり前といえば当たり前なんだが」

「守らない人がいるんですか?」

「たまにね。飲食が悪いのは知ってるのかそういう人は見ないけど、落ち着かないせいで言葉が出ちゃう人がいる」

 酷い時は図書室が静かだからか、話し合いの場にする人までいる。


 一年生の時に、放課後、勉強がしたくて図書室に入ったらその光景が目に映った。

 図書委員だった事が幸いし、事態はすぐに収まったが、結果として追い出す形になった。


「本当ならあんな事はしたくなかったんだけど」

「どうしました?悲しい感じがしますよ」

「また、音でも聞いたのか」

「顔を見れば分かります。思い詰めたような顔をしてますから」

「悪い、気にしないでくれ。もう終わったことだから」

「……わかりました」

 また起きたらその時は頼るから、という念を白石に届くかはわからないがしてみた。

 彼女はそれを音として聞こえたのか笑顔を返して、仕事に戻っていった。


 ───


「ごめんなさい。ここは図書室ですので、静かにしてください」

「こちらこそすいません。小学生以来の図書室だったから……用事は済んだので。では」


 僕の予想通り、何人か不慣れな人がここに訪れていた。

 放課後は、図書委員の仕事の範囲内ではないので、やる必要はないのだが、見過ごすわけにはいかない。


「ふぅ、あらかた捌けたか。これで、図書室の治安は守られるはず」

「放課後なのにごめんね、識音くん」

「僕も一応図書委員だし、それに佐倉さんだけに負担かけるのはなんだか癪に障る」

「なにそれ。もしかして私に惚れてる?」

「惚れてない。……多分」

「た、多分なんだ。意外」

「意外ってなんだよ。僕が佐倉さんの事を好きになったら悪いのか」

「悪いわけじゃないけど……」

 佐倉さんが顔を俯く。色は青い。

「同年代の子と一緒にならなくていいの?」

「なんだ、そんな事かよ」

「ちょ、結構大事なことじゃないかな?」


 大事なことではある。

 年代によって話す話題や、主観が違う事があり、それでぶつかる事があると思う。


「でも、好きになるって違いを認め合っていくものだと思う。感情も違いも含めて好きになるんならそれでいいと思う」

「一年生の頃とは随分変わったね。警戒心が強くてぶっきらぼうだったのに」

「一年も経てば人は変わります。それに佐倉さんが今まで優しく接してくれたお陰ですから」

「なら、良かった。お姉さんたまにこれで合ってるのか不安になる事もあったから」

「あー、だから、たまに色が暗くなったんですね。見てるこっちが怖かった」

「そっか、識音くんには感情が見えるんだもんね。ごめんね?」

「今わかったので大丈夫です。それに僕の事を考えた後に大体そうなるからそんな気はしてました」

「まさに見抜かれていたってわけ。不安にさせちゃったみたいだし、今度なにか奢らせて?」

「僕は別に食べ物に興味ないのでいらないですよ」

「そう?それなら……」

「いや別にご褒美もいりませんから」

「それだとお姉さんの威厳が無くなっちゃうもん!」

「元からない気がするんだけど、って聞いてないし」


 後ろに振り返り、スマホで検索しながら一人で考え込んでしまう。

 こういう時は自分が好きなものを言えばいいのだろうが、僕が好きな物は景色であって、決して渡せるようなものじゃないから困る。


「何か好きな物……あっ、確か識音くんって景色が好きなんだよね?」

「えっ、まぁ、そうですけども」

「それなら、今度旅行に連れてってあげる!」

「……へ?」

「どう?それでいいかな?」

「いいかな?じゃなくて、お金とかは」

「お金は気にしなくていいよ、お姉さんがしたいだけだから。こう見えても、お金は余らせてるの」


 余らせているのならば、もっと他に有効な使い方があるってものじゃないのだろうか。


「といっても軽い日帰り旅行だからそんなにお金はかからないし」

「それなら、お願いします?」

「ん、願い聞き届けたよ!」


 場所は特に考えていないから僕が決めていいことになって、佐倉さんとの旅行が約束された。


「識音くんは今も昔も良さがあって可愛いなぁ」

「何か言いました?」

「ううん、何も」

「そうですか、それじゃあ僕はそろそろ帰ります。多分そろそろ──」

「そろそろ帰りま……せんか?」


 僕の予想通り、図書室での自主勉強を終えた白石が帰りを切り出した。


「やっぱりな」

「すごいね、なんでわかった?」

「なんでって……いい時間だしなんとなくこの時間かなと」

 白石が話についていけず、頭の上に疑問符を飛び交うような顔をして小首をかしげている。


「ほら、白石さん。行くよ」

「えっ、あ、はい」

「識音くんまたね。約束、考えておいてね?」


 僕は少々引きつった笑顔で返事をし、図書室を出ていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る