第5話 静かな音

今は総合の時間だ。


総合の時間とは本来、自発的に課題学習する時間なのだが、それは文章上でしかなく、実態は違う。


やる事は要約すると自習で、それは実際とやる事は同じ。同じだが──

「担任行ったよな?よし、やるぞ!」

「今日は絶対負けないからな」

「へへ、勝ち星は譲らねぇよ」

と自習が終わろうが終わるまいが、時間になるまで遊ぶ時間となっている。


それでも、僕はしっかりと課題はこなす。

煩いが目に映らなければ、気持ち悪くはならないし、これくらい我慢すればいい。


一方、白石の方はあまり乗り気じゃないのか、ぐっすり寝てしまっている。


音には敏感だと思っていたのだが、大丈夫みたいだ。大丈夫なら成績を下げない為にも、少しはやっておいた方が……終わってるだと……。


疲れたけど、僕もなんとか終わった。


白石はまだ無防備な顔をして寝ている。

教室はまだ騒がしく、熱が篭ったようにむしむしとしている。


課題を教卓に置いて教室から出て行こうと普段なら思うが、今日は白石がいるのでどうしようか。


起こすのは可哀想だが、急に離れたら何を言われるか分からない。


「ちょっと、今から屋上の方に行くんだけど……一緒に行くか?」


軽く白石の肩を揺さぶった。彼女は「んんっ」と寝息を零しながらも体を起こした。


「おひようごひやいまふ」

「ああ、おはよう。それで屋上行くか?」

「識音くんが行くのでしたらいきまふ」

「どんだけぐっすり寝てたんだよ……なら、ほら行くぞ」


誰かに気づかれたらまずいかと周りを見渡したが、各々やりたい事に夢中になっていて、気づかれる方がおかしいくらいだった。


他の教室の人にばれないようにひっそりと廊下を歩き、屋上に向かった。


「んー、やっぱりここの空気は違う!」

「いいですよね、ここ。風が気持ちよくて」


言葉に反応するかのように風が白石を当ていて、ロングヘアの髪が風に靡かれている。


「僕はここの景色が好きなんだよね。学校を囲むようにある桜の木々。都会じゃ見れないような林間」

「私はここの日光が好きです。気持ちいいので。ね、小鳥ちゃん」

「小鳥ちゃん?」


「ピー、ピー」と雀のようなサイズの小鳥が白石の周りを飛んでいる。

目の前の景色に僕は混乱せざるを得なかった。


「なんで、小鳥が……普通は人間に近寄りもしないのに」

「私も分からないんです。でも、識音くんなら分かるんじゃないんですか?この小鳥達のことが」


そう言われて、目を凝らしてみると、微かに小鳥から色が見えてくる。穏やか色を示すオレンジ色が。


「警戒すらしてない……。しかも、それは穏やかなような感じがしてる」

「やっぱりそうなんだ。私はこの穏やかな感じの音に合わせて話しかけていただけだから」

「お互いの波長が合うと動物とも仲良くなれるのか……すごいな」

「識音くんもやれば出来るんじゃないかな?」

「いや、僕は君と違って音じゃないから無理だと思う。他の人に色を合わせるなんてした事ないし、したくもない」

「そっか、残念。だけど無理強いはしないから」


白石が傍にいた小鳥に手を振って別れを告げた。


「私はここの景色よりも、静かな音が好き。校庭で頑張って体育をしている人の声の音、木々が風に揺られて騒ぐ音、さっきの小鳥の音も好き」

「それなら──」

「でもね、この煩い音は消えてくれない。だから、嬉しいんだ。君と、識音くんと会えて」


こんな時に色さえ見えれば、今どんな想いでこれを伝えているのか分かるのに、白石の顔色さえ窺えないなんて理不尽だ。


「それは、普通に学校生活を送れるようになったからか?」

「うん。だって、今まで行事とか苦でしかなかったし、一年間よろしくお願いしますね?」

「なんだよ、改まって……。一年間ぼっちよりはいいし、何より見放せないから」


昔の自分に似ていて、目が離せないし、何より助けたい気持ちがあるからだ。


今の自分があるのは佐倉さんや悠人のお陰であり、それなりに学校を楽しめているから。それを白石にも知って欲しい。


「見放せないってすごいですね。ラノベの主人公がカッコつける時に言いそう」

「言った後にそれ思ったから言わないでくれ。まぁ、なんだ、その今更さよならしないから」

「はい」


にっこりと白石の笑顔が太陽に照らされていて、眩しかった。


「そろそろチャイムなる時間だ。そういえば、課題はちゃんと終わったのか?あれ、裏あったぞ」

「えっ……やってない」

「通りで早いわけだ」

「た、助けてください!見放せないんですよね!」

「うーん、寝てたのが悪いからなぁ。今回はドンマイって事で。ほら、戻るよ」

「あ、ちょっと待って。本当に助けてくださいー!」


屋上には二つの叫び声が残った。

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