第4話 不安の色

 三時間目の授業中は気だるい。

 四時間目であれば、終われば長めの休み時間がやってくるが、その一歩手前の授業だから余計に怠く感じる。


 今日は白石も授業に参加していて、白石の方を見てもいいと許可を得ているからノートを覗き見をしてみると、授業の事をしっかりメモ……はしてあるが、それとは関係のないものが端っこに描かれている。

 それはまるで、図書室であった出来事のようで僕は目を伏せた。あの時の事はあまり思い出したくなかったからだ。


 目を伏せたことに気づかれたのか、隣から肩を突っつかれる。


「ちゃんと授業は聞かないとダメですよ」

「ちゃんと聞いてる。ただ、あまり見たくないのが見えただけだから」

「見たくないもの……そういうことですか」

「そういうことだよ。だから気にすんな」

「秋月、ここのカッコ内に当てはまる単語わかるか?」

「えっ、えっと……」


 いきなりの指名で僕は焦った。

 内容としては中学の復習なのだが、単語が頭から引き出せない。


「有るって意味だから。There isだよ」

「その通りだ白石。これは中学の内容だからな、秋月。復習し直しておけよ?」

「うっ、わかりました……」


 全くもってその通りだから反論のしようがない。

 教室は僕を蔑むように暗い色と恐らく白石が意外とやれる方と驚いている黄色の二色で埋めつくされている。


 色は多くないが、なんの感情かはわかるから少し気持ち悪い。逃げ出すほどじゃないから我慢して、再び顔を伏せると、突然スマホが通知を知らせてくる。


『唐突だが今日の昼会ってくれないか』


 悠人から一文のメッセージが入ってきた。

 最近会っていないから心配になったのだろうか。メッセージのやり取りも、白石のお陰で今はそこまで不安になる事がないからしていない。


『わかった、屋上で集合』

『了解』


 授業中だからばれないようにこっそりとやり取りをした。


「ちょっとだけお久かな?」

「かもね」


 始業式ぶりに会った悠人は顔はにこやかだが、色は少し青い。


「……呼び出した理由って何か心配事でも?」

「話が早いな。最近全然会わないし、メッセージも来ないから安定したのかとほっとしていたのにお前が白石と一緒にいるって聞いて」

「あー……なるほど。そういうことか」

「なんでにやけてるんだよ。俺は結構心配してるんだぞ」

「いや、悪い。別に白石は噂ほど変な人じゃないよ。表情豊かだし、綺麗だし、本が好きだし」

「なんかイメージと逆だな。そうじゃなくて、なんで一緒にいるんだよ、識音が」


 気にならないし、仲良くなる気もないと言ったそばから一緒にいる。つまり、仲良さそうにしているのかが不安なのだろう。


「これは誰にも、いや僕だけが知っていることで、白石さんは特殊体質なんだよ。僕と同じ」

「あ、やっぱりそうなのか」

「かっる!?反応軽くない?」

「いや、目の前に特殊体質さんいるし……それにそうじゃなきゃあの不登校と早退の理由がわからない。あまりにも多すぎるから。でも、それが?」

「それがなんか僕の近くにいると白石さんの特殊体質が抑えられるらしいんだよ」

「それで最近になって見かけるようになったのか!」

「そう。それで僕も白石さんを見てると抑えられるというか白石さんだけ色が見えないから楽」

「互いにメリットを感じたが故の関係って事か」


 多分、そうだと思う。

 本人にしかその効果はわからないからなんとも言えないが、最近の白石の行動から見ても間違いないと思う。


「んじゃ、図書準備室にいた白石は?」

「はい?」

「いやだから図書準備──」

「知らない!」

「大丈夫か?顔真っ赤だけど」


 あそこは暗幕があるから本来は人に見られないはず。だから、僕は準備室で寝ていたのにどうしてばれているんだ。


「なんで白石だけは準備室にいたんだ?」

「あ、そっちね……それは図書委員だからだよ」

「ふーん。なるほどそうか。鎌をかけて正解だったな、その反応を見る限り」

「友達に鎌をかけるとか酷くない?信頼されてないのか?」

「いやいやそういうわけじゃない。気弱な識音が利用されてるのかなと心配しただけで、これは本当」

「はぁ、何かあったらちゃんと連絡はすると言ったはずなんだけどなぁ」

「ごめんごめん。先を越されたかと思って心配しただけ」

「そっちの心配かよ!僕と白石さんはそんな関係にはならない!」

「わかったわかった、充分わかったから落ち着け。悪かったから謝礼の品としてなんか買ってやるから」

「マジ?言ったな?言質とったからな?ラノベ買え、10冊」

「はぁ!?おま、それ軽く5000円以上だろ。流石に一冊にさせてくれ……」

「冗談だよ。これでお返し完了。あ、ラノベはもちろん買ってもらうよ、一冊」

「うぃ〜」


 降参の色が見えたので、僕はこれ以上弄るのをやめて何を買ってもらうかスマホで検索を開始する。


「ちゃんと見てやれよ」

「えっ?」

「久しぶりの学校生活。識音のお陰でなんとかなってるんだろ?ちゃんと支えてやれよ」

「ふっ、らしくないこと言うね」

「柄じゃないのはわかってる。それでも、言いたかった」

「ん、わかった。僕も多分そうしたいんだと思うから」

「それが聞けて安心したよ」


 やっと色が明るくなった。

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