除霊始めました

木沢 真流

とりあえず入ってみた

『除霊始めました』


 冷やし中華じゃあるまいし。

 そのなんともふざけた看板に誘われ、気づけば私はその店の前に立っていた。店の名前は「除霊屋」、自動ドアが開くとからんからん、と鈴の音が鳴った。


「らっしゃい!」


 威勢のいい声とともに、頭の薄い中年男性が私を見た、と思ったらすぐなんだ、というふうに脱力した。

「どうぞ、こちらへ」

 私は促されるまま引かれた椅子に腰掛けた。

 この態度の変わりようは何だろうか、これでも私はお客だぞ、そんな私の表情を見透かしてか、店の男性が口を開いた。

「あなた、普通の除霊依頼のお客じゃありませんね。おそらく表の看板を見て、本当にそんなこと可能なのか、客入りはあるのか、そんな冷やかし半分でいらっしゃった、違います?」

「わかるんですか?」

「そりゃもちろん、なにせうちは『除霊屋』ですから」

 除霊屋ですから、の意味は今一つ理解できなかったが、そんな私の気持ちにお構いなく、男はさっと名刺を取り出した。それを机にポンと置くと、すう、と私の方へ進めた。

「申し遅れました、除霊師の加藤と言います」

 ちなみに『除霊始めました』ってのはキャッチコピーでね、もう20年になります、と独り言のように呟いてから、タバコに火をつけた。そのまま、ぷは、と息を吐く。

「いますよ、お客。ちゃんとね」

 そう言って、加藤は棚から分厚いファイルを取り出した。表には顧客リストと書いてある。

「ええと、最近はというと道を歩けば鉄骨に当たる人、3回結婚した妻が全員浮気する人、担当する患者が必ず半年以内に死ぬ医者、などなど。みんな必死に除霊をお願いしに来ますよ、それなりに値が張ってもね」

 壁にはメニュー表が掛けてあった。お試し除霊コース二千円から始まり、一年間有効除霊コース、永久除霊コース。透視のみコース、オプション急速除霊、アロマ除霊コースなど。ボランティア成仏コース0円という意味のわからないものまであった。

 受付に女性を雇うお金もあるところからも、それなりにビジネスは成功しているようだ。

「でもね、正直言いますけど、本当はそんな人たちに霊なんて憑いていませんよ。にもかかわらず、私が除霊したふりをすると『おかげで悪霊が取れました!』って喜ぶんです。私、なんにもしてないのにね」

 そう言いながらにやりと笑うと、その奥歯がきらり、と詰め物で光った。

「でも加藤さん、もし効かなかったら怒られるんじゃ?」

「大丈夫ですよ、その時やっと気付くんです。これは霊のせいじゃない、自分のせいなんだって」

 はっ、はっ、はっと笑ってから最後にげほげほと咳き込んだ。とんだ詐欺まがいの商法だ。だが、それでもお互い納得がいくならそれでもいいのかもしれない。

「ただね、中には本物もいるんです。この前なんかはおじいちゃんがちゃんと天国に行けたのかどうか心配ですっていうお孫さんが来ました。見てみるとちゃんとまだ横にいましたよ、おじいさん」

 さっきの話のすぐ後だ、私にはその話がとんだ作り話に聞こえた。

「それでどうしたんですか?」

「それがですね、私が除霊しようとすると、そのじいさん、こうするんですよ。やめてやめてって」

 加藤はジェスチャーでばってんを作った。

「悩んだんですけど、除霊のふりだけにしました。どうせ誰もわからないし、じいさんはまだ孫の側にいたいのだろうし。まあみんな納得するならこれでいいかなって。お孫さんには『安心してください、たった今おじいさんは天国へ行きました』って言いました。もちろん除霊料はいただかず、透視料だけにしましたが」

 2本目のタバコに火をつける加藤。その真剣な眼差しが逆に滑稽だった。

「除霊って言いますけど、できるんですか、そんなこと」

「そりゃもちろん、なにせうちは『除霊屋』ですから」

 この男、誠実さこそ無いがどこか自信にあふれている。思わず納得させられてしまう話し方というか、テンポがある。こうやってたくさんの人がだまされ、いや納得させられていったのだろう。

「あなた、信じてないような顔してますね」

 私は顔に出やすい。さっきからこっちのことが筒抜けだ。

「いえ、信じますよ。私は」

 私は一つ、息をついた。


「だってあなたには私が見えているんですから」


 加藤はソファに深く腰掛け、うんうんと頷いた。

「で、どうします? あなたがここに来たっていうのはそういうことですよね、希望があれば私はやりますよ、なにせうちは『除霊屋』ですから。まあ、あなたはもうこの世にいないわけから、必然的にボランティア成仏コースになるでしょうけど。霊からはお金取りませんよ、さすがにね」

 私も実のところどうしたらいいかわからない、ただきっといるべきところに行くべきなんだろう、そんなことだけはぼんやりと分かっている。

「ボランティア成仏コース、お願いします」

「ほーい」

 軽い返事をしてから、加藤は受付の女性に「ミキちゃん、成仏セット持ってきて」と乱暴に伝えた。 

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