27話 「最終決戦⑥」

◇ファミリア王国軍


二十八糎榴弾砲の砲撃が次々にデストロイ要塞を捉え、爆炎と煙を噴き上げる。

それは連合軍総攻撃が開始されてから一時間遅れて火を噴いた。


その頃には既に戦場である『死の大地』と呼ばれる平原は数十万発の銃砲火器の弾が火を噴き、晴天だったはずの空をも硝煙で灰色に変えていた。


前線に立つ魔王軍の兵士は背後にある要塞に上がる火の手を見て驚愕する。



『デストロイ要塞が燃えている――』



難攻不落の要塞『デストロイ』は魔王ミカエルが自ら建設した云わば軍の象徴であり、最後の防衛ラインである。

その象徴に火が上がるだけでも、前線で戦う兵士達を動揺させるには充分だった。


要塞が燃えている事に驚いたのは魔王軍だけではなかった。

南方に布陣したファミリア王国軍司令部の大天幕の中にも伝令によって、デストロイ要塞が炎上した事実が知らされる。


「やってくれるな……っ! 砲の位置は?」


「はっ! 視界不良のため、確認出来ておりません!」


ファミリア王国軍の指揮を執る騎士団長ベルド・ケーニッヒは伝令の報告に舌打ちした。


「フレオニール!」


「はっ!」


騎士団長ベルド・ケーニッヒは副官として軍務に当っていたフレオニール・タンデスを呼ぶ。


「砲の位置を確認するように伝令を出せ」

「ハッ!」


フレオニール・タンデスは騎士団長ベルド・ケーニッヒに敬礼すると、急いで天幕を出る。

そして、先程入った情報を基に砲の配置ポイントを調べ出す。

だが、デストロイ要塞は砲撃を喰らったせいで噴煙が立ち込め、視界不良の状態である。

そんな中で砲兵陣地を見つけるのは困難であったが、フレオニール・タンデスがどうにか見つけ出した先にあったのは――


死の大地北部。


標高の高いセイコマルク王国の山岳部を観測地点とし、榴弾砲でデストロイ要塞を砲撃する。

これはフレオニール自身が榴弾砲の有益な活用法として、観戦武官時に論じた事だった。

皮肉にも今次大戦においては、それが友軍を脅かす事になるとは夢にも思わなかったが。



「閣下、榴弾砲の破壊、是非とも私に」


フレオニールはベルドにそう申し出る。


「しかし、その榴弾砲の配置位置、敵の中央を突破せねば辿り着けまい」


ベルドが言った中央とは、連合軍主力本隊である。

その数およそ五万。南部に布陣しているファミリア王国軍は一万。連合軍の左翼四万にも満たない。

主力本隊、つまり連合軍主力五万を突破する。

それはフレオニールの進言が無謀な作戦である事を示していた。


だが、フレオニールはベルドの目を真っ直ぐ見つめる。

その目は覚悟を決めた者の目だった。

ベルドはフレオニールの目を見た後、大きく頷いた。

そして、命令する。


魔王軍に対して、デストロイ要塞の炎上は連合軍の士気を大いに高める効果があった。

その元凶の榴弾砲を叩かねば、数で負けている魔王軍の勝利は危うい。


「数はどれだけ必要か?」

「騎兵を200で」


騎兵の数は敵陣地突破の補助を行う目的で編成された。

その機動力を活かして、撹乱する事が目的であった。


砲兵陣地を破壊するとなれば、幾ら障害物のない平地といっても騎兵を用いた方が効果的で効率が良い。

ベルドは命令した。


敵の撹乱及び破壊工作。


それがフレオニール・タンデスに課せられた任務である。

フレオニールは敬礼し、天幕を出ようとすると、背後からベルドに呼び止められる。


「死ぬなよ」


「――はっ!」


その命令に、フレオニールは己の内なる感情が高揚するのが分かった。

死と隣り合わせの任務だからこそか、今まで受けた事のない類の命令だからかは分からない。


だが、ベルドの言葉はフレオニールを奮い立たせるには充分だった。

そして、フレオニールは騎兵200を率いて死の大地北部、連合軍砲兵陣地を目指す。




◇魔国艦隊



旗艦ミカサの艦橋には司令長官として、ジス・バレンティンがいた。

ミカエルに代わり、この大戦の総指揮を任された桃髪の少女は、現状を判断し、指示を出す。

前方にはデストロイ要塞の炎上により動揺し、隊列を乱し始める魔王軍本隊の姿が見える。

その隙にミカサは連合軍本隊との距離を詰める。

そして、射程圏内に捉えたミカサは砲撃を開始したその時、


「八時方向セイコマルク方面より敵魔力反応多数、急速接近! 戦艦アサヒ被弾!」


魔力感知レーダーに敵の魔力反応が表示され、それに併せて被害報告も入る。


その報告と同時に左舷へ砲撃を喰らったアサヒが大きく傾くのが、艦橋からも見えた。


「被害は?」


ジスは状況を確認するため、オペレーターに向かって問うと、左舷艦底が破損したという報告が入る。

どうやら敵の魔力砲撃が直撃したらしい。


戦艦アサヒの上空に白銀の騎士の群れが飛来する。その背には白い翼をはためかせ、手には剣を持っていた。

それは神聖王国セブールに新設された【神聖騎士団】だった。

数は数百程度とされているが、そのたった数百でセイコマルク国を陥落させたのだから実績としては連合軍最強の部隊と言える。


が、その実はセブールの人工進化研究所の造りだした量産型天使である。

死んだ騎士に魔素を凝縮した魔道具【魔魂】を埋め込まれた非人道的な研究によって生み出されたのだ。


ジスはその事実を警戒はしていたが、神聖騎士団は次から次へと高度を落とし、襲い掛かる。


「対空射撃急げ!」


「敵天使、急降下してきます!」

「対空射撃開始! 敵天使を近づけるな!」


ミカサの対空砲が天使に向かって放たれるが、天使は剣でそれを弾きながら、甲板に着地する。


「白兵だ! 敵を艦内に侵入させるな!」


ジスはそう命令し、ミカサは敵との白兵戦に突入する。

だが、天使は次々と甲板に降り立ち、ミカサの乗組員を圧倒する。


艦内の戦力は極めて軽微だった。

ただでさえ総戦力の数で負けている魔王軍は、そのほとんどを陸戦に投入している。

いや、そうせざるを得なかったと言っていい。


「くっ……このままでは……墜ちる!」


ジスがそう判断したその時、灼熱の咆哮が天使を包んだ。直撃を受けた天使達が火炎を纏いながら地に落下してゆく。



ジスが艦橋の外に目をやると、巨竜が複数体飛来する。その数、6体。


「なんや、オモロい事になっとるやないの。あれ? さっきの敵であっとる? 燃やした後やけどなッ!」


エメラルドグリーンの鱗を纏う巨竜の来襲にジス達は言葉を失う。


「久しぶりやないの桃髪の嬢ちゃん! 助けに来たで!」


「―――っと、あ……確か竜族の……あ、言わなくて良いです、思い出しそうなんで。だ、ダイズ?」


「ライズや! わざとらしい間違え方しよって!」

「フフっ、冗談よ。北の駄竜族ライズ」


「誰が、駄竜族や!」

「それより、どうしてここに?」

「それはな、いや、今はそれどころやない。敵さんが来よったで」


ライズはミカサの甲板に降り立つと、天使達に向かって炎を吐く。


「空の支配者は竜やって事、教えてやろうやないかい!」


死の大地に竜族と天使の空戦が始まった。


竜族の参戦により、押され気味だった魔王軍が勢いを盛り返す。

一騎当千、あるいはそれ以上の戦力が魔王軍側に加勢したのだ。


大陸ではその名を轟かす邪竜バースが魔王軍にいるだけでも脅威であるのに、ここに来て正体不明の大型のドラゴンが6体も現れたとなっては連合軍もたまったものではない。


そしてそれを好機と見るや、ファミリア王国軍が南部戦線にて連合軍左翼の後方に進軍を開始した。左翼に展開していたファミリア王国軍は1万。

総兵力4万人近い連合軍左翼に対し、少なくない損害を覚悟した決死の進軍である。

魔王軍と竜族が善戦している隙を突き、フレオニールの騎兵200を北部戦線へ送る陽動とする。

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