26話 「最終決戦⑤」
それと同時にリュウタロウの動きが一瞬止まる。
リヴァイアサンの圧倒的な存在感に怯んだのだ。
「―――思い出したッス……リョーマと繰り広げた死闘を。 ……そうか、ウチは……」
「ちょっと! 何がどうなって……? マリンは……」
「マリンはね、ボク達がかつて戦った龍の神リヴァイアサンなんだよ。 結局、倒しきれなくて、その力を封じ込む事が精一杯だった。 そして生まれたのが、マリンだ。 その時のマリンはもう何も憶えてなくてね……懐かれてしまったけど、ボクたちは彼女を置いて行った。 いつかまた、その時は……」
三百年の封印から解かれた龍の神リヴァイアサンは、既にその存在が自然そのものだった。
外見は龍人と言った風体だ。
だが、その身体から溢れる力は今までのマリンから感じたモノよりも何倍も密度が高く、神々しい魔力が溢れ出ていた。
「マリン……?」
「―――大丈夫ッス。 ウチはウチッス。 だけど、今はやたらと暴れたい気分ッス!」ミカエルに言葉を返すと、リヴァイアサンはリュウタロウに向かって攻撃を放つ。
「水刃」
その身体に纏う水流を刃の形にして幾重にも放った。
凄まじい威力の刃がリュウタロウの身体を切り刻む。
「水砲」
今度はその口から水流を螺旋状に放つ。
リュウタロウの巨体は渦に飲み込まれ、その中で激しく回転しながら徐々に削られていく。
その闘争は圧倒的、いや、一方的にも見える。海を司る龍の神リヴァイアサンは正に神の名に恥じぬ力でリュウタロウを追い込んでゆく――。
――が、リュウタロウとて神の領域に至らんとする進化を辿った者(自称)
まだリヴァイアサンの全力攻撃を受けている最中だと言うのに、その身体に変化が生じた。
それは巨大な翼……リヴァイアサンに引けを取らない巨大な翼が背中から生え、更に両手両足には鋭い爪を創り出した。
空間すら斬り裂かんとする鋭い爪がリヴァイアサンを襲う。
その一撃を寸での所で回避したリヴァイアサンが距離を取った瞬間、リュウタロウの口が大きく開かれる。
「くっ」
「ブレス……!? ミカさんッ!」
ミカエルがその刹那、リヴァイアサンの前に立ちはだかると、巨大な魔鋼鉄の盾を瞬時に錬成した――。
「どぉりゃあぁぁぁぁ――ッ!」
凄まじい勢いのブレスは魔鋼鉄の盾に直撃すると、徐々に溶解してゆく。
「チィッ!」
更にミカエルが二の盾、三の盾と錬成してゆくが、ブレスの勢いは止まらない。
「ちょっ……無理ぃぃぃぃいっ!」
そして魔鋼鉄の盾はその勢いに負けてしまいそうな刹那にエイルがリュウタロウに斬り込む。
紫電が如く一閃が轟くとリュウタロウの首を宙を舞った。
――が。
「まだだ!」
斬り抜けたエイルが空中に魔力シールドを展開してその上を駆けて方向転換する。
「一気に畳み掛けなさい!」
ノアが叫ぶと、全員が攻撃態勢に入る。
この時既にリュウタロウの首は再生を始めていた。驚くべき再生というか、生命力か。
「よ、よーしボクも……」
女神アチナが珍しくヤル気を出して腕をブンブンと振り回す。その前にノアが立ち塞がる。
「アチナはハッキリ言って邪魔になるだけだからじっとしてなさい」
折角来たのに邪魔扱いされた女神は驚愕して戦友であるノアに振り向く。
「ひ、ひどいよ! ボクだって神だし? 元聖女だし?」
「昔っから貴方は余計な仕事増やすだけだったじゃない! いつもそれでリョーマ達が苦労するの! お願いだからそこにいてくれるだけでいいの!」
ノアは正直言ってアチナの事を信用していない様だ。
「う……た、確かに戦闘はからっきしですけど……」
「貴方が居るだけで負けは無い。――そうリョーマは言ってたわ」
アチナがただ戦場に居るだけで味方は不思議な加護にかかる。それこそが聖女の持つ真の能力であるとリョーマは言った。
だが、度々余計な事して戦場をかき乱してしまうのもアチナらしくて良いさとも――。
「この闘いはあの子達の闘いよ。 私たちは見届ける。 それでいいの」
ノアは見届ける。次代の勇者たちの闘いを。
――アチナが駄女神だろうと何だろうと、それは大した問題ではない。
――それよりも、
きっとあの五人ならリュウタロウを、そして邪神アルテミスすらも討ち果たしてくれる事だろう。
この世界の希望を繋げてくれる事だろう。
だから信じて見守るのだ。
願わくば――こんな戦いなど今回で最期になる事を願う。
とりあえずノアは上手いことアチナを言いくるめる事に成功した。
そんな中、闘いは熾烈を極めて行く――。
エイルが大きくリュウタロウの胸を斬り裂くと即座に再生し始めるところにミカエルが火炎を撃ち込み、再生を遅らせるも、付け焼き刃だ。
エイル達の猛攻は再生を上回るが、決定的な致命傷にはならない。
「くっ、埒があかないぞ……」
「こっちの体力をゴリゴリ削られるだけッスね……でも……」
エイルの弱気な発言にリヴァイアサン、いやマリンが言葉を被せる。
それはいつもの彼女の口調だった。
「――必ずウチらが勝つッス! だってウチらは――」
「最強だからな」
「最強なのです!」
セリスがライフルを構えながら放った言葉に、リオも続く。
「ま、私が居るんだから最強は間違いないわね」
「ミカエルさんはどっちかというと最凶の方ですぅ」
「――ですてってよエイル!」
「確かにねー、でも最強でも最凶でもどっちだっていいよ」
だが、五人の面構えには不安の色がない。
彼女達は最強だ。絶対に負けない、負けられない。
エイルはそう思っていた。
お互いがお互いの事を良く知っているからこそ出る言葉である。
だからエイルは信じている。
最高の仲間たちだと。
◇
リュウタロウは幾度も立ち上がり向かって来るエイル達を見て思う。
「なんだ? ラストバトルでアニメ主題歌流れる胸アツなシーンみたいな状況は!」
主人公になるのが憧れだった。
主人公は負けない。
主人公は屈しない。
どの様な困難が有ろうとも最終的に全てを回収して、ハッピーエンド。
そんな主人公に昔からなりたかった。
それが今、まさに理想のシーンがここに再現されている。
自分がそんな憧れた主人公に自分はなっておらず、正に今、それを見せつけられているだけだ。
リュウタロウは手に入れる事の出来なかった主人公の役どころを渇望していた。
――何故いつも僕はこうなんだ!
どうしてそっち側に居ないんだ!
夢も希望もない引きニートなんて異世界来たら無双する主人公になれるはずだった。
そのための辛い日々をただ過ごして、いつかは異世界で――などと妄想して過ごして来た。
異世界に行ってからのシミュレーションは幾つも考えた。
ツンデレなヒロイン。女騎士。獣耳。清楚ビッチに巨乳にラッキースケベ。
こんなはずじゃなかった。
自分のして来た事は間違いもあったかもしれないが、主人公なんだから最終的に上手くいくはずであると思っている。
今は少し闇堕ちしているだけの物語の中盤なだけで、きっとここからは逆転のストーリーが待っているはずだ。
そう、リュウタロウは信じて疑わなかった――。
だが、現実は甘くない。リュウタロウは今、負けようとしているのだ。
最強で、最凶で、最高な主人公達に。
いや、違う。
自分は主人公だ。最強なんだ。最凶なんだ。最高なんだ。
負けそうになったら覚醒するはずなんだ! そんなリュウタロウの想いは空しく、エイル達の猛攻は止まらない――。
『喰らわせろ』
『もっと喰らわせろ』
頭の中に響く何かの声――
『まだ足らないだけだ』
リュウタロウにはそれが天の声に聞こえた。そうだ。まだ足りないんだ。
リュウタロウの身体に力が漲る。
エイル達の攻撃がリュウタロウの再生速度を上回り始め、外殻は削がれ、無数にあった魔魂も破壊されてゆく中でリュウタロウは最期の希望を見出した。
『僕を喰らえ、暴食――』
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