25話 「最終決戦④」

 

「さて……と。 待たせたわねエイル。 さっさとコイツぶっ殺すわよ!」


 漆黒のドレスを身に纏い、紅蓮の釘バットを構えたミカエルが振り向き、赤い瞳を輝かせる。


「で? どうすんのアレ? なんかもう、リュウタロウの面影無くなっちゃってるけど……」


 エイルが愛刀タケミカヅチの切っ先を、禍々しい姿で、尚も異形化していくリュウタロウに向ける。


 魔魂を暴走させ、それを暴食の魔剣で捕食して自らの糧にするリュウタロウは人ならざるものへと変貌していく。


「モンスター狩りなら、私達の得意とするとこじゃない?」

「フッ……確かにな」

「銀の翼は最強なのです」


 ミカエルの言葉にセリスとリオが応える。


 《銀の翼》が揃えば負ける気がしない。

 マリンとティファも頷く。

 だがそれでも厳しい戦いになるだろうと、誰もが思っていた。


「エイルとリオ、マリンが前衛、私が中衛で後衛のティファとセリスを守るわ! ティファは支援魔法に集中。 セリスはエイル達がダメージを与えた場所をライフルで追加攻撃よろしく!」

「実弾と魔力弾どっちだ?」

「勿論実弾ね」


 ミカエルがテキパキと指示を出す。


 その指示に全員の顔に笑顔が戻る。

 《銀の翼》にとって、それは信頼と安心の証なのだ。

 皆は知っている。

 エイルの素早さを、リオの逞しさを、ミカエルの強さを、マリンの頑丈さを、セリスの正確さを、ティファの……まぁ、何かを。


「ミカさん、それで勝算はあるの?」

「死ぬまで戦う。 それだけ」


「それって作戦なの?」

「勿論よ!」


 ミカエルはニヤリと笑ってそう答えると、紅蓮の釘バットを構えた。

 それに合わせるように全員が戦闘態勢を整えた。


「さぁ……行くわよ!」

「おう!」

「了解した」

「はいなのです!」

「は、はいぃ〜」

「おいっス」


 暴走したリュウタロウが吠えた。

「ウガアァァァッ!!」

 叫ぶと同時に巨木の様な腕を振り下ろし、大地を抉る。

 だが、エイル達はそれを散開して躱す。

 エイル、マリン、リオの三人は頷き合うとリュウタロウに向かって駆け出した。



 ────── 戦闘開始から既に半日近く経とうとしていた。


 魔魂の力によって暴走した魂を喰らい続け、禍々しいモノへと進化したリュウタロウと《銀の翼》の戦いは苛烈を極めるものだった。

 リュウタロウが放つ無数の石の杭を躱しながら飛び込み、近付けば振り下ろされる大剣をマリンが受け止めて、エイルが斬り上げて、リュウタロウの体勢を崩したその隙にリオの渾身の一撃が抉り込む。だが、 いくら攻撃を加えても、リュウタロウの傷は瞬時に修復される。

 つまりダメージが足りない。

 リュウタロウの自己回復を上回る攻撃力が《銀の翼》には無いのだ。


 だが、傷はすぐに修復されるとはいえ、決してダメージが無いわけではない。

 複数箇所を回復すると、僅かに再生速度が落ちる。逆に一発で大ダメージを与えた場所は、修復する速度が遅い。

 つまり、リュウタロウの回復する箇所はおおよそダメージが少ない順で決まっていると推測出来た。


 リュウタロウが自己回復を繰り返す中でエイル、マリン、リオの三人はそれを分析してリュウタロウの行動パターンを読み始め、少しずつ攻撃を当て始める。

 そして《銀の翼》の中で攻撃よりも回復動作の方に比重を置くようになったリュウタロウは徐々に追い詰められ始めていた。


 しかし―――。



「はぁ……はぁ……っ。

 一体何なのコイツは!? どんだけチートなのよ!?」


 戦闘開始から殆ど休んでいないミカエルは、疲弊し始めていた。

 ミカエルは防御と魔法による援護で常にフル回転だ。如何に膨大な魔力を誇る魔王であっても、底なしではない。


 このままでは、リュウタロウを倒し切るま前に、ミカエルの魔力が尽きてしまう。

 そうなれば、攻撃の手が弱まり、リュウタロウは完全回復してしまうであろう。


「手が必要かい?」

「え?」


 ミカエルは後ろからの声に振り向くと、そこには女神アチナと魔女ノアの姿があった。


「あれがリュウタロウ? 随分と勇者らしくない姿してるわね」


「ノア様……来てくれたんですね。 あとアチナも」

「僕は呼び捨てなんだね……」

「あら、悪かったわね。 最近見かけないから逃げたのかと思ってたわ」

「に、逃げてないよ! ちょっと野暮用で留守にしてただけだよ! まぁ、それより

 状況はある程度分かっているつもりだけど……」


 アチナはエイル達や《銀の翼》の疲労状況を確認すると、チラリとマリンに視線を移した。


「マリン。少し力を貸そう」

「え? アンタ何言って――」

「いいから言う通りにしろ」


 ミカエルの言葉を遮ってアチナが答える。

 すると次の瞬間、マリンが驚いた表情を見せる。


「ほんの少しだけ、キミの時を戻す。 ―――いいよね? ノア」

「いいんじゃない? いつか連れてく。 そう約束したのは、あの人だし」アチナはマリンの手を取ると、優しく微笑んだ。

 そのアチナの姿に、マリンは何故か胸の鼓動が早くなったのを感じた。

 だが、 アチナはその表情を一変させて冷たい表情で言い放った。

 だが、その顔から笑顔が消える事は無かった。

 その姿に、マリンは何故だか懐かしさを感じていた。


「封印されし、根源の力を解放せよ―――龍の神リヴァイアサン」


 アチナが魔法を唱えると、マリンの中に封じられていたモノが開花する。

 それはリヴァイアサン。

 龍の神と呼ばれ、全ての水を司る者。

 その力は海を支配する。

 その力は海を進化させる。

 そして――。

 全てを超越する。


「マリン?」

「マリン―――さん?」



 マリンが光と水流の渦に包まれる。

 ミカエルとティファは声を合わせてマリンの名を呼ぶ。

 やがて渦が収まると、衣服は弾け飛び、貝殻の水着が砕けた。


 肌は蒼く輝き、鱗が形成され、四肢は龍の様相に変化し、背には瞬く間に龍の翼が拡がった。


 そしてマリンの頭からは二本の角が伸び、その瞳は蒼く、深い海の色をしていた。

 それは、いつもの可愛らしい女の子ではない。

 美しくも雄々しい、海の支配者。

 龍の神リヴァイアサン。

 その姿に、ミカエルとティファが息を呑む。


 それと同時にリュウタロウの動きが一瞬止まる。

 リヴァイアサンの圧倒的な存在感に怯んだのだ。


「―――思い出したッス……リョーマと繰り広げた死闘を。 ……そうか、ウチは……」


「ちょっと! 何がどうなって……? マリンは……」


「マリンはね、ボク達がかつて戦った龍の神リヴァイアサンなんだよ。 結局、倒しきれなくて、その力を封じ込む事が精一杯だった。 そして生まれたのが、マリンだ。 その時のマリンはもう何も憶えてなくてね……懐かれてしまったけど、ボクたちは彼女を置いて行った。 いつかまた、その時は……」


 三百年の封印から解かれた龍の神リヴァイアサンは、既にその存在が自然そのものだった。


 外見は龍人と言った風体だ。

 だが、その身体から溢れる力は今までのマリンから感じたモノよりも何倍も密度が高く、神々しい魔力が溢れ出ていた。


「マリン……?」


「―――大丈夫ッス。 ウチはウチッス。 だけど、今はやたらと暴れたい気分ッス!」ミカエルに言葉を返すと、リヴァイアサンはリュウタロウに向かって攻撃を放つ。


「水刃」


 その身体に纏う水流を刃の形にして幾重にも放った。

 凄まじい威力の刃がリュウタロウの身体を切り刻む。


「水砲」


 今度はその口から水流を螺旋状に放つ。

 リュウタロウの巨体は渦に飲み込まれ、その中で激しく回転しながら徐々に削られていく。

 更に水圧でリュウタロウの身体が捻れて弾けた。

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