「ああああ」

「そ、れは」


「私と沙弥華はキスだけじゃない、セックスだって何度もしてるわ。それは貴女に見せるためでも、見せないためでもない。私達は私達のためにキスをして、セックスする。貴女に口を出される謂れがどこにあるの?」


「……一夏?」


 もしかして、怒ってる? 何で。一夏は私に執着なんてなくて、代わりが見つかるまでの、誰でもいい誰かのはずなのに。


 まるで本当に好きな人を、バカにされたみたいな。


「私、気が多いから誤解されがちなんだけどね。いい加減な気持ちで好きって言ったことなんて、一度もないわ」


「一夏」


「確かに私は沙弥華じゃなきゃいけないわけじゃない。沙弥華は私じゃなきゃいけないわけじゃない。でも、私はちゃんと沙弥華が好きよ。胸を張れるわ」


 貴女は? と詰問するような口調で詰め寄る一夏の言葉に、ゆなが泣きそうに顔を歪める。その顔を見ながら、一夏の問いは私にも向いているのだと感じていた。


 私は確かにゆなが好きだったのに、そこから逃げ出して一夏と付き合った。一夏の優しさに甘えることを選んだ。時間が流れて、私は一夏の隣りにいることを受け入れて、だけど私の気持ちはいつも、どこか上の空だった。


「だから、そんな曖昧な言葉じゃ許さない」


 一夏の言葉が私達二人に突き刺さる。私とゆなは見つめ合う。相手を見るのではなく、相手の姿のその向こう側に、確かな気持ちがあるのか。それを確かめるために。


「私、は「あたしは!」


 かすれた声を漏らした私を遮って、ゆなが叫ぶ。


「あたしは、さーやちゃんが、好き」


 そして、意思を込めた瞳で、一夏を見返す。


「貴女には負けない。だってあたしは誰かじゃダメ。あたしは、さーやちゃんじゃなきゃ、嫌だから」


「ゆ、な――――」


「だからお願い、さーやちゃん。戻ってきて。もう一回、あたしの隣に来て。手をつないで、一緒に歩いて、キスとか、その先のことも、全部、全部一緒にして!」


 全部。どこまでも欲張りな告白に、私はいまさら自分の心臓が壊れそうに高鳴っていることを自覚する。

 いつだって気にしていた。距離をおいても、目で追っていた。一夏に逃げている時間が心地よかったのは、ゆなのことを忘れていられたから。


 そんなの、私は、ゆなが気づく、ずっと前から。


「……悪い、一夏」


「いいわ、元々そういう関係だったものね」


 先程までの憤りが嘘のようにあっさりとそう言って、一夏は結末を見届けることなくさっさと身を翻し、講義室を出て行ってしまった。……二ヶ月一緒にいて、私はまだあの女を見誤っていたらしい。一夏はとんでもないお人好しだ。


「さーやちゃ、――んっ!」


「んむ、っは、ちゅ、む」


 好きの言葉も焦れったく、私は唇を押し付ける。思えばねだられてのキスじゃなく、受け入れるキスじゃなく、こんな風に自分から誰かの唇を求めるのは初めてで、気恥ずかしさに顔が火照る。


 でも、そんなことどうでもよくなるくらい、ゆなとのキスは気持ちいい。


「っ、っは」


 乱暴な口づけを終えて、私達は至近距離で見つめ合う。上気した頬。潤んだ瞳。艶の乗った唇。ゆなのすべてが魅力的で、同じ顔をした私が、彼女の瞳の中で荒い息を漏らしている。


「さーや、ちゃ」


「……なに」


「これ、すっごい……」


「尊い?」


 彼女の口癖を先回りすると、ゆなは恥ずかしそうに目を伏せたけど、すぐにまた視線を合わせてきた。


「てぇてぇ……」


「なにそれ」


「尊い、の上位互換?」


「なんで疑問系よ」


「キャパオーバーすぎるんだもん、仕方ないじゃん」


「意味わかんない」


「あたしもよくわかんない、けど」


「けど?」


 ――いま、すっごい幸せ。


 囁かれたその言葉に、漠然とだけど、その感覚を理解する。


「……なるほど」


「なに?」


「これが尊いってやつ、か」


 悪くない。そんな納得で気持ちを包んで、唇越しに伝える。でも、それだけじゃやっぱり物足りなくて。


「ああああああ、好き!」


「っひ!? な、なになに急に、さーやちゃんそういうキャラじゃ」


「るっせ、私があんたと知り合ってからどんだけ我慢してたと思ってんだ、これくらい受け入れろ。耳くらいしゃぶらせろ」


「みみみ、み、み?」


「あーくそ、ムラムラしてきた。うちでいいな?」


「いい、って何が」


「ヤる場所以外なにがあんだ」


「うえええ!? そ、そういうのはもうちょっと段階踏んでから」


「いいや限界だヤる。私を焦らした分たっぷり楽しませてもらうから覚悟しな」


「お、狼さんだー……」


「手遅れだ、諦めろ」


 私はがしっと思いっきりゆなの手首を掴むと、引きずるようにして歩き出す。つんのめるように一歩踏み出したゆなだったけど、抵抗はなく、交差するように私の手首を握り返される。


 百合とかレズとか、ノンケとかビアンとか、そんなのどうでもよくて。

 大事なのは私がゆなじゃなきゃダメで、ゆなが私じゃなきゃダメなこと。

 それさえあれば、私達はきっと。


 並んで歩いていける、はずだから。

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徒花と百合 soldum @soldum

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