ムカつく

 それが現在。


「ぷっ、ははは、に、似合わない! いっそ芸術的に似合わないよさーやちゃん!」


「あんたが勝手につけたんでしょうが」


 人の頭に安物コスプレグッズの猫耳を勝手に装着して笑い転げる相性のいい女にこめかみを引くつかせる。


 相性がいい、という予感は確かに正しく、私にとってほとんど人生初に等しい一年以上もの友情の維持に成功して、その関係は現在も継続中。快活なゆなは私に限らず交友は広いが、多少は特別扱いしてもらっている自覚もある。ただ、そんなことになれば当然問題も出てくるわけで。


 相性がいい、までは想定内だったが、良すぎた、と気づいたのは深みにハマってからだった。


 まともな友情どころか恋愛からも遠ざかっていた私にとって、ゆなの存在は大きくなりすぎた。変なやつ、面白いやつ、なんて興味から行動を共にしているうちに手を握ったり肩に触れたりスキンシップが増えて、今では背中から抱きつかれて全体重を預けられるのも日常茶飯事。そんなもん意識すんなって言われたって無理だ。しかも友達の作り方も恋の仕方も忘れていた私と一年以上一緒にいてくれる相手だ。そんなの惚れるに決まっていた。


 ただ、問題があるとすれば。


「いやっ、でもっ、ふくく……かわ、ぷっ、かわいいから、あはは彼女、彼女できる、よぶふぉっ」


「笑い方が汚ねぇよ」


 こいつは私が女を好きだと正しく認識しているが、その恋愛対象に自分が含まれるとは微塵も思っていないのだ。


 二十年ちょっと生きていれば、事故みたいな形で同性愛者だとバレることもあった。女はそれとなく距離を置いてきたし、男は下世話な顔でクラスメイトの女子たちを名指して誰が好み? とか聞いてくる。同性だから惚れられるかもとか、誰が好みとか、そんな勘違いを押し付けてくる奴らに「てめぇら眼中にねーよ」と内心で吐き散らした呪詛は数知れない。


 まさか、この私がその思い込みを切望する時が来るなんて思いもしなかった。


 気づけよ、ちょっとは意識しろよ、と思う半面そんな風に無条件で恋愛対象になるわけじゃないと当たり前に理解している振る舞いにますます好感を抱く。


 そんなことを繰り返しているうちに女だから好きなんじゃなくてコイツだから好きなんだと思うようになれば、ああこれが恋だっけ、と忘れていた感情を注ぎ足されて心が潤っていく。

 盲目だなぁと思いながらも、私にもまだ恋ができたんだと、それが嬉しくて、私はこのアホを好きな気持ちそのものさえ好きになっていた。ああくそ、ムカつく。ムカつくムカつくムカつく。


「……ムカつく」


「うぇ、そ、そんな怒らないでよーぅ」


「そういうんじゃない」


「じゃあどういうんだー!」


「あーもう、うっさい、騒ぐな」


 この距離感を手放せなくて、前にも後ろにも動けない自分が、結局一番ムカつく。

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