きらめく音と風に誘われて
長月瓦礫
きらめく音と風に誘われて
「あら、今日はどこに行くんですか~?」
私はのんびりと彼女を追いかける。
今日は日差しも暖かく、吹き抜ける風が心地いい。
少し先を行く彼女を追いかける。
その姿は透明で、私にも見えない。
私の前にいるのを何となく、気配で感じ取っていた。
この星には、使い魔と呼ばれる生き物がいた。
人が生まれた時から一緒にいる友達のような存在だ。
彼女も生まれた時から、ずっとそばにいた。
性質は風と似ているらしく、その姿は見たことがなかった。
私と一言もしゃべったことがない。
それでも、意志は通じ合っていた。
喜んでいるときは空気が明るくなり、怒ったときは強く私の周りを駆け抜ける。
悲しい時はどこか湿っぽいし、楽しそうなときは心地のいい風となる。
眠るときだけ、赤とピンクが混ざったような宝石に変身する。
どうして、そのような姿で眠るのかは分からない。
ただ、私の代わりに怒ってくれるような優しい子だった。
楽しいことがあったら、私をその場所に連れて行ってくれた。
陽気で明るい妖精、ウィンディと呼んでいる。
今日は風に揺れたい気分らしい。
春風に乗って、私を楽しいところへ連れていく。
彼女が連れてきた先は近所の公園だった。
外出自粛が叫ばれているからか、誰も花見をしていない。
その下のベンチで、黒髪を短く切りそろえた男の人がアコースティックギターを弾いていた。目を閉じて、自分の作る世界に浸っていた。
耳が垂れた茶色のウサギのぬいぐるみが彼の右わきに寄りかかっていた。
彼らもこの陽気に誘われて、外に出てきたのだろうか。
柔らかく、凛とした声で自然と惹きつけられる。
この声を聞いて、彼女は私を連れ出したらしい。
曲が終わると、私は拍手を送っていた。
ウィンディも嬉しそうに、彼の周りを駆け回る。
空気の渦に驚いたのか、体をのけぞらせた。
「あ、すみません! すぐどきますんで!」
私に気づくと、彼は気まずそうに眼をそらした。
「いいえ。とても綺麗な歌でしたので、つい聞き入っちゃいました。
この子もはしゃぎすぎてしまったみたいで、どうもすみませんでした」
「いいんだよー、別に。花梨がビビりなだけだしー」
ウサギのぬいぐるみは立ち上がり、ぺこりとおじぎをする。
ピンクの花柄模様のリボンを首に巻いていた。
「ラビ子はね、ラビ子っていうんだ!
ねえ、お姉さんも毎日おうちにいるの?」
不思議そうに首をかしげる。
「会社に来るなと言われてしまったから、ここのところはずっと家にいるわね~」
「そうなんだ! あのねえ、花梨ってば、在宅ワークになってもハンコ押してもらうためだけに会社行ったりしてるんだよ? ホント、何のための自粛なんだろうね?」
「おまっ……それ言わなくていいから!」
「だーって、それ以外は音楽やってるか、なみちゃんに愚痴聞いてもらってるだけでしょ~? ていうか、なみちゃんとはオンラインでもオフラインでも繋がってる関係じゃん。花梨、ただの寂しがり屋みたいになってるよ?」
「だから、何でお前はこう、ぺらぺらと……黙れマジで!」
口をふさがれると、ラビ子はじたばたと両手足を動かす。
二人のやり取りを見て、ウィンディは楽しそうに笑っていた。
「おうちでもギター弾いてるんですか?」
「家の中でやっててもよかったんですけど、やっぱ外に出たくなっちゃって」
「そうなんだよね。引きこもるの、飽きちゃったんだよね」
「まあ、そうともいうな」
「聞いてくれる人いないしね」
「お前もう喋んな」
花梨はうるさそうにラビ子をこづいた。
確かにこのご時世、外に出て何かをすること自体、白い目で見られてしまう。
だからといって、家の中にいてもつまらない。
特にこんな心地のいい日に、外に出ないのはもったいない気がする。
「ほら、そっちの子も嬉しそうだよ。
ずっとお姉さんの周りを飛び回ってるし」
ウサギは私を指さした。
ウィンディのことを言っているのだろうか。
使い魔同士だからか、姿が見えているらしい。
「この子ね、花梨さんの声を聞いて、ここまで連れてきてくれたのよ~」
「え、マジで? そりゃ、どーも……ありがとうございます」
はにかみながら、私の方を見る。
「あの、よかったら、もう一曲どうですか?
俺たち、もうしばらくいるつもりなんで」
「せっかくだし、聞いていきましょうか」
ウィンディもその気でいるようで、さっそく彼の左隣に座っていた。
一番の特等席だ。
「それじゃあ、お願いします」
お互いに会釈をしてしまう。
何だかおかしくて、つい笑いあってしまった。
彼がゆっくりと一息ついてから、ギターを鳴らし始めた。
そのきらめきは春風に乗って、どこまでも飛んで行くように感じた。
きらめく音と風に誘われて 長月瓦礫 @debrisbottle00
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