第23話 帰り道

赤蜻蛉を見送ってから、私たちは帰り道を歩いていた。レオくんはいつになく上機嫌で鼻歌を歌いながら歩いている。何の歌だろうか、歌詞まではわからない。


「それ、何の曲?」


そう問うたのはユウコだった。


「秘密です。」


そう言ってレオくんははぐらかした。どうやら答えたくないらしい。ユウコはちぇー、残念とこぼすとそれ以上の追求はしないようだった。


そのまま家路を歩いてゆき、分かれ道にぶつかる。ハナエとユウコはカラオケに行く用事があるらしい。


「繁華街が復活したんだ。『ノケモノ会議』が終わって娯楽施設を邪険に思う人も減ったからじゃないかな。」


私は参加するのか尋ねられて、不意にレオくんの方を見た。


「レオくんは、カラオケ、してみたい?」


私がそう問うと、


「大きな音は、苦手です。」


そう返されてしまった。しょうがない、と私は一人思いつつ、ハナエとユウコに今日の別れを告げることにした。


そうして、帰り道には姉と弟の二人きりが残った。レオくんはもう鼻歌を歌っていなかった。

ハナエとユウコの足音が聞こえなくなった頃、レオくんは、少し話していいですか、と口を開いた。私は頷いた。


「大蠍の『バケモノ』が出る前の話。いつものように『バケモノ』退治に出かけた僕はいつも通りに『バケモノ』を探していました。普段なら獣人委員会のヘリコプターを目印にすれば『バケモノ』の居場所は一目でわかるのですが、その日はヘリコプターが一つも飛んでいない日でした。」


「あたりを見回してみても『バケモノ』の巨体は見当たりません。僕は街路の色を見て『バケモノ』を探すことにしました。街路の色が黒色ならばそこに『バケモノ』がいることになるからです。」


「街路を頼りに探してみるとすぐに見つかりました。『バケモノ』は大型犬くらいの大きさでやけに小さい姿をしていました。僕はその姿に図書館の生物図鑑で見た子熊の姿を重ね合わせていました。」


「子熊の『バケモノ』、ここでは子熊としておきます。子熊は建物を破壊することもなく、逃げ遅れた人々を襲うこともしませんでした。ただ黒い街路を歩いているだけで、それが僕にはどこか寂しげに見えました。」


「子熊は僕の姿を見とめると、固まったように動かなくなりました。そして、人間の男の子の声で『殺してくれ』と確かに言ったのです。」


「僕は子熊が人の言葉を話すとは思っていなかったので驚きましたが、子熊は話を続けました。

『僕は学校のクラスメイトにノケモノにされてこうしてバケモノになってしまった。もう生きていてもどこにも繋がれない。このままバケモノとして消えてしまいたい。』と言ったのです。」


「僕の持つ『断罪のツメ』は『バケモノ』を救うことはできても殺すことはできません。獣人委員会のヘリコプターによる爆撃ならば『バケモノ』を殺すことはできるでしょう。僕は悩みました。このまま獣人委員会の到着を待って彼らにバケモノを殺させる方が子熊の願いを叶えることにつながるのではと少しでも思ってしまったのです。」


「僕はバケモノになった男の子の境遇は知りません。その子がどんな風に生きてきて、どんな繋がりの中で生きてきたかを知りません。僕は自分だったらどう思うだろうと思いました。自分が消えたいと思った時、それを思い止めさせるものは何だろうと思いました。その時思い浮かんだのが、お姉ちゃんやシリウスさんの顔でした。僕をこの街がノケモノにしてもノケモノのまま大切に思ってくれた人たちのことが思い浮かびました。僕は恵まれているだけなのかもしれません。」


「それでも、僕は子熊に『断罪のツメ』を向けました。生きてさえいれば、彼にもどこかにきっと隠れ家があるように思えたのです。」


レオくんの話を私はただ黙って聞いていた。「ノケモノ会議」のせいで「バケモノ」になってしまった男の子の話。もしレオくんがライオン紋の王子様でなくって、ただのどこにでもいる男の子だったら、彼を「バケモノ」にしていたのは紛れもなく私なのだ。そんなことを苦く思い返す。何も考えず、ただ流されるようにして実行してしまった罪深さは消えることはないのだろう。でも心のどこかでそんな罪から許されたいと願う自分も確かに居るのだ。


ふと、私とレオくんの目の前を小学生の一団が通り過ぎようとする。何かのごっこ遊びの最中らしい。


「市子ちゃん、ジャッジ!」

「ノケモノ会議を執り行います!」


しかし何も起こらない。子供たちは空想の中で「ノケモノ会議」の進行を進める。毛深いという承認コール。男の子の一人がノケモノになる。


「じゃあおれが今からバケモノだぞ!ガオー!」


バケモノになった男の子が子供たちを追いかけまわす。追いかけられる子供たちは笑いながら逃げる。


「じゃあ、今から僕がライオン紋の王子様だ。断罪のツメ!」


追いかけられていた男の子の一人がそう言うと、バケモノ役になった男の子に襲いかかる。


「やーらーれーたー。」


バケモノ役の男の子はぱったりと倒れてみせる。しかしすぐに起き上がって


「今度は誰がノケモノ役をやるんだ?」


そう楽しそうに言った。


そうして通り過ぎてゆく子供たちを見ながら、私とレオくんは何か不思議な安堵感を感じていた。


「平和ですね。」

「平和だね。」


そう言葉を交わした。その後だった。


「お姉ちゃん、今日僕、カレーが食べたいな。」


レオくんは私の目を見て確かにそう言った。レオくんが自分から夕飯の要望を伝えてくるなんてこれまでないことだった。私は少し驚いたが、すぐにええ、そうしようか、と返した。


その後スーパーでの買い物の時もレオくんは何も言わなかった。

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