タイム・イズ・マネー

西順

第1話 停止する世界

 ひがし じゅんは超能力者である。


 能力は様々あるが、今回のメインは時間停止能力だ。


 東順の数ある超能力の中でもかなり有用なこの能力、一秒一円である。


 何を言っているのか? と思われるかも知れないが、手でお金を握り締め、《止まれ》と念じると、お金が消えて握っていたお金の金額×一秒、時間が停止するのだ。


 ICカードやプリペイドカード、クレジットカードに金券などでは発動せず、現金でのみ発動可能のこの能力。発動時間が終わると、手には超能力協会なる所が発行した領収書が握られているオマケ付きだ。


 超能力協会がどのような協会なのか、子供の頃に両親に尋ねた事があったが、二人とも知らなかった。


 大人になって調べてみたが、パソコンの検索にはヒットせず、国会図書館にもその資料は存在しなかった。謎の協会である。



 東順には小説を書く趣味がある。趣味と言うには野心があり、いつか書籍化作家になるのが夢だ。


 そんな東順だから、時間停止はとても有用な能力のように思えた。


 しかし一回目は失敗に終わってしまった。


 取り敢えず500円玉を握り締め、《止まれ》と念じた東順。順当に手から500円玉は消え去り、時間は停止した。


 さあ、どんなものか? とパソコンのキーボードを打つが、ウンともスンとも言わない。と言うより打てないのだ。


 とても硬くて打てない。考えてみればそうである。


 思い起こせば、あらゆる物が停止している世界なのだ。


 東順にも思春期があり、時間停止している時に女子にちょっと触れるぐらいのいたずらをした事はある。


 しかしそれはとても無機質な物だった。硬くてまるで金属を触っているかのような感触だった。時間停止中の世界と言うのは、全てが硬く硬質に固まった世界だったのだ。


 動くのは東順が触っている物に限られ、部屋のドアを開けておかなければ部屋から出られなくなる程であった。


 そんな能力なので、東順は500秒が経過した後、手に残った超能力協会の領収書を握り締め、直ぐ様時間停止を唱える。今度はパソコンに触っているのを忘れずに。


 今度はキーボードを打てた。が、直ぐに画面は暗転してしまった。コンセントから電気が流れてこなかったからである。


 三度目の正直、とパソコンをバッテリーに繋いで、キーボードを打ってみた。今度はちゃんと打てた。感動して打ち続ける東順。しかしそれも直ぐに暗鬱なものに変わる。検索エンジンを利用しようとしても出来なかったからだ。


 検索エンジンの画面自体は呼び出せるが、検索を掛けると「not found」としか出てこない。当然だろう。世界は停止しているのだ。検索先のサーバーも停止している。


 東順は時間停止中に小説を書くことを諦めざる得なかった。



 ある日の事だ。東順宅に訪ね人が訪れた。


 呼鈴を鳴らしたその人物。誰かは分からないが、分からないから東順は応対しなかった。


 東順は過去に一度良く分からないセールスマンを、それと分からず応対してしまい、酷い目にあった事があり、それ以来名乗らない者には応対しないようにしている。


「すみません、超能力協会の者ですが」


 思わず椅子からずり落ちる東順。それはそうだろう。存在も怪しかった超能力協会から誰かやって来たのだ。


 どうやって自分の所在地を割り出したのかは分からないが、きっと超能力でやったのだろう。


 そんな事を思いながら、東順は早鐘のように打ち鳴らす心臓を押さえ、深呼吸をして心を落ち着けようとするが、ドキドキが収まる事は無かった。


 仕方なく未知の人物と出会う興奮と恐怖のドキドキを抱えたまま、東順は玄関のドアを開けた。


 そこにいたのは四角い眼鏡をかけたかっちりした公務員を思わせるサラリーマン風の男だった。


 もう少し超能力者らしい雰囲気だと思っていた東順だったが、そもそも超能力者らしい雰囲気と言うのも曖昧だ。と思い直す。


「東順様でお間違いないでしょうか?」


「あ、はい、私が東順です」



 取り敢えず立ち話もなんだろう、と東順は超能力協会の者を宅に招き入れ、座らせると、


「コーヒーでいいですか?」


「お気遣いすみません」


 などと会話を交わしコーヒーを二つ淹れると、一つを超能力協会の人の前に置き、自分も卓につく。


「では改めまして、私こういう者です」


 出された名刺には確かに『超能力協会』と印刷されていた。名前は安藤あんどう りゅうと言うらしい。


「協会ではアンドリューで通っております」


「はあ、そうですか」


 微妙な空気が流れる。


「あ、えと、それで今回はどのような目的で我が家まで?」


 アンドリューに尋ねる東順。


「そうでした。東様に置かれまして、我らが超能力協会の時間停止装置をご贔屓にしていただき、誠にありがとうございます」


「時間停止装置!?」


 東順は思わず聞き返す。どうやら東順は自分に時間停止能力があると思っていたのだが、そうではなく、この超能力協会が開発した時間停止装置を思い掛けず使用していただけだったようだ。


 う~む。ではこのアンドリューなる人物、もしかして装置の無断使用だとでも言って訴える為にここまでやって来たのだろうか? 東順はそう考えて心の中で身構える。


「東様は領収書を保管しておいでですか?」


「あ、はい」


 しまった! 「はい」と答えてしまった。知らんぷりして後で焼却処分でもしておけばよかった。


 後悔先に立たず。東順は今まで取り貯めてきた超能力協会の領収書を押入れから取り出すと、卓の上に置いた。


「おお、これはこれはかなりの数ですね」


 そう言いながらアンドリューはパソコンを取り出すと、使われた料金をパソコンに打ち込んでいく。


「あのう、何してるんですか?」


 どうやら今まで時間停止で払ってきたお金の計算をしているのは分かる。しかし考えてみれば無断使用ではあってもこうやってお金は払っているのだ。訴えるにしても優しくして欲しいものだ。


「いえね、東様には我々超能力協会としましても今まで様々にご利用頂いており、感謝しているのです」


「はあ」


 感謝されてるんだ。だったら訴えられないかな。っていうか俺、時間停止装置以外にも何か超能力協会活用してるのか? 首を捻る東順。


「それでですね、今回、東様の時間停止装置の使用に対しまして、いくらか還元出来ないかと馳せ参じた次第でして」


「還元ですか?」


「ぶっちゃけて言えば還付金ですね」


「還付金? お金くれるんですか?」


 ずっとパソコンと領収書とにらめっこしながら、アンドリューは首肯する。


「正確には、東様が今まで時間停止装置の使用で支払われてこられた金額の一部を還元するだけですが」


「それでもありがたいッス」


 東順が心の中で小躍りしている内に領収書の計算は終わったようだ。


「こちらが還付金になります」


 アンドリューが差し出しきたのは10万円を超えるお金だった。


 社会人に10万円は大きい。しかしこれだけの還付金が貰えるだけ時間停止装置を使ってきた訳で、もう少し自分の生活を改善しよう、と考える東順だった。


「ええ、最後に簡単な質問なんですが、時間停止装置で改善して欲しい所はあるでしょうか?」


「え? そうだなあ」


 にやけ顔で考える東順。


「例えば、触った物の時間が動き出すとか、手に握っている全額じゃなく、任意の金額が引かれるようになってくれると。あ、カードが使えるようになってくれると嬉しいかも」


 などなど東順は要望をアンドリューに伝え、アンドリューはそれをパソコンに記録して帰っていた。



 後日、東順の要望通り一つの機能が時間停止装置に追加された。


 それはカードが使えるようになる。との願いだったのだが、東順は使った後に後悔した。任意の金額ではなく、クレジットカードの上限金額全額引き出されていたからだ。


 100万円分、11日と2時間40分。東順は停止した世界を一人生き抜かねばならなかった。

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タイム・イズ・マネー 西順 @nisijun624

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