JKと邦楽とエミネムの革命

@detourman

第1話 ‘Cause it feels so empty without me!

ピアノは好きだ。

何て言うか、楽器として理路整然で分かりやすい。

音はいたってクリアだし、余計な要素がない、気がする。


そんなことを漠然と意識してみたけど、俺に楽器経験なんてものはない。ピアノで弾けるのはマックのポテトが揚がる時の音位。しかも指は一本だ。そんな俺にでも理解できるようになっているのがピアノである訳で、ギターやサックス何かと違ってごつい見た目もしていない。黒と白のボタンが幾つか。それだけ。幼稚園児、猫でも弾ける。その猫でも弾ける道具から星の数ほどのミュージシャンとやらが生まれて儚く散っていく訳だが、そんな事を考えてもただ俺の中のピアノへの尊敬がレベルアップするだけだ。

 その皆大好きピアノ君が物悲しいメロディを奏でて、さらにブレイクビーツなドラムが後ろで鳴って、最後に仕上げとして我らがエミネムがラップをしている名曲、lose yourselfを俺はイヤホン越しに聴いていた。ポケットにはipod特有のiphoneより一回り小さい存在感を感じる。親や妹からはスマホを買えと何度も言われるのだが、必要性をあまり感じない。というか連絡してくる人がほぼいない。時々母親、そして万に一つくらいの可能性で妹。電話はワン切り当たり前。嫌な家庭環境だ。

 そうは言っても親からは何かと諸々を買い与えて貰ってはいるし、パソコンで無料ソフトの密林を日々這いずり回っている身でも感謝は感謝すべきだ。

 いけない、また妙なことを妄想してしまった。今頃借りてきた某アイドルのDVDを見ているであろう母親に立ち止まって敬礼し、またのんべんだらりと歩き始める。

耳から入ってくる冷たい音楽とは裏腹に、上を見上げればカンカン照りのお日様と、じりじりと自分の存在を主張してくる完膚なきまでに黒いコンクリートが俺の通学を阻もうとしていた。高校までは徒歩で後十分程度。丁度良くモチベーションがしなびていく。だるい。

 現在通学中の我が愛すべき神風第一高校はいわゆる普通の高校だ。余計に宗教かぶれや部活熱も持っていないし、人数もそこそこ、総合成績もそこそこ、浅く広くの象徴とも言える。その癖妙に校舎は広く、そのせいで若干都会から隔離されている感のある場所に居心地悪く収まっている訳だ。

 神風と言えば戦時中の特攻機を思い出す奴も多いだろうが俺は違う。生粋のエミネムファンを自称する俺からすれば神風はエミネムの10枚目のスタジオアルバムだ。いつもの調子ならここから小一時間程エミネムのバースのえげつなさについて語り出す(妹にやったら一か月無視された)予定なのだが今は気力が余りないし、ぶっちゃけもう家に帰りたい。顔もろくに覚えてないクラスメイトの存在感をひしひしと肌に感じる。

そんな事を駄弁っている間にもエミネムは歌い続ける。二番目のコーラスを越えて、ちょっと早口になったラップを越えて俺の最も好きな歌詞がやってきた。

 ただの歌詞というか、俺の存在意義とか青春とか丸ごとミキサーされた言葉だ。もう聞きすぎてエミネムの空気感だけで感動が襲ってくる。依存症末期ですね、はい。

焦ろうが泣こうが通学をしなければ俺の学生生活は無い。ならばここで歌でも歌って士気を高めよう。疲れ怯え若干朽ちた意識で決心し、ギチギチに固められた学生服という重装備の中からかすれた声で歌う。


「ママラビュワダ「trailer's got to go!」」


高らかに歌い上げられたその声と共に、俺の前から何かが勢いよく過ぎ去る。

いきなり邪魔された。俺の完全なる日本語脳のカタカナ英語に流暢な英語を被せてきやがった。しかも歌詞は完璧、なかなか気が合いそうだ。声の調子は良く分からなかったが、きっと俺と同じタイプの勘違い系音楽男子に違いない。

邪魔された不満三割、人前で下手な英語を聞かれた恥ずかしさ三割、そして最も興味が湧いた、エミネムが好きな同志がいるんじゃないのかという期待三割で俺は前を見上げ、新たなるヒップホップ愛好家の姿を視界に捉えようとした。


見えたのは目の前から過ぎ去ってゆくは自転車と、それに乗ったうら若きJK。


自転車が道を漕ぐ間にも、根暗男子じゃないのかよ、とかあれ俺と同じ制服じゃねえのという驚きやら悲しみやらをごちゃ混ぜにした感情が頭の中に襲ってきた。でもそんな脳味噌もすぐに吹っ飛ばされる。なぜなら、


JKが持ち上げた腰から見える、いかにも愛嬌のある、可愛らしい熊さんパンツが目に入ったからだった。








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