表札

「ゆかりん、うどん食べたくない?」


「町田さん、帰りにみかん狩りに行きましょう」


「.......」


 昨日のいたずら調査のために、四国へ向かう特別隊の車内。真ん中の座席に座ったゆかりんに、四国ガイドブックを広げてみせていた。トカゲは膝のランプの中でとろとろと寝ている。

 花田さんは助手席で地図を見たり第八隊と連絡を取ったりと忙しそうで、運転席の中田さんはずっとうっすら笑っていて正直怖い。先日、この車を特別隊の隊車として購入してから、ずっと様子がおかしいのだ。花田さんの話では経理部の仕事もいつもの倍の速度で片付け続けているらしい。怖い。

 後ろの座席では監視の人が、おにぎり片手に気配を殺して座っている。


「ゆかりんゆかりん、カツオ食べようよ。あと牡蠣も」


「.......」


「町田さん、四国限定パフェとケーキを食べにいきましょう」


「.......ねえ」


 今までずっと黙っていたゆかりんがやっと話してくれた。嬉しい。


「あんた達、なんで今日私にしか話かけないわけ?」


「「.......」」


 未だ喧嘩中の葉月が話しかけるなオーラ全開だからです。

 俺が顔を向けたらつーん、とそっぽを向いた葉月に、思わず半泣きになった。それを見てゆかりんがぎょ、と目を剥く。


「ちょっと、なんで急に泣くの!? 葉月! 何とかしなさいよ!」


「知らないわ」


「え? 何よ、あんた達喧嘩でもしてるの? はぁー、心配して損した。どうせ七条和臣が何かしたんでしょ、さっさと謝りなさいよ。葉月怒ってるわよ」


 俺だって謝れるなら謝ってる。仲直りしたい。でも、度々頭をチラつくチャラ男が合コンという言葉を発するので、もう謝れない。変な意地になっているのは自覚しているが、嫌なものは嫌なのだ。


「.......謝らない」


「副隊長! どうしよう七条和臣が頭打ってるかも! 怒った葉月に反抗してる!」


 ゆかりんに頭を鷲掴みにされ下まぶたを引っ張られた。そのまま真剣に色々観察される。謝らないと言っただけでこの反応、涙が出る。


「隊長.......非行は、非行は本当に、おすすめできません」


「和臣隊長! 私はこの車に乗っている間は全面的に和臣隊長の味方ですっ!」


「あ、こら中田、露骨すぎるぞ」


「だって部長、隊車ですよ! しかも新車です! あぁ、国産の四駆が.......! アクセルを踏み込んだ時のレスポンスが、なんて素晴らしいんでしょう.......私、この車で舗装が雑な坂道を駆け上がりたいんです.......」


 うっとりし始めた中田さんに、車内の全員がそっと目を逸らした。俺は中田さんに大変なものを与えてしまったのかもしれない。このまま中田さんが元に戻らなかったらどうしよう。


「.......隊長、そろそろ今回の仕事について、説明をしてもよろしいでしょうか」


「.......お願いします、花田さん」


 窓の外は濃い緑。どことも知らぬ森の中を、もう何時間も対向車を1台も見ずに走っていた。


「今回の仕事は、昨日本部に届いた式神と手紙の送り主の調査です。いたずらで済ますのには少々行き過ぎた行為でしたので、我々特別隊と八条隊長含む第八隊の10名で対応します。第八隊との合流は現地で行います。また、今回は六条当主が個人的に同行するようです」


 ゆかりんがびし、と手を挙げた。


「いたずらで済まない手紙って、どんなのですか?」


「はい。零様に対する誹謗中傷、及び殺害予告がありました。それに加え、手紙の中に刃物が同封されていたそうです。しかし、式神の札には血液で「たすけて」、と書かれていました。あまりにも理解できない点が多いため、調査を行います」


 さあ、とゆかりんの顔から血の気が引いた。

 葉月もぐっと眉を寄せて、口を開く。


「.......それは、鬼の仕業ですか?」


「昨日隊長方が封印庫の施錠を確認なさいましたが、油断はできないかと。八条隊長も未だ警戒なさっていますし、術を使う鬼が存在することは、昨年確認済みですので」


 しーん、と車内が静まり返る。全員悲痛な面持ちになってしまったので。


「多分酒呑童子の仕業じゃないと思いますけど」


「その名を言うなってのーーー!! みんな言わないようにしてんのになんで言うの!? 名前呼んで来てもしたらどうすんのよ!」


 一瞬のあいだにゆかりんに胸ぐらを掴まれガクガクと揺さぶられる。よかった元気になって。


「なんでそう言いきれるのよ」


 葉月が無表情で聞いてくる。突然普通に話しかけられて驚いていると、「私が戦ってるのは学生の和臣で、隊長の和臣とは喧嘩してないわ」との事だった。よかった、仕事中は普段通りでオッケーみたいだ。


「で、どうして鬼の仕業じゃないと言いきれるのよ」


「なんて言うか.......アイツはこんな訳わかんないことしないと思うっていうか.......やるならもっとガツンと来そうというか」


「その鬼に対する謎の信頼感はなんなのよ」


 車が止まる。窓の外は相変わらず鬱蒼とした森だった。なぜ止まったのだろうか。


「こんにちは七条くん。待っていましたよ」


 ぬっと現れて窓をノックしてきた八条隊長に、監視の人がびくりと震えた。確かに、爽やかな笑顔が暗い森の中で異様に浮いていて怖い。


「あれ、なんで八条隊長がこんな所にいるんですか? 先に行ってたんじゃ.......」


「道路がここまでしかないんですよ。ここからは徒歩なので、特別隊を待っていたんです。総能の名簿にも記録にもない住所というのも頷ける辺鄙さですね」


 かなりガタイの良い八条隊長の背後からひょっこり出てきたのは、ガイドブックを持ってダブルピースした調唄さん。あ、俺と同じガイドブックだ。

 俺達も車から降りて、鬱蒼とした森に出る。ここは一体何県なんだ。


「ここから目的地まで結構歩きますが.......女性方は大丈夫ですか? 今回、第八隊は全員男性で来ていますが、特別隊は.......おや? 1人増えていませんか?」


「?」


「.......まあ、時間もない事ですし歩き始めましょうか。休憩は適宜挟みましょう」


 それから、謎の森の舗装されていない細い道を歩くこと2時間。


「2時間.......!?」


 こんなに歩くなんて聞いてない。めちゃくちゃに疲れました。あと靴擦れした。監視の人が絆創膏くれた。正直今すぐ休憩してくれ、と叫びたいが、女子が誰一人として声を上げないので歯を食いしばって歩いた。調唄さんがたまに、おんぶしてくれようとサイレントに俺に背を向けるが、絶対に屈してはならないと思う。


「あ」


 意地で歩いていた視界が、急に開けて。


「着きましたね。.......七条くん、私と君で先に行きましょう」


「.......」


 随分立派な門。

 終わりの見えない塀。

 大きな大きな日本家屋。


 しかし、そんなことより。


 門にかかった表札の。

「十条」の名前が、目から離れない。

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