手紙

「では」


 ざっと全員が頭を下げる。


「解散」


 ふっと白い人が消えて、残った黒い着物の術者達がぞろぞろと部屋を出ていく。俺も半泣きで部屋を出た。白い人に明日の仕事の話をされたが、よく聞いていなかった。それより問題はチャラ男だ。

 そっと後ろを歩いていた花田さんが、心配そうに声をかけてきた。


「隊長、お気を確かに! 明日の北海道出張ですが、隊長おひとりではなく五条隊長と一条当主との合同のお仕事となります! 詳細はこの後メールでお送りして」


「花田さん.......チャラ男って、どう思いますか?」


「はい?」


 花田さんの目が見たこともないほどまん丸になった。


「俺.......ピアス開けて髪染めてみようかなって」


「隊長の身に一体何が.......!?」


「でも俺、チャラ男は嫌いなんですよ.......っ!!」


「隊長!?」


 その場に立ち止まって歯を食いしばり、拳を握りしめた。これより全世界チャラ男撲滅運動を開始する。1人たりとも残さんぞチャラ男ども。

 しかし葉月のタイプがチャラ男だったとは。衝撃の事実すぎる。俺は本当に、どうすればいいんだ。


「隊長、非行は.......非行はおすすめできません」


「.......同感です」


 いつの間にかトカゲのランプを持った監視の人が合流していた。受け取ったランプの中でトカゲがくいっと首を傾げて俺を見ている。

 そのあと真剣な顔で正門まで送ってくれようとしていた花田さんと別れて、監視の人と長すぎる廊下を歩く。花田さんは忙しいのだ。監視の人がいれば迷うことなく帰れるし、外まで送ってもらうのは申し訳ない。


 到着した夜の正門前には、遠目からでもガチガチに緊張していると分かる兄貴と牧原さんが並んで立っていた。何をしているのかは全く不明だが、それを見ただけで涙が出た。これから兄貴も俺も彼女をチャラ男に取られるんだ。


「おう、後輩。んなとこで何して.......おい、そいつぁ誰連れてんだ?」


 背後から現れた大男、第二隊隊長の二条釘二先輩が、俺の横にいた監視の人を見て首を傾げた。しかし、すぐに正門前の兄貴と牧原さんを見てニヤニヤしはじめる。


「くくく、またアイツか。あの七条がただ突っ立ってやがるぜ! 九条のやつ、先に帰ったのは失敗だったな! こんな面白ぇモン見逃すなんてよ! 昔っからあんだけ完璧ヅラしてた七条が.......あ?」


 先輩が急に眉を寄せて低い声を出す。監視の人がびくっと肩を揺らした。


「どうしたんですか、先輩?」


「.......なんだ、ありゃあ」


 いきなり先輩がズカズカ兄貴達の方へ歩き出した。一応は兄貴の恋路を守ろうと先輩の前に立ったが、一瞬で襟をつかまれ引きずられた。ごめん兄貴、1秒も持たなかった。


「おい七条」


「あぁ」


 兄貴が真面目な顔で、さっと牧原さんに手をやって背中に隠した。どうした急に。さっきまで指一本触れなかったくせに。


「ご無沙汰しております」


 いきなりかけられた女の声に、顔を上げれば。




「零の家のご当主に、お目通りしたく存じます」




 門の外に、白い着物を着た女が立っていた。


 その白い着物の裾には、真っ赤な花が咲いている。兄貴と先輩に本気で睨みつけられても、無表情の白い着物の女はぴくりとも動かない。それはそうだろう。


「.......誰の式神? びっくりしたー」


 目の前の女の形をした式神は、随分おかしな作りをしていた。


 本部で使うことが許されている式神は、細かな部分まで見た目が指定されている。それにもかかわらず、目の前に立っている式神は、色と性別しか合っていない。

 白いと言っても着物には赤い花の柄がついているし、髪型もなんだか派手だ。その他細かい所も色々おかしい。

 管理部の新人さんが間違えたのだろうか。それか杉原さんがとうとう個性を抑えられなくなったのだろうか。そうだった場合また花田さんと喧嘩になりそうだ。


「.......あれ? 門の外にいるってことはお使いの帰りか? 兄貴、どいてやれよ。避けて入るとかは難しくてできないんだろ」


「通してくださるのですか」


 いきなり式神が喋った。

 単純なことしか出来ない雑な式神かと思ったら、会話ができるほどには丁寧な作りをしているらしい。やっぱり杉原さんか。


「通さねえよ。てめぇ、どこの式神だ」


 なぜか先輩が犬歯をむき出しにして怒っている。ちょっとデザイン間違えただけでそんなに怒らないで欲しい。たぶん杉原さんも悪気はないと思う。たぶん。


「和臣、お前分かってないだろ。この式神は総能ウチのじゃない。総能の式神に似せて、誰かが送ってきたんだ。それも、いきなり零様に会わせろだなんて言ってきてる。まともじゃない」


「え」


 兄貴の背に隠れた牧原さんが、管理部の式神ではないとぶんぶんと首をふっていた。

 目の前の式神に視線を戻す。

 杉原さんのじゃないと分かると途端に危険物に見えてきた。しかもこの総能本部に真正面からやってきて、零様に会いたいとは。たしかに神経の太さが電柱ぐらいないと出来ない所業だ。


「どうすんだよ。とりあえず消しとく?」


 本部内での術の使用は禁止なので、とりあえず門の外に出ようとして兄貴と先輩に引きずり戻された。兄貴にゲンコツまでもらってしまった。なんで。率先して危険物を処理しようとした仕事熱心さを褒めて欲しかった。


「お目通り叶いませんか」


「叶うわけねぇだろうがよ。あ? てめぇはコソコソ隠れておいて、得体の知れねぇ式神だけ寄越す野郎が何言ってやがる」


「主人は屋敷を離れられません。無礼をお詫びします」


 ゆっくりと、式神が腰を折った。


「主人より、伝言と手紙を預かっております。零の家のご当主にお渡しください」


 先輩の血管がブチギレる音がしたが、兄貴がなんとか落ち着かせた。

 その横で女が差し出してきた黒に金の装飾が光る封筒を受け取ると、兄貴と先輩に同時にどつかれた。だからなんで。これで差出人分かるじゃないですか。


「そんな訳の分からない物を訳の分からない相手から受け取るな! この、このバカ! 」


「変なモン本部に入れんじゃねえ! 外に捨てちまえ!」


 俺はポイ捨て反対派だ。いくら先輩の言うことでも出来ない、と反論しようとしたところで、門の外の女が口を開く。


「主人からの伝言です。.......「ご無沙汰しております。いえ、今代のあなたと、今代の私は初めましてですね。かつて、いきなり全ての家の頂点に立ったように振る舞われたあなたですが、その偽りも近く私の手により終わらせたく思います。かつての同胞を解放していただくために、私があなたの首を落として差し上げましょう。」」


 とりあえず俺と先輩が印を結んで門の外に出た。兄貴は門の中で未だ喋り続ける女を睨んでいる。


「「私はあなたの本当の名前を知っています。私はあなたの本当の過去を知っています。私はあなたの約束を知っています。それでは、我が屋敷でお待ちしております」.......伝言は以上で」


「【禁釘きんてい】」


 ブチギレ気味の先輩が式神を消した。兄貴は咎めなかった。


「.......めちゃくちゃ痛いイタズラですかね」


「なら相手と場所とタイミングが悪かったな。俺ぁ潰すぜ、この野郎」


 先輩の顔が怖すぎて、牧原さんと監視の人が兄貴の後ろに隠れた。ちなみにその兄貴も中々怖い顔してますよ。


「和臣、その封筒渡せ。まだ帰ってない隊長呼んで少し話すぞ」


「おう。.......ん?」


 地面に落ちた、先輩の術で真っ二つになった式神の札を拾う。訳の分からない文字や図形が書かれている横に。


「.......」


 確かに、見覚えのある鉄臭い赤で。「たすけて」と、歪んだ文字が書かれていた。

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