復帰

 涙は出なかった。

 上を向いて額を押さえる。ただ、やられた、と言う思いだけがこみ上げてきた。


「復帰そうそうそれとは.......災難だったな、和臣」


「俺んとこも今月はキツいが.......こりゃ完全に別件だな。しかも一般人のおまけが付いてやがる」


「ウチの隊5人しかいないんですけど.......物理的に無理では? 」


「新入りでも募集したらどうだ? ま、今じゃあもう優秀なのは他の隊か本部に取られてるけどな! 出遅れたな、和臣!」


 出遅れたというかそれ以前に新入り募集ってなんだ。そんな簡単に増やしていいものだったのかよ。あとでビラ書くわ。


「バカ言ってんじゃねぇ。このレベルの仕事、新入りなんて呼んだら死ぬぞ。元々五条がやる予定だったんだからな。お前ぇも気をつけとけよ」


 先輩も優止も、最後は同情の目線を残して帰って行った。みんなこのオカルトブームで忙しいのだ。同情はしても手伝ってくれることは無い。


「.......花田さん」


「はい、隊長」


「待たせてすみませんでした。そして、本当にごめんなさい」


「おかえりなさいませ、隊長。そして、この仕事に関しては何もおっしゃられるべきことはありません」


 本当に申し訳ない。今回は完全に俺一人が悪いので、この仕事も本来俺一人でやるべきだ。ただ、それは無理だ。1人でできる範囲を超えている。俺は、俺の身勝手で特別隊を巻き込んだ。

 自分の未熟さが嫌になる。


「五条の当主に向かう隊長を止めなかったのは、私です。報復これは覚悟の上でした」


「.......はい」


「はは、隊長。町田さん達の前ではそんな顔なさらず、堂々とお願いしますよ! 中田もさっそくドライブができて満足でしょう!」


「.......おう!」


 ばしんっと自分の頬を叩いて、立ち上がる。俺は隊長だ。負けている姿など、見せられない。


「和臣ぃ、勝博貸してあげるぅ!」


「え?」


 部屋を出る寸前、帰ったと思っていたハルと勝博さんに廊下から呼び止められた。勝博さんが、深々と頭を下げる。


「七条和臣特別隊隊長。どうか、私を好きにお使い下さい」


「はい、どぉぞ!」


 思わぬ助っ人。最強副隊長が手伝ってくれるなど、なんて心強い。


「ありがとうございます、勝博さん。じゃあさっそくお願いしてもいいですか?」


「もちろんでございます」


 ハルがニコニコと勝博さんを見ている。ハルは、勝博さんの全てを信頼している。勝博さんを手伝いに行かせれば全てが確実に成功すると知っているから、どんな時でも、誰の前でも最高の笑顔で胸を張れるのだ。

 だから。


「ハルのそばに。あなたは、ハルの隣にいてください」


 いつもと変わらない彼女。最強の彼女。きっと、ハルはさっきの五条当主の言葉を何とも思っていないのだろう。だけど、俺がハルに1人になって欲しく無かった。それだけ。

 それだけだ。


「えぇ? 和臣ぃ、勝博いらないのぉ? 天狗も霊も、いっぱいだよぉ?」


「はっ。特別隊舐めんなよ、そんなの俺達だけで余裕だな!」


「.......ならいいけどぉ」


 頭を上げない勝博さんを、ハルが早く帰ろうと引っ張った。それでも、勝博さんは顔を上げない。


「むぅ。勝博ぉ?」


「.......七条和臣特別隊隊長。私、灘勝博より、最大の感謝と尊敬を」


 勝博さんは顔を上げて、俺の顔をじっと見た。その切れ長の瞳は、あまりにまっすぐ輝いていた。

 勝博さんはハルを片腕に抱き、そのまま長すぎる廊下を歩いて行った。


「.......隊長」


「すみません、最強の助っ人帰しちゃって.......」


「いえ、最適な判断だったかと。.......灘副隊長には及びませんが、私花田裕二がお供しますのでね! ご安心ください!」


「本当に心強いです。本当に」


 花田さんと一緒に、特別隊の3人が待つ部屋へ入った。そこから頭を下げたり下げられたり、首筋を撫でられたり逃げ出したり、色々積もる話をして。


「えー.......皆さんに重要なお話が」


「なに? 来週の私の武道館ライブのこと?」


 確かに、詩太さんと行く予定のゆかりんのライブより重要なことはそうそうない。そう言えば詩太さんは最後まで俺をチラチラ見ていたが何か用があったのだろうか。先輩達と話してたら帰っちゃったけど。


「えー.......わたくし、七条和臣は.......先程五条当主に喧嘩を売り、嫌われまくってとんでもない仕事を押し付けられました。これからいじめが始まるかもしれません」


 先程貰った資料を掲げる。

 中田さんがふらっと倒れ込んだ。ゆかりんは震え出し、葉月は無表情で首を傾げる。あ、この子五条との喧嘩の意味分かってないな。


「あなたも七条の本家じゃない。なんでいじめられるのよ」


「七条関係なぁーい。和臣くん個人で喧嘩売ったからぁー。七条のくせに親の七光り使えなぁーい。普通にうるせぇガキとしていじめられるぅー。ごめんよお弟子さーん」


「.......」


 ガン無視された。


「あの.......本当に申し訳ないんですけど、今回の仕事.......俺一人じゃ手が足りなくて.......手伝って貰っても、いいですか?」


「当たり前じゃない。これ私達の仕事なんでしょう? あといじめられたら言いなさい。相手が何人であろうと、消すわ」


 頼もしいのか怖いのか。とりあえずいじめられたら葉月に言う前に自分で堂々と立ち向かおうと思う。世界平和のために。


「.......やってやろうじゃない! その代わりライブは絶対来なさいよーー!! あと怪我したら綺麗に治してよー!!」


「それはもちろん」


 ゆかりんにぐりぐりと指を突き刺される。ナイスアイドル。


「和臣隊長.......4駆買ってください」


「こら中田!」


 中田さんは花田さんに怒られていた。割と普通に怒られている。


「間違えました。もちろんお手伝います、和臣隊長」


「よし。中田、隊の車が欲しいのなら必要な書類と手続きをするんだぞ」


「.......最終的に、経理部長がハンコをくれないんです。副隊長からも、部長に一言言っておいていただけませんか?」


「活動が不定期かつ少人数の隊に車を買う予算はない。今の本部の車で十分だ」


「3番車庫の車、もうエンジンが悲鳴をあげてますよ」


 なんだかよくわからない方向に流れたが、中田さんも来てくれそうだ。


「.......改めまして、皆さん」


 みんなが俺を見る。自然と頬が緩んだ。


「これからも、よろしくお願いします」


 了解、と明るい声が上がった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る