隧道

 中田さんが運転する車の中。

 最悪の仕事へ向かう道中、葉月がふ菓子を食べ、ゆかりんは牛丼大盛りを食べ、花田さんは助手席で地図を見る。

 俺はランプを抱いてぼうっとしていた。たまに葉月がふ菓子をくれようとするが、そんなに大量に食べるものでもないと思う。気持ち悪くならないのだろうか。


「ねえ、七条和臣。清香小学校卒業したんでしょ? 中学の入学祝いに、これ」


「えっ」


 ゆかりんから、ピンクの箱を貰った。中身はシャーペンだそうだ。


「ありがとうゆかりん」


「ふふん。私、清香みたいな妹が欲しかったのよ! 中学生になったんだし、今度一緒に服とか買いに行こうかな。葉月もどう?」


「行くわ!」


「.......清香も中学生、か」


 さっきまで嬉しそうだった葉月が、また始まったわ、と呆れ顔で呟いてふ菓子をみんなに配り始めた。


 妹はもうすぐ中学生になる。ついこの前まで、和兄のランドセル欲しい、と俺のあとをよちよちついてきていた妹が、ランドセルを卒業した。このままだとすぐ大人になって、チャラついた彼氏なんて連れてきて、その後訳の分からない男と結婚なんて言い出して.......結婚!?


「嫌だ嫌だ絶対嫁になんて行かせない.......。世の中の男を根絶やしにしてやる.......」


「え、シスコンきも.......っていうかあんたも男だし」


 ゆかりんの言葉も痛くも痒くもない。シスコン大いに結構。問題はこの腐った世の中だ。


「わかりますよ隊長! 女の子の成長は本当に、本当に早いんです.......!!」


「世の中の男なんて全員ロクでもないんだからいない方が良くないですか? 俺の妹に何する気ですか?」


「わかります!わかります隊長!」


 女子組がドン引きしていた。ドン引き結構。それで妹をバンドマンから守れるならなんでもいい。七条家はバンドマンは出入り禁止だ。兄貴の傷が開くから。


「和臣、この間清香ちゃんの卒業式で号泣して.......今清香ちゃんに口を聞いてもらえないの」


「それ当たり前でしょ。私だって嫌よ」


「和臣隊長、思春期の女の子にはあまりベタベタしない方が良いと思いますよっ!」


「家で俺にだけ思春期なんです.......!! 反抗期も混じってるんです.......!!」


 もうやだ泣きそう。

 腕の中のランプのトカゲが、くいっと首を傾げた。


「.......隊長、そろそろネットで話題の心霊スポットとやらです。今回の現場はもう少し先ですが、ここは恐怖心を抱えた一般人が多いはずです。警戒はしておくべきかと」


「了解しました。中田さん、少しゆっくり走って貰えますか?」


「了解です」


 かと言って、本当にこんな所に一般人がいるのだろうか。最後にコンビニを見たのは約1時間前だし、さっきから街灯よりも木の数が多い。道は一車線だし、人も灯りもずっと見ていない。


「.......えー、若干こわ.......」


 窓の外が真っ暗すぎる。こんな所で外に出たらどうなるんだ。迷子にでもなったら死ぬんじゃないか。


「ちょっとあんた何言ってんの!? 酒呑童子と乾杯する方が3億倍怖いに決まってんじゃない!!」


「それはちょっと違うじゃん.......」


 ゆかりんにガクガク揺さぶられながら窓の外を見る。すると、目の前で少し道が開けた。2車線ぐらいにはなった道の端に、何台かの車が止まっている。さらに、外には何人かの人々が出てカメラを片手に騒いでいた。


「楽しそうだな」


「盛り上がってるわね」


「バーベキュー気分じゃないの」


「妖怪も霊も見当たりませんね」


 中田さんにミラー越しにサムズアップすると、車のスピードが上がる。あそこまで楽しそうなら何も問題は無い。まあ夜も遅いから早く帰れよ。


「有名すぎるのも逆に怖くない的なアレですかね?」


「今のところあなたが1番怖がってるわよ」


「.......マジでLEDライト持ってきて良かった」


 鞄から大きめの懐中電灯を取り出す。

 すると、トカゲがごうごうと燃えだした。火傷するほど熱く、ランプの軋む音がする。


「ちょっと! 何やってるのよ!」


「落ち着けトカゲ! LED良いだろ! 明るくて長持ち! これ以上無いだろ!」


「あんたバカなの!? サラマンダー絶対その懐中電灯にキレてんじゃない! 仕舞いなさいよ!」


 懐中電灯を仕舞えば、トカゲは不機嫌ながらも落ち着いた。なんだよ、LED嫌いなのかよ。節電できて環境にも優しいんだぞ。せっかく杉原さんがくれたのに。


「和臣隊長.......女心がわかっていませんね!」


「え、こいつメスなの?」


「「「え」」」


 全員目を見開いてトカゲを見ていた。トカゲはくいっと首を傾げるだけ。どっちなんだ。


「め、メスじゃないの.......!? そんだけあんたのこと好きそうなのに!?」


「いや、俺サラマンダーのオスとメスの見分け方知らないから.......考えたことなかったな」


 あと変態のオスに好かれた経験もあるのでなんとも言えない。山は性別とかあるのだろうか。


「.......ずっと思っていたのだけど、あなたその子に名前はつけないの? ずっとトカゲって呼んでるじゃない」


「トカゲはトカゲだろ? 河童も河童だ」


「あなたがよく分からないわ.......」


 何となく全員に引かれながらも、さらに街灯の数が減った外へと注意を向けた。そろそろだ。


「隊長、そろそろ到着します」


「了解。いいか、ここは霊が多い上、天狗の目撃情報もある。一切油断はするな、天狗が出たら俺を呼べ」


「「「「了解!」」」」


 人の霊は厄介だ。人間と同じ道理に従いつつも、明確な憎しみと殺意を持って俺達を殺しにくる。さらに、その見た目から躊躇する術者も多い。さらに今回天狗もいる。

 やはりオカルトブームなんてろくなことがない。


 目の前に、コンクリートの長いトンネルが見えた。灯りは一切無く、不気味に真っ暗な口を開けて俺達を待っている。


 はずだった。


「隊長! 一般人の車です!」


「くそっ、こっちまで来てんのか.......! 侵入禁止のはずなのに」


 一車線なので、その車の後ろに車を止めて外へ出た。

 急いで車の中を覗いても、その中はもぬけの殻。


「隊長! トンネルの中に明かりが!」


「.......全員来い! 俺から離れるなよ!」


 トカゲのランプを腰に括りつけ、手の中のLEDライトをつけて、トンネルの中へ飛び込んだ。

 トンネルはいい。1本道だから、どうやったって前に進めば出口に出る。






 途中、出会わなければ。

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