料理

 休日の早朝。

 寝不足の目を擦りつつ、とろ火で燃えるトカゲを持って台所にいた。


「和臣.......ごめんね」


「いや.......俺が悪い」


 昨日、というか今日の夜3時に俺を起こした般若の如く怒り狂った姉に、身の潔白を信じてもらうのに軽く1時間かかった。そのあと俺達は興奮して眠れなくなり、小腹が空いたので何か作ろうと台所へ来ていた。


「姉貴、何食べる?」


「.......あんたの好きな物。お姉ちゃんが作る」


「いや.......俺が作る」


 結局2人で別々に作ることになった。喧嘩後のギクシャクした空気も、お互いに冷蔵庫を覗き出した頃にはいつものものに戻る。


「あんたカップ麺じゃないのね」


「姉貴が食べたいならお湯沸かそうか?」


「こんな時間にカップ麺なんてありえない。あんたも、いい加減ああいう人工添加物ばっかりのもの食べるのやめな。体に悪い」


「ですよねー」


 卵焼きでも作るかと思って、洗い物が面倒なので姉が出したフライパンをそのまま使うことにした。砂糖や出汁を入れた溶き卵を少しづつ入れて巻いていく。我ながら完璧。


「.......和臣は、もうお姉ちゃんより料理上手ね」


「え? 照れる」


 げしっと姉のスリッパを引っ掛けたつま先で蹴られる。なぜ。褒めてくれたんじゃないんですかお姉様。


「ねぇ和臣。今年のクリスマス、私達でケーキ手作りしよっか」


「お、なんだ? 俺もそっちのステージに上がれってことか? 任せてくれ、実は最近お菓子作りにも興味が」


「清香がさ、もう今年からケーキいらないって言うのよ」


 衝撃。思わずフライパンから卵焼きを落としそうになった。慌ててそれをキャッチして、火傷寸前でまな板へ。聞き捨てならない。聞き捨てならないぞ。妹はケーキやらなんやら甘い物が好きなはず。一体なにが。


「ま、まさかとうとうチョコアレルギーにでもなったのか!? 俺兄貴が隠れて清香にチョコやってたの知ってるぞ!」


「違うわよ。サンタももういらないって」


 俺は膝から崩れ落ちた。サンタはいつまでも来て欲しいだろ、そうだと言ってくれ妹よ。

 俺が絶望している後ろで、それにしても兄さんったら、とぶつぶつ言い始めた姉が冷凍庫を開けて固まる。どうしたんだ色々。


「.......あんた、これ何」


「あっ」


 姉が取り出したのは、昨日俺が冷凍庫へ入れた黒封筒。そうだ、どうしても現実逃避したくなって凍らせたまま忘れていた。危ない、確か今日呼出されてたぞ。ギリギリセーフ、見つけてくれてありがとう姉貴。


「和臣! なんで冷凍庫にこんな大事なもの入れてるの! 黒封筒なんて、いい加減しっかりしな!」


「軽くシャーベットぐらいのつもりだったんだ! こんなキンキンにするつもりは無かった!」


「バカばっかり言ってるんじゃない!」


 いつものように姉に精神を破壊されていると、昨日泊まった葉月が、制服姿でこそっと台所の入り口からこちらを覗いていた。


「あら、ごめんね葉月ちゃん。うるさかった?」


「いえ。今朝は目が覚めてしまって.......そしたら台所に電気がついているのが見えて、もしかして不審者かもと思って来たんです」


 あの不審者じいさんは俺に不吉な予言を吐いて以来見ていない。言い逃げとは卑怯なじいさんだ。絶対また生き残って文句言ってやるからな。


「葉月ちゃん、卵焼き食べない?」


「いただきます」


 あ、それ俺が作ったやつ。待ってくれまだ葉月に食べられる心の準備が。


「美味しいです。お姉さんが作ったんですか?」


「私じゃなくて、コレが作ったの」


 姉が俺を目線で示す。姉にコレ呼ばわりされたことより何より。


「ああーーーー」


 ランプを持ってしゃがみ込み、どうしてもニヤける口元を隠すために膝の間に顔を埋めた。

 美味しいって言った。やった。でももうちょっと工夫すれば良かった。ただの卵焼きだからなあれ。


「和臣が作った卵焼き.......そう。わかったわ」


 葉月はじっと卵焼きを睨みつけた。どういう感情。


「じゃあ和臣、お姉ちゃんもう寝るから。洗い物よろしく」


「へーい」


 姉がスリッパを鳴らし台所を出ていった。洗い物を手伝おうとする葉月を防ぎつつ、何とか少ない洗い物を終える。よし、俺は守り切った。我が家の台所を。


「ねえ和臣。あなたずっと起きてたの? 今日は勉強しましょうって約束してたけど、やめにしましょうか?」


「え、なんで?」


 とうとう見放されたか。でもあと英語が何とかなれば行けそうな気がしてるんです。たぶん。


「図書館で寝るよりお家で寝た方が良質な睡眠が取れるわ。合理的でしょう?」


 もう俺が勉強中に寝ること前提なんですね。自分でもそんな気はしますが、もう少し信じてもらえないでしょうか。それか起こしていただけると助かります。


「それに私、これから予定ができたの」


「予定?」


「本屋に行って料理本を買うわ」


「い、いやいや! 急にどうしたんだよ、料理とかは俺がするからさ! 葉月は.......寝ててよ」


 言葉選びのセンス。我ながら最悪だぞクソ野郎。


「私だって、練習すれば少しはお裁縫もお料理もできるようになるはずよ。.......別に、あなたより上手にはなれないと分かっているけど.......いつか私だって、食べてもらいたいじゃない」


「やだもう俺この子好きーーーー」


 葉月を抱きしめて頭を撫でまわす。いじらしいって言葉人生で初めて浮かんだぞ。


「.......俺も本屋ついてっていい?」


「.......何を買ったかは見ちゃダメよ」


「わかった。食べる時までのお楽しみだな」


 朝食後、暇だと言う妹も連れて本屋へ行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る