本屋
妹と葉月が料理本のコーナーへ向かい、俺はそこから離れるように漫画コーナーへ。最近葉月が何しても可愛いと思ってしまう病気にかかってるんだが、これ不治の病かな。それとも本当に葉月が可愛いだけかな。
「「あ」」
ぼうっとしながら漫画の新刊へ手を伸ばした手が、別の白い指先へ触れた。
「あっ.......」
俺と目が合う前に気絶したのは、コートの下から大きな胸に押し上げられたアニメTシャツが覗く金髪美女。キャラクター物の缶バッジで埋め尽くされた鞄を放り出して、床に倒れてしまった。見覚えのあるぞこの金髪さん。
「ちょ、ちょっとお姉さーん! 大丈夫!? 起きてください!! 店員さん来ちゃいますって!」
「.......はっ」
目を覚ました金髪美女は。
「あっ.......」
「エンドレス!!」
俺の顔を見るなりまた気絶した。なんだか涙が出てきた。店員さんもチラチラこっち見てるし。
「お姉さん起きてください! 騒ぎになっちゃうんで! もうやめてよ.......俺達これから忙しいんだから.......」
今日京都へ呼ばれているのは、隊長と当主。何を言われるかは、大体予想がついている。その予想が正しければ、俺達術者はこれから本当に忙しくなる。
「.......はっ」
再び目を覚ました金髪美女は、真っ青な顔でガタガタ震えて、今までにないほど俊敏な動きで土下座した。
「ごめんなさい悪気は無かったんです懸賞で日本旅行が当たって飛行機代が浮くと思ってはしゃいでしまったんです日本のアニメ漫画アイドル秋葉原メイド全部全部大好きなんです」
一息に、早口でそう言いきった金髪美女。まだ震えているその肩に、思わず手を置いた。
「なんか.......ありがとうございますそんなに日本好きになってくれて」
なんだか変な涙が出てきて、手が触れた原因である漫画を差し出す。好きなだけ買っていってくれ。
漫画を受け取った金髪美女は、いきなりぱあっと笑顔になった。この人心配になるな。誘拐とか気をつけてくれ。
「.......はっ! い、良いんですか!? 最後の1冊なのに!!」
「また今度買うんでいいです。お姉さんこそ、日本楽しんでね」
「ひうっ」
突然金髪美女から異音がした。慌ててその顔を覗き込めば、真っ赤な顔で涙を流しぐしゃぐしゃに泣いていた。おーまいがー。
「え、え!? お姉さん、どうしたんですか!?」
「わ、私.......こんなに人に優しくしてもらったの初めてです〜〜!」
「嘘だろ!?」
嘘だろ。漫画譲っただけだぞ。この人一体どんな生活してるんだ。
「ちょ、ちょっと.......あの、大丈夫ですか? なんか辛いことある? 話せる友達とか、相談した方が.......」
金髪美女は新刊を抱きしめ、頭を振り乱しながら泣き叫んだ。
「2次元しか信用できませぇん!! アイドルだってメンバー内不和とかドラッグとか!! 信じてたのにぃ〜〜!!」
「よぉし! ゆかりん見て元気になろう! 3次元も捨てたもんじゃないぞー! ははは.......」
変な汗が出てきた。なんだか俺には荷が重い気がするこの人。もっとプロのカウンセラーとかが必要な気がする。
「いっつも!! いっつも信じて裏切られるんです!! でもまた貢ぎたくなっちゃうんです〜〜!! 私のお金で推しを幸せにしたいんですっ!! YUKARINは裏切らない気がするんです〜〜!! メイドも好き〜〜!!」
声を上げて泣き始めた金髪美女の隣に体育座りをして、遠くを見つめた。店員さん助けてくれ。見ないふりをしないでくれ。葉月、清香、助けてくれて。
「.......あの、大丈夫ですか? あのー.......あのちっちゃい金髪の子に迎えに来てもらいましょう? お姉さんたぶん1人じゃまずいから.......」
わんわん泣いていた金髪美女は、ピタリと動きを止めた。よかった、やっぱりあっちが保護者だったのか。1人にしちゃダメだろこんな人。
「先生.......」
「そ、そうそう先生! その先生に来てもらいましょう! いやぁ、これで安し」
「先生は今チャイナです〜〜!!! 置いてかれましたぁ〜〜!!!」
先程の2倍の声量で泣き始めた金髪美女。俺はなんてことを。とんでもない地雷を踏み抜いてしまった。この人の3次元不信の原因がここにもあったなんて。傷をえぐってしまった。
「だ、大丈夫!! 日本は1人で来ても楽しいから!! た、たこ焼きは食べた? 寿司は? あと.......映画とかは? 今アニメ映画やってるよ」
「うぅ」
ぐずぐずと鼻をすする金髪美女を立たせる。この人をどうしたらいいんだ。とりあえず姉に持たされたハンカチを渡せば、またその青い瞳からぶわっと涙が溢れた。どうしようもないじゃないか。
「うぁぁ.......あなたこんなにもいい人なのに.......!! わ、私は、あなたがブラックだからって酷い態度を.......!!」
「気にしないでくれ! 泣き止んでくれ!」
「お詫びに.......ぐすっ、教えてあげます.......うぅ」
金髪美女は、袖でぐいっと涙を拭った。ああ、せっかくハンカチ渡したのに。なんでそんな。
「....... Listen」
急に、耳元で静かな声がした。
俺の肩に手を置いて、顔を寄せた金髪美女は。
「Be careful! 先生は、ホワイトの秘密に気づいてる。あの人は、アルケミストだから.......あなた達のホワイトが、欲しくてたまらないんだ」
その、内容よりも。
口調変わってませんか、というどうでもいい事だけが、頭を巡って。
「どうかあなたは、あの人に弄られないで」
あまりに大人びた笑みを浮かべた金髪美女に何かを握らされても、混乱のあまり動けずにいた。
「では! 私は映画を見てきます! ありがとうございました! 本当に、本当にありがとうございます!」
金髪美女はぎゅっと雑誌を抱きしめて、踊るようにレジへと向かった。そのままニッコリ笑って本屋を出ていくのを、呆然と見ていた。
「.......えぇー?」
色々理解が追いつかない。店員さんに会釈されたが、全く混乱はおさまらない。
握らされていた棒付きキャディーを見つめて、ただじっと立ちつくしていると。
「和臣、私の本は買えたわ。あなたは?」
「和兄、漫画はダメだからね! 受験終わってからだからね!」
本屋の紙袋を抱えた葉月と、最近ますます姉に似てきている妹がやって来た。
「.......帰るか」
「ええ」
ちょっと現状が整理出来ないまま本屋を出た。そこで何となく貰った飴の包装紙を剥いて、異常なまでに真っ青だった飴を口に入れる。何味だこれ。
「和兄、今何食べたの? お菓子なんて持ってたっけ?」
「和臣、拾い食いはやめなさい。危険よ」
失礼な。俺をなんだと思ってるんだ。正確には貰い食いだ。
「.......ブルーハワイ?」
べっと舌を出すと、妹と葉月が露骨に嫌そうな顔になる。そして、目にも止まらぬ速さで葉月が俺の口から飴の棒を引き抜いた。
2人は、まじまじとその真っ青な飴を見て。
「いかにも人工的ね。体に悪そうだわ」
「和兄! こういうのは人口添加物がたくさん入ってるんだからね! 食べちゃダメ!」
捨てられそうになった飴を取り返してまた口に入れた。妹が割と強めに殴ってくる。
「お姉ちゃんに言うよ!」
「.......なんで人工物は体に悪いんだろうな」
「「え?」」
2人が目を丸くした隙に、がりっと飴をかんで飲み込んだ。またべっと舌を出す。
「はい証拠隠滅ー! これで姉貴に言いつけても怒られませーん! ふははは! 残念だったな!」
葉月に呆れられ、妹とは若干の兄妹喧嘩になりながら家に帰れば。
俺の真っ青な舌を発見した姉に、こっぴどく叱られた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます