事件

「おお!?」


 鳩に追いかけられながら状況を考える。とりあえずまずい。海外で迷子はまずい。監督不行きにならないようトカゲは持ってきたが色々まずい。


「助けて葉月! 葉月助けて!」


 結論。葉月に助けてもらうしか道はない。助けて葉月。


「うわあああああ!!」


 鳩を振り切ったはいいが、今度は知らない川を見つめることになった。ああ、なんでこんなことに。俺はこんな所で死ぬのか。せめて観光したかった。大英博物館に行きたい。フィッシュアンドチップスが食べたい。


「オニーサンbusiness? Japaneseデショ?」


「まあ大体そんな感じです」


 ものすごくナチュラルに隣りに立っていた黒髪の男に、ものすごくナチュラルに答えた。男が川辺の手すりに肘を置く。


「Japaneseワカクミエルよ」


「若いんで」


「オニーサンソノフクキヲツケテ」


「何がですか」


「.......いい服着てると狙われちゃうヨ」


「結構ペラペラじゃないですか日本語.......」


 もう涙も出ない。目がカッサカサだ。葉月に会いたい。


「ちょっと気になったヨ。オニーサン変な匂いするシネ」


「え!? 臭いですか俺!?」


 やめてよ。葉月に嫌われる。


「.......オニーサン、火の匂いがスルヨ」


「火!? ファイヤー!?」


 やめてください今火には敏感なんですから。ボヤ騒ぎで謹慎した和臣くんが通りますよ。


「.......ニセモノ?」


「偽物!? 嘘ってこと!?」


「.......オニーサン、本当に仕事で来たノ?」


「語学留学です」


「.......」


 男がじっと俺を見て。怪訝そうに眉を寄せ、川を見てまた俺を見るを繰り返した。

 そして、急にぱっと笑顔になって。


「キノセイカ! オニーサン、コマッタラJapanノヤクショイクトイイヨ! アト、シラナイヒトトハナシチャダメヨ!」


「急にカタコトになってるじゃん」


「オニーサンウシロコワイヒトイルカラキヲツケテ!」


「え!?」


再見サイツェン!!」


 男はにこやかに笑って去っていった。しまった、ホテルに連れてって貰えば良かった。千載一遇のチャンスを逃した。ああ、人生終了だ。今までありがとうみんな。


「Excuse me?」


「のーせんきゅー」


「は?」


 まったく皆なんなんだ。いい加減にしてくれ俺は今悲しみに暮れているんだ。怒りに任せて振り返った時。


I caught捕まえた!!」


「へ?」


 羽交い締め。目隠し。猿ぐつわ。そのまま車か何かに押し込まれる。

 やあやあこれはまずいことになりましたよ。日本ならまだしもここは英国。どうしようもないじゃないですか。


「I caught a Salamander!! We will win !!」


「Calm down」


 訳分からん。訳分からん、が。


助けてんんんんーーー!!!」


 泣き叫んだ。世界クラスの泣き声で叫んだ。チャンピオンは俺だ。


「.......Poor thingかわいそうだ.......He's just a kidまだ子供だぞ


「.......I'm sorryごめんね


 ごんっと。硬い衝撃が頭に響いて、そこから意識がない。



















「はっ!」


 目が覚めた時には、猿ぐつわも目隠しも取れていた。手首は後ろで縛られていたが、俺は視界ゼロ身動きゼロで一条さんと2人っきりになったことがある男だぞ、舐めないでほしい。ふっと鼻で現状を笑って。


「すいませーーーーん!! 警察呼んでーーーー!! ぽりすーーーーー!!」


 暗い部屋の中で叫んだ。バタバタっと足音が聞こえて、ドアが開く。外国人の男2人。


「助けてーーーー!!」


「Stop!! Calm down!」


「いやああああああああ!! ねえちゃーーーーん!!!」


「落ち着けジャパニーズボーイ!」


「ぎゃああああ!! 日本語喋ったああああ!!」


 足は全く拘束されていなかったので、その場に立ち上がる。男2人は、困ったように目を見合わせて。


「すまなかったジャパニーズボーイ」


「ゴメン」


 両手を上げて、その場にあぐらをかいた。2人ともそのまま動かない。とりあえず、敵意はなさそうなので。


「.......じゃぱにーず、おーけー? あいあむじゃぱにーずはいすくーるすちゅーでんと」


 2人は頭を下げて、震え出した。


「え、だ、大丈夫ですか.......?」


「高校生か.......!」


「コドモ.......」


「え、やった、俺の英語通じたじゃん」


 これで受験は安心だな。葉月に自慢しよう。


「本当にすまなかったジャパニーズボーイ。手荒な真似をした挙句、私達は君を.......!」


「ゴメン」


「あいむふぁいんせんきゅー」


 2人がぎょっとしたように固まる。あれ、やっぱり俺の英語ダメかな。


「質問に答えてくれたら、私は君を安全に帰すと誓う。.......だから頼む、答えてくれ.......!」


「オネガイ」


「いいですよ。なんですか?」


 俺も2人の目の前に腰を下ろした。2人が両手で顔を覆う。どうしたんだ。


「.......君は、どこでアレを手に入れたんだ? 鍵を渡してくれ」


「?」


「サラマンダー」


「!?」


 ばっと自分を見る。肩にかけていたはずの鞄がない。冷や汗と動悸が止まらない。俺はつい先日、始末書に片時もトカゲから目を離さず監視すると書いたのだ。


「あ、あぁ.......」


「ジャパニーズボーイ!? 大丈夫か!?」


「カギクレ」


「.......鞄返してえええええええ!!!」


 ばんっと。霊力に任せて手首の縄を切った。


「「!?」」


「トカゲーーーー!! 出てこいトカゲーー!!」


 そのまま2人を無視して、廊下へ飛び出した。赤い絨毯が続く廊下。そこを。


「トカゲーー!! トカゲ、出てきてトカゲーー!!」


 走った。後ろから何やら声が聞こえたが、全てを無視して走った。シャレにならない。西の能力者に誘拐されるとかよりまずい。俺はもう始末書は書きたくないし、2度目となれば始末書では済まないかもしれない。


「トカゲー!! 」


 階段の手すりを飛び越えて、広いロビーへと降りた。今日はスーツに革靴で、石の床だとやけに足音が響く。


「トカゲ、ごめんな! アイス食べよう、トカゲ.......!」


 目の前に、大きな扉が見えた。1つだけ立派なその扉は、ほんの少しだけ開いていた。とりあえず勢いよく入ってみる。


「トカゲーー!!」


 本棚と、暖炉。やけに立派な机に椅子。いかにも偉い人の仕事部屋です風の部屋の奥。その、火の灯っていない暖炉を見て。


「?」


 覗いてしまった。暖炉の底を。ぽっかり開いた、その入り口を。


「あっ」


 そこへ、頭からずるりと落ちた。


 なぜ暖炉の床が抜けていて、穴が開いているのか。

 なぜこんなにも深い穴なのか。

 どこへ繋がっているのか。

 そんなことより。


 頭から落ちたら、死ぬんじゃないか。



「危ないよ」



 気がついたら、椅子に座っていた。1人がけの立派な椅子に、手すりにきちんと手を置いて座っていた。やけに広い、本だらけの部屋。そして、目の前には。


「やぁ、僕は「聖人」。.......彼女のためのね」


 白髪の男が、ランプを片手に笑っていた。

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