組織

 

「やぁ、僕は「聖人」。.......彼女のためのね」


 優しそうな老人は、俺の目の前の椅子に腰掛けた。ランプの中では、トカゲがべたっとガラスに張り付いていた。


「あ、あの! そのトカゲ.......!」


「あぁ。悪かったね、君の友達だとは思わなかった。少々手を貸して欲しかったんだが.......僕も往生際が悪いらしい」


 老人が、床にランプを置いた。そして、ゆっくりその皺だらけの両手を組んで。


「君、ブラックだね?」


「またか.......」


 白黒ばっかりだな西の人は。そんなに気になるのかこのカラーリング。


「ドイツの「先生」が、サラマンダーを手放したと聞いてね。悪あがきをしようと思ったんだが.......サラマンダーすら日本のものか」


「?」


「僕はね、君が潰しに来た組織のトップだよ。ここはその本拠地なんだ」


 わあびっくり。


「君は、一条では無いね?」


「7です。せぶん」


「そうかそうか。わざわざ来てもらってすまないね。それと、手荒なことをしたことも謝罪する。全く紳士的では無かった、英国の者として、恥ずかしいいばかりだよ」


「.......俺のこと、殺さないんですか?」


 俺が日本の術者だと分かっているなら、殺すのが1番では無いだろうか。一条ではないのだし、サクッといけそうとか思わないのか。そんなことを考えていたら、老人がすくっと立ち上がった。片手に杖を持っているが、全く使うことなく部屋を歩き出す。


「紅茶は何が好きかな? アールグレイ、ダージリン、アッサム.......ブレックファストもあるが、時間がね」


「すいません、俺お茶とかよく分からなくて.......」


「そうかそうか。お茶よりクッキーの方が好きだね、子供はそうでなくちゃ」


 老人は皿に大量のクッキーを乗せて、ランプと一緒に俺へと差し出した。


「さあお食べ。子供は好きなだけ食べないと」


「いただきます」


 ランプを抱えてクッキーを食べる。甘くて、美味しかった。トカゲに食べるかと見せてみれば、ぷいっとそっぽを向いた。やっぱり冷たくないとダメか。


「ああ、君は素敵だね。私の死神であったはずなのに、どうも喜ばせたくなってしまうよ」


「はぁ.......?」


「さあ、それを食べたらおかえりなさい。もうすぐここは閉まるからね。大丈夫、僕は魔法使いなんだ。君はすぐに帰れるよ」


 老人は杖を軽く床についた。俺も札を確認した。


「あの」


「子供はもう寝る時間だ。お家におかえりなさい」


「あなたですか。悪魔と契約したのは」


 老人は。にっこり柔らかく微笑んで。



「そうだよ。僕が契約したんだ.......天使とね」



 そう、言い切った。



「天使.......」


「老いぼれの話なんてつまらないよ。ベッドタイムストーリーは、別の人に頼むといい」


「.......さっきから思ってたんですけど、俺そんな子供じゃないです。だから、お話してくれませんか?」


 老人は、ゆっくりその皺だらけの手で顎を撫でて。


「.......知りたがりは子供の特徴だよ?」


「じゃあやっぱり子供でいいです」


「はは、可愛らしいね、君は」


 老人は、また床に杖をついた。俺は手袋をはめた。


「.......僕達は、100人ほどの小さな組織だ。100年程の歴史しかない、ささやかな組織だ。.......小さな、彼女の組織だったんだ」


 俺達が潰しに来た組織。西には、総能のような全体の治安維持を目的組織はない。もっと小さな組織が、数えきれない程あるらしい。それぞれ違った「目的」を持った組織が、それぞれ違った活動をする。


「僕達の目的は、1冊の本を手に入れることだったんだ。全てが書かれている本、全魔導師が求めていても、真面目に手を伸ばす者はほとんどいないけどね」


 ランプの中のトカゲが、くるりと丸まった。そのままとろとろと燃えて、眠りにつく。


 老人は、どこかを見ながら話し出した。


「彼女はそれに本気で手を伸ばした。その彼女について行こうと魔導師が集まって、この組織が出来たんだよ」


 魔導師として優秀だった彼女は、高潔で優しい人だった。

 そして、彼女は恋をしていた。

 遠い東の国の、日に焼けた青年に。


「彼女も彼もとても誠実な人だった。時代が許せば、とても幸せな恋だっただろうね」


 彼は死んだ。

 遠い東の沖縄で。

 ずっと手紙すら交わせなくなった恋をしていた彼女が、彼の死を知ったのはそれほど時間が経っていないある日のことだった。


「彼女は高潔だったよ。だから、小さな望は誰にも言わなかった」


 彼と同じ場所で眠りたい。

 沖縄で死にたい。

 でも、彼女は組織のトップだった。

 彼女はイギリスに生きていた。


「彼女は優しかったよ。目的に向かって組織を纏めたよ」


 だから。

 死の選択の直前に、叶わぬ小さな望を呟いて、契約を結んでしまっても。

 その小さな望が、最悪な形に歪められても。


「僕は彼女を愛しているよ。彼女が契約したのなら、それは天使だ。彼女は高潔なまま、そのまま死んだよ」


「.......」


「彼女だけが契約するのは、寂しいと思ってね。僕も契約したんだ。全て60年も前の話だけどね」


「.......」


「僕は聖人だよ。天使と契約した、彼女のためのね」


 老人は柔らかく笑って杖を持ち上げ、ビシッと俺に向けた。


「さあ、かえりなさい」


 俺は、印を結んだ右手を老人に向けて立ち上がった。


「日本に来た悪魔は3体だった。その話だと、1体足りない」


「.......」


「沖縄の悪魔は彼女と契約した奴だろ? 60年前、俺達の仲間を殺したのは.......まああんたが契約した奴なんだとしよう。じゃあ、この間の東京の奴は?」


「.......」


「東京の奴は、沖縄で俺が契約を切ったことを知っていた。その対策として特殊な契約を結んでたからな。.......なら、東京の奴が契約したのは結構最近の話になる」


 がだんっ、と屋敷が揺れる。

 天井から埃が落ちてきた。

 老人と向かい合い、互いに互いの武器を向けながら。


「あんたじゃないだろ、契約したの」


 正直。

 こんな話に意味は無い。

 俺達は、相手の事情などに一切左右されないのだから。

 たとえ何があっても。


「子供の責任は親の責任だよ」


「甘やかすから、乗っ取られんだよ」


 俺達は、この組織を潰すのだ。


 老人と向かい合いながら。

 思い切り。

 地面を蹴った。

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