一閃

 悪魔を引っ張っり上げる。


 頭の中では、馬鹿なことをと警鐘が鳴り響く。なぜわざわざ引き寄せている。距離をとれ。真っ向からやり合っても敵わないと、そう自分で言ったじゃないか。


 ただ、もっと自分の奥の部分で。


 登り詰めろと。上を目指せと。階段を上がれと。


 俺も知らない声が、叫んでいた。


『.......分かっているのか!? だから登ったのか!? 私の契約を切ろうともせず!!』


 契約を切る。研ぎ澄まして、踏み出せば。また見えるかもしれない。ただ。

 今回は絶対にやってはいけないと、誰かが言った。


『クソ!! 知識がないと言ったじゃないか!! やはり信じるなどすべきでなかった!!』


「何言っんだおま」


 たらりと。また鼻血が流れた。


『こんな狂人1人に!! もう1人の男の方がまずいと聞いていたのに!!』


「.......」


『なぜだ!! こんな、こんなことが!!』


「.......?」


『.......なら。道連れです。せめて一緒に罰を受けていただきましょう』


「.......」


「隊長ーー!! 四条隊長が到着しますっ!! それと!!」


「.......」


 目の前の悪魔が俺に手を伸ばすのを見て。


 ふっと、意識が落ちた。


『は?』


「「「え?」」」








 真っ暗な意識の中。ぼっと、赤い炎が灯った。









 ばちん、と目が覚めて。


「ちょっと待てえええええ!!!」


 真っ逆さまに落ちながら、メラメラと燃える糸に向かってさけんだ。


「これは!!! 始末書じゃ済まないーーー!!!」


 俺が張っていた糸全てが、真っ赤に燃えていた。ちょっと頑張って東京タワー中に張り詰めていたものだから、大炎上だった。


「ていうかどういうこと!? ランプから出れんの!? なに!? 絶対トカゲだよね!?」


 もう半分ほど落ちた。死ぬ、これは普通に死ぬ。


『.......つくづく狂っているな。サラマンダーか?』


 顔面が燃えて、赤黒くぐちゃぐちゃに変わった悪魔が。もう判別のつかない顔で、ニヤリと笑った。


『落ちる墜ちる堕ちる!! ははは! やはり何も考えていませんでしたか!! フィナーレに!! 東京を潰して!!』


 ぐんっと。悪魔が飛び降りて。そう、堕ちて。


『あなたと、契約しましょう』


 天国への階段を、堕ちて来て。



『望んでいるんだろう? 本当は。』



「はっ! そんな訳な」


 いきなり、なんの前触れもなく。


 ぱんっ。ぱんっ。と、音が。



「ぐっ!!」


 右肩が熱い。燃え移ったのかと、糸を消したところで。


「.......あ」


 地面が、目の前だった。間に合わないと、ぎゅっと目をつぶって。


「...............................キャッチ」


 黒い着物の腕に、受け止められる。


「七条さん! こんな術を回すのですか!? 血が足りませんよ!!」


 青白い顔の葉月の横で、「四」の染め抜きを胸に付けた女性が、第四隊隊長四条弓美さんが、手首から血を流して立っていた。


「...............................来た」


 いつも通りの表情で、一条さんは俺を地面へ下ろした。


『.......なぜいるのだああああああ!!祓魔師エクソシストおおおおおお!!!』


「ふふふ。ハズレよおバカさん。教会のお固い祓魔師達と一緒にしないで欲しいわ」


 東京タワーの赤い階段の途中。

 2つの頭の上の金糸が、風に揺らめく。


『銀の弾丸などおおおおお!! 祓魔師の物だろおおおがああああ!!』


 ドロドロと溶けながら落ちてくる、赤黒い何か。


「ふふふ。知識不足は目も当てられないわ。.......金属は」


 いける、と。

 走って、青白い顔の葉月の腕を取った。幸い血は流れているし、今回は四条隊長がいる。下に置かれた高級肉屋のビニール袋から、がりごりと音がしていた。


錬金術師アルケミストの本分よ?」


「先生.......! 先生、あれ、い、いち、一条が、いるんじゃ.......!!」


『あんなカビた人間にいいいい!!』


「カビねぇ.......。ふふ、あとは任せるわ、日本のブラック」



 大きめのコートを着た金髪の美少女は、俺を見てにこりと笑った。



「.......葉月、術が崩れないようにできるか?」


 俺は、沖縄の時のハルのようにはできない。でも。今悪魔はドロドロだ。多分もう消えかけている。

 だから、力づくでいかせてもらう。


「当たり前でしょ!!」


「よし! 四条隊長! もうめちゃくちゃにしちゃいましょう!」


「せ、節度を持ちなさい! 」


 術の真ん中に落ちた、ドロりとした赤黒い悪魔。もう何も話せないそれを。


「グッバイ!」


 全力で、押し帰す。

 隊長2人分の霊力を葉月が調整して。いや、訂正。俺がバカみたいに制御出来ていないので、もう嵐のような霊力の流れを。俺の弟子は、1人で宥めていく。


「あっ!」


 最後のひと押し。そこで、紅い炎が飛んで来た。

 紅いトカゲが、悪魔へと張り付いて。消えかけの赤黒い何かを、一気に燃やしていく。

 そして、そのまま。俺の知らないどこかへ、それが帰って行く前に。


「和臣!?」


 右手で、悪魔に張り付いていたトカゲを掴み上げた。そのまま、何もなくなった地面を3回踏みつけた。


「二度と来んなバカ!! グッバイとか言っちゃったけど全然グッドじゃねぇわ!! 二度と来んな!!」


 バタバタと足音がする。泣き声と、息切れの音と。


「あと!! ボヤ騒ぎは本当にやめて!! 俺お前の管理任されてるんだから!! ランプから出られるとか聞いてないんだけど!!」


 固まって動かないトカゲに向かって叫んだ。

 ぽとっ。と、トカゲの尻尾が落ちた。なんだお前。それじゃダメだろ。何からも逃げられないだろ。普通に尻尾落としただけじゃないか。ちょっと可愛いじゃないか。


「隊長ー!!!」


「和臣隊長!!」


 笑って、東京タワーを、振り向いて。


「っ! ダメだ一条さん!!」




 銀色の鈍い光が。

 金髪が覆う2つの首筋を。


 一閃した。


 振り抜いた刀は、月明かりと東京タワーの赤い照明を受けて。


 朱く、輝いていた。













「.........................てへ、ぺろ」


 朱い刀を振り抜いた一条さんは。

 全くいつも通りの表情で、そう言った。

 バタン、と花田さんが腰を抜かして。


「きやあああああ!! 殺されたーー!!!先生〜〜!! 」


「ふふふ。本当に切られた気分だわ」


「.........................日本の」


「あっ.......」


 バタン、と背の高い金髪美女が倒れた。それに構わず、一条さんは話し続ける。


「.........................術者に」


 中田さんが座り込んだ花田さんを突き飛ばしながら駆け寄ってきた。ゆかりんはもう号泣しすぎて顔がぐちゃぐちゃだ。でも可愛い。ナイスアイドル。


「.........................手を、出すな。処罰の.......対象だ」


「あら? 当たってしまったかしら。アンティークの銃だったから.......本当にごめんなさい。手当は任せて下さる?」


 金髪美少女は、手に持った金細工の銃をくるりとまわして。笑顔で真っ二つに折って、コートにしまった。


「ダメです!! そんな得体の知れない人に任せられません!! もう五条隊長がいらっしゃいますから!!」


 びっくりした。中田さんが大声をだして、俺の肩にハンカチを押し付ける。その真っ白なハンカチが真っ赤に染まっていくのを見て。


「あっ、無理気持ち悪い」


 急激に気分が悪くなった。

 やだ俺ったら。血を見て貧血なんて繊細なんだから。でも全然繊細じゃない吐き気がするわよん。


「和臣!! あなた、また貧血.......!」


「違います!! 頭を打ってるんです!! 絶対に動かさないで!!」


 中田さんもこんな声出すのか。思わずまじまじと見てしまった。メガネの奥の目と目が合う。失礼、女性の顔をジロジロと。


 そして、葉月が血相を変えてやって来て、その両手で頬を触られた瞬間。

 葉月の肩越しに、提灯を持った6人の行列を見た瞬間。


 それからの記憶がない。

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