階段
だんっ。
花田さんが鉄の階段を踏み抜いた音。
がぎん。
ゆかりんが階段を踏みしめて、一気に上まで登った音。
びしゃ。
中田さんが階段の上から、悪魔へコーヒーをかけた音。
かつん。
俺が階段の踊り場で、下を振り向いた音。
「全員もう少し上へ! 俺が困ってたら上から助けて!」
分からない。分からないけれど。上へ行かなければいけない気がしていた。
「「「了解!」」」
赤黒い悪魔は、人の良さそうな笑みを浮かべて。優雅に、一歩一歩階段を上がってくる。
『契約の元、私は東京を潰します! ページを埋めなくてはならないのでね! そう! 契約とは、私達にとっては絶対なのです!』
「お前クーリングオフとか知らないの? お前みたいな詐欺師との契約は、無効にできるんだ!!」
『私が教えて差し上げると、申したはずです』
下では、葉月が地面に術を書いていく。ちゃんと覚えている。俺が書いた補助まで、きちんと覚えている。
『まず、重要な契約を決める時は』
ぐんっと引かれる。いや、違う。
悪魔の方が、近づいて来たのだ。一瞬の間に。
『よそ見をしてはいけません』
赤黒い、拳が。
俺の胸に、心臓の真上に。突き出される。
「ぐっ!!」
花田さんと繋いでいた糸が、全力で引かれた。それによって拳はみぞおちへ。息が止まって、何かが逆流する。
『避けましたか.......。ああ! もう1つありました!』
糸は。
俺がダメでも、絶対に何とかしてくれる。
悪魔の片腕など、絞り切ってくれる。
『契約は、契約を結ぶ者以外の邪魔者がいる場所では、結ばないこと! 重要なものほど、シークレットですよ』
俺が無様に階段を這いつくばって登る間、糸は悪魔を包んでいく。
先程糸が飛ばした悪魔の腕は、中田さんが上から札を投げて処理をした。
『そ・れ・と!』
赤黒く変色して、落ちていく糸。
どこからか拾ってきたブルーシートを目隠しのように投げつけた花田さんと中田さん。
ゆかりんが涙目で降りてきて、俺を背負って階段を駆け上がった。
『もし、邪魔者がどーーしても消えないようなら!』
ぞわりとして。ゆかりんの細い肩から、飛び降りる。本当に申し訳ないが、俺の足を掴んでいた手を蹴って。
「そういう時は場所を移せ短気野郎ーーー!!!」
『殺してしまいましょう! 死人が増えるのも利点と言えるかも知れません!』
吹き出した赤黒い何かごと、悪魔に掴みかかる。そのまま赤い階段を揉み合って転がり落ちた。
『.......ラッキーな人ですね!』
まずい。
その言葉を浮かべて。痛みも思考もない暗闇へ、意識を落とした。
「.......!! 隊.......!!隊長!! 隊長分かりますか!?」
「っ!」
跳ね起きて。印を結んで、前を見た。
「なっ!?」
その光景に、動きが止まる。
「嘘でしょ!? 嘘よ嘘! こんなの嘘だ! 桃川さんが最近変なグッズをくれるから! たまたまポーチに入れたまんまだっただけなの!!」
号泣しているゆかりんの目の前で、悪魔が目玉以外の動きを止めていた。
ゆかりんが握りしめているのは、ピンク色のポーチと。
小さな銀の十字架。
「ナイスだ桃川くるみ.......!」
これからは彼女の出る番組は全て見よう。
そう、拳を握りしめた時。
ぬるり。と、生暖かい感触が。
「隊長!」
「.......ただの鼻血だ。俺が気を失っていたのはどれくらいだ?」
鼻を握り、血を止める。こんなところで流している場合じゃない。俺の血は、儀式の対価にできるのだから。
それから周りをよく見れば、手が血だらけの中田さんがいた。まさかと思って頭に触れば、これまた嫌な湿り気を感じた。
「5分も経っていません!! ただ、頭部からの出血が酷く!」
「ばっくり割れてるなら縫えばいい。問題ない」
探し当てた傷口は、もう塞がっていた。
『.......ガ』
「ひっ!! ひ、ヒビ入った!! 十字架割れそう!!」
「ゆかりん。それ貸して」
ゆかりんの前に出て、ゆっくり十字架を受け取る。悪魔の口が、ギチギチと動き始める。
「さっきは蹴ってごめんね」
「っ.......!! へ、へっぽこす、過ぎてっ! 蹴りって、わかんなかった!! 」
「後でケーキ奢るよ。.......全員上へ! 走れ!」
「.......了解!」
花田さんが2人を引っ張って走りだす。
悪魔の口が、動き出す。赤黒い声が、溢れていく。
『き、さま! 貴様の神は、ソイツじゃないだろう!!』
「さぁ? 実は信心深い信者かも知れないぞ?」
『はっ! はははは!! そうか! そうかそうかそうですか! では、ご提案を!』
びきり、と十字架にヒビが入る。
もう持たないと判断して、ゆっくり右足を下げる。
「詐欺師ってなんでそんなに図々しいの?」
『その神では絶対に叶えられない願いを叶えて差し上げます。.......あなたの元を去った人。あなたが望む人、物、時間。あなたが止まれと願う、満たされた最高の瞬間を!』
ゆっくり、悪魔の手が上がる。
ゆっくり、手を胸に当てて腰を折る。
『永遠に。.......ずっと全てを、あなたのそばに』
その提案は、なんて。
「いーらね!!」
砕けた十字架を投げつけた。一気に手すりを乗り越えて。
痛む体をしならせて。
空へと、飛び出した。
「散らない桜を望むなんて、ナンセンスだ!!」
展望台。250メートルのそこへ括られた糸を頼りに、一気に上へと上がっていく。糸を括ってくれたのは、信じられないスピードで上へと登った花田さん。
『本当に? あなたのお母様は、共にと望んでいるかも.......ん?』
「なんで詐欺師って個人情報知ってんの? 逮捕だ逮捕!!」
手すりから下を覗いて、ゆっくり上を見上げた悪魔は。
『.......まさか.......』
だんっ。と展望台の上に立ち上がる。
手すりに足をかけた悪魔が、がたがたと震え出す。
『まさか.......。まさかまさかまさかまさか!!』
階段から、中田さんが思い切り消火器を投げつけた。直撃したにも関わらず、悪魔は何も無かったように上を見ていた。
ゆかりんが、紙風船を蹴り抜いても。
花田さんが札を投げても。
『この、私が.......?』
いける。
何かは分からないが、そう思った俺は。
展望台から、悪魔を糸で括って。
一気に、引っ張り上げた。
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