偽名

 

 日本には、一条がいる。


 日本の術も妖怪も、他国にはほとんど出ていない。総能は、世界から見れば謎の巨大組織だ。資金力、統率力、術者の質。その全てで他国の組織を圧倒しているにも関わらず、全くと言っていいほど他国との関わりがない。総能が世界で動くのは、罰則規定に従い処罰に動く時のみ。総能は恐ろしいことに、世界中どんな相手にも自身のルールを強要する。その勝手が通るのも、他国の組織が一切総能に手を出せないのにも、理由がある。


 70年前、総能にイギリスのある大きな能力者組織が潰された。


 一条が、出向いたのだ。罰則規定に基づき、罰を下すために。

 そこで、世界は知った。術を変え、武器を変え、信じる神を変えようと。人である限り敵わない、絶対の一刀を。


「今回総能がこれだけ警戒しているのは、もし他国の能力者が罰則規定に反した場合、即処罰するためだ。日本での勝手は許さない、日本の秩序を乱す事の重大さを世界に見せつけるんだ」


「へぇ。大変だね。和兄はなんにもしなくていいの? ずっとトカゲ見てるじゃん」


「い、いや.......俺担当地区ないし.......」


「かっこいい事言ってたけど、あなたも秩序を守る側よね? 隊長さんなのだし。今のところ全部他人任せじゃない」


「ぐう.......」


 実はちょっと思っていた。兄貴達や本部の人達がめちゃくちゃに忙しい今、俺はぼーっとトカゲにアイスをやるだけ。若干の座りの悪さがある。


「でも、和兄仕事行かない方がいいよ。いっつも大事になるじゃん」


「ビックサプライズが多いよね.......」


「こっちがサプライズされてるのよ」


 微妙に俺の心が傷ついた後、妹を加え3人で勉強した。認めたくないが、たぶん俺が1番飲み込みが悪い。これはまずいのではないか。俺は受験生。そう、俺は受験生なのだ。


「あっ、お客さんだ」


「俺が出る! 2人とも寝ててくれ!」


「.......なぜ寝るのよ」


 走ってインターホンが鳴った玄関へ向かった。現実を直視できない。お客さんと話して現実逃避したい。


「はいいらっしゃ」


「和臣ぃー!」


「ぐっ」


 ゴスロリ弾丸少女。みぞおちにクリーンヒットだ。ヒットポイントはほぼゼロ。回復の呪文はなんですか。


「ねぇねぇ! 見てぇ! 私もプレゼントされちゃったぁ!」


「.......ま、まあ.......とりあえず上がって.......」


 抜けない衝撃に耐えながら、ハルを家に上げる。ハルは最高ににこにこしていた。真っ赤な唇が綺麗な三日月を描く。


「お邪魔しまぁす! ねぇ、見てぇ!」


「ご機嫌だねハル.......」


 妹と葉月が顔だけ出して玄関を覗いていた。葉月は目を見開いて、妹は不思議そうな顔で。


「私も貰ったのぉ! だから、早く和臣に見せようと思ってぇ!」


「.......ん? 何貰ったって? 誰に?」


「西の人! 見てぇ! 草!」


 ハルが両手で抱えているのは、もっさりと緑が植わった植木鉢。これまたよく見れば、植木鉢の底に俺には理解できない模様が書いてあった。西洋の術だろうか。


「なんの草? ていうかハル忙しいんじゃないの?」


「勝博がいるから大丈夫ぅ! これ、面白い草よねぇ! たぶん抜いたらうるさいよぉ!」


 今にも飛び跳ねそうなハルは、植木鉢を頭の上に持ち上げる。そのまま、すいっと視線をズラした。

 ハルと目が会った妹は、びくっと震えて部屋に引っ込んだ。ハルは本当に妹と同じぐらいしか身長がない。むしろハルの方が小さい。これでアラサーとは。


「.......ご無沙汰しています。五条隊長」


 葉月がやって来た。妹がまたそろっとこちらを覗いていた。


「やっほぉー! 和臣の弟子ちゃん! 術は上手になったぁ?」


「.......精進します」


「ふふん。和臣のちゃんと見るんだよぉ?」


 ハルがよしよしと葉月の頭を撫でるフリをした。全く届いていない。そして、くるっと振り向いた。


「じゃあ、帰るねぇ! バイバイ和臣ぃ!」


「え、帰るの? ハル何しに来たの?」


「えぇ? 草見せに来たのよぉ? 初めに言ったでしょお? 和臣ったら忘れん坊ねぇ!」


「「.......」」


 やだ俺ったら忘れん坊! 最強術者が警戒態勢のクソ忙しい時期に草を見せに来たって初めに言ってたじゃん! 俺のおバカさん!


「管理部にも見せてあげよぉーっと!」


 玄関で、靴を履いたハルは。すいっと視線を移して。


「.......ばいばい」


 小さく、手を振った。そろっとこちらを覗いていた妹に。妹は、ビクッとまた引っ込んだ。

 ハルが、そのまま玄関を出て。何も確かなことは無かったけど。絶対勘違いだけど。


「ハル!!」


 その小さな背中に声をかけた。


「ばいばい!! またね!!」


 振り返ったハルは。


「またねぇ! 今度は勝博と来るねぇ!」


 にこっと、楽しそうに笑った。跳ねる様に走って行って、門を出る前にもう一度振り返って、手を振りあった。

 ハルが見えなくなって。

 一気に後ろを振り返った。呆けている妹と葉月に向かって、笑顔で言った。


「今日夕飯どうする? バニラアイスあるよ」




 次の日。西からきた2人。

 アスカ・イラストリアスと、レイ・ラングレーの2人が、日本を出た事が確認された。


 完全に偽名だった。

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