警戒

 受験生七条和臣の本拠地兼、特別隊の本拠地。

 つまり俺の部屋の勉強机。

 その重要拠点には、現在大量の参考書と問題集が積み上げられ、文房具が散乱している。手元を照らすライトは、もちろんLED。それと本物の炎。まあオシャレ。


「.......なぜ俺が管理」


 金細工の眩しいランプの蓋を開けて、手のひらサイズのトカゲに餌をやる。餌は、初め虫をやった所食べずに燃え尽きたので、今はアイスをあげている。バニラしか食べないと言う贅沢トカゲだ。なんだお前。


「お前大人しいよな。なんで火の中にいるの?」


 スプーンからアイスを舐めていたトカゲは、くいっと首を傾げた。


 花田さんと杉原さんに連絡した所、あれから3日経った現在も総能は警戒態勢にある。兄貴は全然家に帰ってこない。

 日本に西の能力者が来ることは珍しくないが、西の怪異が持ち込まれることは少ない。今回もし総能に対して敵意がある相手なら、全力で潰すことになっている。2人の出国が確認されるまで、この警戒は続く。

 そして、管理部に渡そうと思ったこのトカゲ。このトカゲは杉原さんに渡した瞬間ひっくり返って死んだフリをしたので、俺が管理することになった。なんだお前。


「和兄ー! 葉月お姉ちゃん来たよー!」


「へーい」


 ランプの蓋を閉めて立ち上がる。カタカタっと、トカゲがガラスを引っ掻いていた。


「.......お前、俺のこと好きだよな」


 ゆらっと炎が揺れた。


「え、日本語分かってんの!? 3日間コミュニケーションなんてなかったじゃん!」


 くいっと首を傾げるトカゲ。段々可愛くなってきた。


「.......和臣」


「ひっ」


 部屋の入り口に立った葉月が、冷たい目で俺を見ていた。


「.......今日は、図書館に行きましょうって約束したわよね」


「行く行く! お勉強したいなぁー! 待たせてごめん!」


「そのトカゲ。随分可愛がってるわね」


「う、うん.......。可愛くなってきた.......」


 葉月がてくてく部屋に入ってきて、トカゲの入ったランプを覗く。


「.......がおっ」


 ゆらっと炎が揺れた。俺の心も揺れた。なんだ今の。なんだ今の。いつもと同じ表情で、トカゲに威嚇ってなんだ。すいません俺にもやってくれませんか。


「今日はここでお勉強しましょうか」


 くるっと振り向いた葉月がいつもと同じ表情で言う。耳だけが赤い。


「.......え? なになにもう怖いよ。可愛いとか飛び越えてる」


「何言ってるのよ」


 訳が分からないまま他の部屋から机を持ってきて、葉月と勉強を始めた。なんで俺の部屋はこんなに汚いんだ。片付けろよバカ。


「問二。間違ってるわ」


「葉月さんは全部大正解ですよ」


「? そうね、この問題集は2度目だもの。間違えないわ」


「可愛い」


 ばぎっと葉月の手元から音がした。可愛そうなシャーペンが、真ん中で2つに折られていた。


「あ、あなたね.......! なんでそんなに逃げ場のない言い方なのよ!」


「すごく好き」


 すごく好きです。


「〜!!」


 ばしんっと背中を叩かれた。なんかもう可愛いとしか思えないな。こんなに可愛いならもうちょっといじめてもいいだろうか。


「.......和兄」


「「ひっ」」


 じっと、障子の隙間から目が覗いていた。


「.......おやつ、あるよ」


「お、おう! そうか! ありがとう清香!」


 じっと、妹は隙間から動かない。


「.......おしゃべりしてた?」


「ち、違うの清香ちゃん! ひ、独り言よ! 私達最近独り言が多いの! 勉強してるとどうしてもね!」


「そうなの?」


 葉月の言うことはコロッと信じる。妹は普通に障子を開けて入ってきた。


「静香お姉ちゃんがね、さっきケーキ買ってきてくれたの。でももうお仕事行っちゃった」


「あぁ、姉貴帰ってたのか」


 姉にも父にもここ3日ほとんど会っていない。妹が俺をオセロに誘うレベルには今ウチは過疎化している。ちなみにオセロは全敗。将棋に至っては駒落ちでやって完敗。俺の心の大事な部分に傷がついた気がする。


「静香お姉ちゃんが和兄はお勉強してるから、会わなくていいって言ってた」


「ふーん」


 居間に行って、ケーキを皿に盛る。完全に妹と葉月の好みのケーキしかない。横に袋の開いたせんべいが置いてあった。俺はこっちか。格差社会。


「西の人いつ出てくの? 早く帰ってくれないかなぁ.......」


「もう3日目だものね。観光ならそろそろ帰るんじゃないかしら?」


「本当?」


 妹に齧っていたせんべいを取られた。しょっぱいものが欲しかったらしい。俺の人権。


「和兄は西の人に会ったんでしょ? あのトカゲも、妖怪じゃないよね? 昼間でも消えないし.......何あれ」


「なんだろうな。俺専門外だからわかんない」


 2人が牛乳を拭いた雑巾を見る目で俺を見た。すいません、でも俺は本当に西洋は専門外なんだ。


「それにしても、外国人にここまで警戒するなんて.......総能は、他国に狙われてたりするの?」


「しない。だって」




 日本には、一条がいるから。

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