衝撃

「カムバック夏休みーーー!!」


 見知らぬ山に向かって叫んだ。


「私、蹴鞠には前から少し興味があったの。和臣の糸は細かそうだけど、町田さんの鞠は思い切り蹴飛ばせそうじゃない?」


「もう1回夏休みやりたい.......。もう高校生の夏休み終わっちゃうよ.......」


「.......あなたこの間からずっと家でダラダラしてたじゃない」


「.......ちゃんと勉強もしてましたー、流しそうめんの流す役もやりましたー」


 妹の友達が遊びにやって来て、明恵さんが茹でたそうめんを流す役を延々とやらされた。明らかに妹によこしまな感情を抱くアホタレ小学生男子が居たので、そいつにはきゅうりを流しておいた。葉月に見つかり怒られた。だが許さん。たとえカブトムシ多発ポイントを教えてくれても許しませんから。ちょっと良い奴じゃんとか思いませんよ、兄ちゃんは騙されませんから。


「町田さんはまだかしら?」


「はぁ.......他の家に呼ばれるなんて初めてだ.......憂鬱.......」


「.......お家同士、仲が良くないの?」


「良くも悪くもない.......1回も同じクラスになったことないけど体育の時たまにペア組んだことあるぐらいの距離感」


「.......微妙ね」


「でも三条は.......ちょっと気が強い隣りのクラスのやつみたいな.......」


「ははは。面白い例えだねー」


 ぎょっとして声の方を見ると、にこにこ笑っている男性。柔らかい茶髪に弧を描く唇。優しそうな人だった。


「えーっと.......」


「やぁ、七条の次男くんが来るって言うから。迎えに来たよー」


「あ、どうも。お邪魔します」


「こっちが呼んだからねー。まさか、本当に来てくれるとは思ってなかったよー。びっくりしちゃったー」


 どことなく力が抜けるような話し方の人だ。にこにこ笑いながら、ゆっくり緩く話す。本当に三条の人か?


「蹴鞠大会って言ってもねー、普通の蹴鞠は始めだけなんだー。途中からみんな本気で蹴るから.......毎年アザだらけだよー」


 ゆっくり話して、ゆっくり歩いて。この人の周りだけ時間の流れが違う気がする。


「あ、ジュース買おうか。喉乾いたでしょうー。おじさんが買ってあげるよー」


 にこにこしながら自販機の前で止まる。これまたにこにこしながら、ゆっくりジュースを選んでいる。

 そして最高の笑顔で俺達にりんごジュースをくれた。


「.......和臣、この人どなた?」


「.......はっ! そう言えば誰だこの人!」


 緩い雰囲気に気を取られ、この人の名前も何も知らないまま三条の門の前まで来てしまった。ゆかりんが迎えに来るはずだったのに。


「着いたねー。いらっしゃい、三条の蹴鞠大会へー」


 ゆるりと振り向いて、にこりと笑いかけられる。ダメだ、この人を見ると緩い気持ちになる。大体なんでも良くなる。ジュースくれたし。


「.......あの、町田さんが迎えに来てくれるはずだったんですが.......」


「うん。迎え行ったよー」


「え、すれ違い? 葉月、ゆかりんに電話.......」


「ゆかりんはねー、今ピリピリしてるから気をつけてねー」


「えぇ、ゆかりん怒ってるの? 葉月ふ菓子とか持ってない? 」


「あなたは町田さんをなんだと思ってるのよ.......」


 皆大好き大食い天才アイドル。この間のバースデーライブのDVDは通常版と特装版両方買いました。サインください。


「えー、ふ菓子くれるのー? おじさんふ菓子好きなんだー」


「ど、どうぞ.......」


 葉月が緩い男の人にふ菓子を渡す。やっぱりにこにこ食べていて、緩い時間が流れた。


「.......はっ! 葉月、電話! ゆかりん待ってるかも!」


「え、ええ.......」


 どこかから、着信音が聞こえる。段々近づいてきて、ダカダカと足音が聞こえて来た。

 門の奥から飛び出てきた何かは、勢いをそのままに地面を蹴って。

 緩くふ菓子を口に入れた男の人の頭に、飛び蹴りを食らわせた。


「ひぃっ!!」


「だ、大丈夫ですか!?」


「あはは、大丈夫だよー」


 緩く起き上がった男の人の横で、肩で息をしながら見たこともないほど怖い顔で男の人を睨んでいるのは。


「ゆ、ゆかりん.......」


「.......なにしてんのアホ父ーーーーーー!!!!」


「「え」」


「はは、ゆかりん本番前はピリピリしてるねー」


「ゆかりんって呼ぶなーー!! あといい加減ハキハキしてよーー!!」


衝撃の瞬間だった。

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