参加

 夏休みももう終わる。

 残り僅かな夏に思いを馳せながら、フェンスを乗り越えた。

 少し前に進んで、つま先が少し飛び出す位置で立ち止まる。


「.......」


 夜だというのにまだまだ蒸し暑い。昼間の熱をめいいっぱい吸収したコンクリートの屋上は、日が沈んでからもゆっくりと熱を放っていく。


「.......」


 風が吹く。爽やかさを失った、湿っぽい風。まだ夏だと、まだ終わらないと主張するように、着物の裾を揺らして吹き抜ける。


「.......」


 すっと息を吸い込んで。

 なんでもない道を歩くよう、宙に1歩を踏み出した。


「.......」


 何も捉えなかった足は、何を捉えようと落ちていく。浮いた内蔵が、上がった血液が、全てが支えを失って。何が詰まっているのか、重い頭が下になる。やけにゆっくりと感じる地面までの時間。ほんの数瞬の間。


「.......来たっ!! 全員始めっ!!」


 落ちる間に見える、窓ガラスに映る風景。落ちていく自分の顔の横。そこに、違う顔が見えた。


 びんっ、と糸が張って。地面上3センチの所で落下が止まる。


 上で、大量の札が投げつけられる。ばだばだっ、と窓枠を鳴らしながら札が張り付いていく。


「隊長ーーー!!」


「おし! 全員やめー!!」


 ピタリと止まった札の嵐。

 逆さまの俺は、そのまま3階の窓まで釣り上げられる。止まった拍子に体が揺れる前に。


「出てこい陰湿野郎!! 【れつ】」


 びりっと窓に張り付いた札が剥がれかける。そして、そのまま。

 窓から飛び出た札だらけの黒い腕が、俺の首に手を伸ばす。


「はいどうも!! 【滅糸の一めっしのいち鬼怒糸きぬいと】!!」


 ギイぃぃぃぃ、と耳障りな音がする。暗い感情のこもった何かを、真っ白な糸が包んで。解けた後には、何も残らない。


 そのまま足を釣っている糸を緩めて、ゆっくりと地面に手をついた。


「はい終了ー! 全員無事かー!? 」


 ガサガサっと、校庭横の植え込みから皆が出てくる。全員じっとりと汗をかいていて、ゆかりんは真っ赤な顔をしていた。


「おお!? 熱中症か? 待ってて水買ってくる」


 ガシッと襟を掴まれる。


「.......七条和臣」


「ゆかりん大丈夫? 花田さん、こういうのどうすればいいんでしたっけ.......?」


「隊長、水分補給はこまめに指示出ししていたので、熱中症では無いかと」


「さすが花田さん」


 優秀過ぎではないだろうか。


「.......んで」


「ん? ゆかりんごめんもう1回言って」


「なんであんたここにいんのーーー!!?? なんでこんなレベルの仕事に今最強説が出てる術者が来てるのよーー!!??」


 がくがく胸ぐらを掴まれる揺すられる。わあ、アイドルが近い。サインくれ。


「ゆかりん、これ結構難しい仕事だと思うよ? 誰か落ちないと出てこないし.......」


「ち・が・う!! 違う!! あんたの実力と合ってないって言ってんの!! あんた今めちゃくちゃ話題なの! 全術者が注目してんのーー!!」


 一気に気持ちが急降下。俺のテンションは糸で釣る間もなく地面に落ちた。ぺそん、と悲しい音がした。


「.......俺マメ吐いてない.......片手じゃ倒せないよ.......」


「分かってるわよ!! そんなの信じないっての! じゃなくてなんでこんな前と変わらないのーー!?? 名付き倒したんでしょーーー!!??」


「そんな変わらないよ.......。..............ゆかりんも、俺の事嫌いになった?」


 結構本気で悲しいので、この後3日は泣き続けるかもしれない。脱水には気をつけて泣こう。


「ちょっと泣かないでよーー!!?? 私、私が悪いの!? なんかごめん!!」


「.......いいよ.......気.......使わなくて.......」


「嫌いじゃない! ニュートラルだから! 今戻ってきた! あーもう、こんなやつにビビってた自分が嫌!」


「.......ホント?」


「嘘つくわけないでしょ! もう、こんなの見せられたら昨日寝れなかったのバカみたいじゃない!」


 葉月が、「だから言ったでしょう?」とゆかりんの肩に手を置く。


「和臣隊長! 私も全く気にしていません! 涙の仲直りビデオを編集したのは私です!」


 中田さんと杉原さんの関係忘れてた。違う意味で涙が止まらない。


「.......隊内の人間関係は、良好ですね!」


「花田さん.......!!」


 にこりと笑った花田さんは、きっちり整った七三分けを撫でる。すごい、惚れそう。


「では隊長。この後どうされますか?」


「仕事は終わったので.......解散です。じゃあ皆さん気をつけて帰りましょー、家に帰るまでが遠足ですよー」


 過去俺が遠足から帰れなくなったのは計3回。小学校の時2回、中学の時1回。普通に遠足中迷子になったのは4回。皆も気をつけて帰って欲しい。


「.......七条和臣」


「なに、ゆかりん。あ、お腹空いた? 葉月がお菓子持ってるよ」


 知らない学校の校庭から出て、少し遠くに止めた車へ向かう。今日は花田さんが運転した。中田さんはジャンケンに負けたのだ。


「.......あんた、なんか苦手な事ないの?」


「え。.......勉強、運動、ゴキブリ、怖い人、あと将棋と」


「違うわよ。ていうか情けな」


 悲しいが認めざるを得ない。まだまだ苦手な事はたくさんある。


「はぁーーー。.......あんた蹴鞠始めない? それか大食い」


「えぇ.......。食べるより作る方がいい.......」


「.......うそ、冗談よ。別に自力で追い抜くからいい。.......あと、あんた忙しいし、断ってくれていいんだけど」


「ん?」


 シートベルトを締めながら、葉月が差し出したふ菓子を食べる。葉月はこれが好きらしい。このお菓子の正体が知りたい。なんだこれ。何でできてるんだ。黒糖以外の部分が謎すぎる。



「8月31日、三条一門蹴鞠大会......来る?」


「行くわ!」


 なぜかやる気の葉月と、ゆかりんに蹴り落とされに行くことになった。

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