似ている息子
「父さーーーん!!」
障子を開けて転がり込んできたのは、高校三年生になった息子。
「.......部屋に入る前に、確認しなさい」
重要な書類を閉じて、涙目の息子を見る。この子だけはいつまでたっても学習してくれないし、落ち着きもない。他の子達が全く手のかからない分、子育ての難しさを教えてくれたのはこの子だ。
「あ、ごめん」
オロオロと慌てている息子は、おもむろに何かを差し出してきた。
「と、父さん.......将棋、将棋教えて! 2時間で最強にして!」
「何を言ってるんだ。あ、それ父さんの将棋本じゃないか。最近見ないと思ったら」
付箋だらけの将棋本。和臣は最近は料理にハマっていると思っていたが、将棋にも興味があったのか。
自分は将棋が嫌いじゃないが、孝臣とやるとお互い慎重すぎて中々終わらないので、しばらく盤に触っていなかった。
「ど、どうしよう父さん。また勝てないのはまずい.......!」
「何を言っているんだ。あと将棋が2時間でどうにかなる訳ないだろう」
「うわああああ!! だって今日来るって言うからああああ!! 店に来るっていうからああああ!!」
「落ち着きなさい.......。泣いたって仕方がないだろう」
「もう負けられないんだよおおおお!! 引けないとこまで行っちゃってるのおおお!!」
この子は。
「.......お前は元気だなぁ」
こんなに良く泣くのは、誰に似たのだろう。
「父さん助けて!! せめてオセロの必勝法教えてぇ.......」
「え.......オセロでいいの?」
将棋に興味があるのではないのか。
「もうなんでもいいよぉ.......でもジェンガは無しになったんだよぉおおお!!」
何を言ってるんだ私の息子は。この世の終わりかと言うほど泣き叫ぶ息子は、とうとう床に突っ伏した。
「.......和臣」
「急に過去の天才棋士の霊が俺に取り付いたりしないかな.......ウチの蔵に血濡れの将棋盤とかないかな.......」
本当に何を言ってるんだ私の息子は。だいたいお前霊力が多すぎて取り憑かれた瞬間消し飛ばすだろう。
この手のかかる息子は、我が家始まって以来の天才。だがそんな事より、怪我が多いのと迷子が多いことの方が心配だ。あと成績。期待はしていなかったが、成長と共に方向音痴が治ることはなかった。責任のある仕事についたから、多少の怪我や悩みは仕方がないと思う。だが、多すぎるのはいただけない。寿命が縮む気がする。あと成績を何とかしてくれ。
「.......父さぁああん.......」
「.......」
他の子達は、全てをそつなくこなす。ちゃんと話は聞いてくれるし、窓を割って学校から連絡なんて来ないし、学校に来ていませんと警察沙汰になることも無かった。修学旅行で失踪したと言うのも、三者面談で成績について心配されることも初めてだった。
息子が死んだと連絡が来たのも、初めてだった。
「.......父さん.......あと和服.......和服貸して.......何かいい感じの.......印象いい感じの.......」
「.......父さんのは大きいんじゃないか?」
「何かいい感じの貸してええええ!! こいつになら娘任せられる感じ醸し出せるやつううう!!」
何を言ってるんだ私の息子は。
とりあえずいい感じの和服とやらを探す。店に行くと言うので、少し心配になってついて行った。
するとどうだ。なんと息子の彼女の親御さんが来ていた。とても喜ばしいのだが、もう1人の息子を思い出して落ち着かなくなった。そろそろお嫁さんと孫を見せて欲しい。
「.......和臣くんの、お父上ですか?」
「はい。お嬢さんには息子がいつもお世話になっています」
そのまま奥方が着物を選ぶ間、何故か自分が葉月ちゃんのお父上、宏樹さんと将棋を指すことになった。息子は部屋の隅に座っていた。
確かに強い。これは和臣では勝てないだろう。オセロですら驚くほど弱いのだから。
「.......お茶飲みます?」
暇なのか、息子がお茶を持ってきた。何を考えているのか分からない顔で、部屋の隅でぼーっとお茶を飲み始める。思いのほか茶菓子のせんべいが気に入ったのか、ちょっとにこにこし始めた。やっぱり、似ている。育っても、やっぱり似ている。
「素敵な息子さんですね。不思議な子だ」
「不思議な人でしたから.......王手」
「これは.......逃げるか.......取るか.......」
時間が時間なので、勝負は次回に持ち越しとなった。最後に息子が宏樹さんに腕相撲を挑みコテンパンに負けていた。無理だろう。お前、無理だろう、ああ、なんで挑んだんだ。
「.......無理だろう」
「父さん.......漢には引けない時があるんだ.......」
しかも息子は、コソコソと2人の後を付け始めた。学校の近くの角に隠れて、アパートを覗いている。
「.......大丈夫そうか?」
「大丈夫だろう。さあ、私達も帰ろう」
「.......うん」
最後まで食い入るようにアパートを見ていた息子は、心配そうに歩き出した。
「父さんさー、もし姉貴が彼氏連れてきたらどうする?」
「どうだろうなぁ.......静香が好きな相手なら、嬉しいんじゃないか?」
「ふぅん。父さんってあんまりそういう事口出さないよね」
「まあな。好きなようにしなさい。.......先代だってお前以外にはあんまり言わないぞ。父さんだって強くは言われなかった」
「へぇ」
それでもお前の母さんと結婚したんだよ。
「あっ! 父さんバス! バス行っちゃう! 急ごう!」
幼なじみだったけど。先代は他の立派な家のお嬢さんの写真をくれたけど。強く反対も、応援もされなかったけど。
それでも、お前の母さんと結婚したんだよ。
「歩いて帰ろうか、和臣」
「ええ!? 暑いよ父さん.......」
顔が似ている。行動が似ている。ちょっと話が通じないところが似ている。音痴なのは本当にすまない。清香もすまん。細かい事を気にしないところが似ている。山に好かれている所も似ている。ふわっといなくなってしまうのは、似て欲しくない。
「和臣」
「なに.......あづい.......坂道キツ.......」
「孝臣のお嫁さん、どうしよう.......」
「ひっ! が、ガチの問題じゃん.......」
私の子供達は、みんな。好きな人の隣りに居ればいい。1番幸せな場所にいればいい。
ーーーーーーー
父と母は幼なじみ。
お互い優香ちゃん、久臣くん呼びしてました。
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