立夏
「あっちーなー!」
「うえー」
半袖短パン。今は放課後だが体操服で外にいた。理由は簡単。
「.......プール掃除か」
「しかも俺たち2人だぜ! 絶対終わんねぇな!」
田中と2人、緑色のプールサイドに立っていた。なぜ受験生である俺と田中がプール掃除などしているかと言うと。
「おら働け問題児ども。内申落とされたくないならプールに落ちろ」
「「へーい.......」」
先日手違いにより職員室の窓を割った。9対1で田中が悪いが、まあ俺も多少の責任を感じてプール掃除に参加している。
悪気はなかったので、プール掃除さえすればお咎め無しとなった。優しいんだか優しくないんだか分からない。たぶん優しいのだと信じることにした。
「.......和臣お前なんで虫取り網持ってるんだ?」
「ヤゴ取ろうと思って。妹の自由研究にどうかなと」
「女の子にヤゴってお前、嫌われるぞー!」
緑色のプールに入る。ぬめっとした。
「.......清香は絶対そんなことないし」
「うっわ、シスコンじゃん!!」
「うるせぇお前に兄の気持ちが分かるか! 暑苦しいから寄るなと言われた兄の気持ちが!!」
「暑苦しい、寄るな」
しょっぱい。塩分補給だ。
「問題児ー、先生職員室戻るからあと2時間で終わらせとけよー」
「「横暴!!」」
「内申点欲しくないのかー?」
「「めちゃくちゃ欲しいー!!」」
「じゃあやれ。サボるなよ」
先生は暑いと言いながら帰った。デッキブラシで擦りつつ虫取り網で水をさらう。
「.......ヤゴいねぇなー」
「そもそもお前虫かご持ってきてないだろ!どうやって持って帰るんだよ!手づかみか?」
「確かに」
あまりの衝撃に手が止まる。俺としたことが。
「おーい」
何故か山田が制服姿でプールサイドに立っていた。
「水。差し入れ」
「「山田最高ー!!」」
山田は俺たちにペットボトルを投げて、プールサイドに座って数学の問題集を開いた。
「和臣、お前積分得意か? 式の中に式がある時ってどうするんだったかわかるか?」
「おい山田! なんで和臣に聞くんだ! 俺は!?」
「じゃあ田中は分かるのか?」
「さっぱりだ! 俺は数学とはおさらばした!」
「だろうな。で、和臣。わかるか?」
「えー? 問題見せろよ」
その後山田がホースを持ってきて、俺たちに向かって水をかける。涼しいので嬉しいのだが、隣りで田中が興奮していて暑苦しかったのでプラマイゼロになった。
「あら? 山田くんもいたのね。お手伝い?」
「え、偉いね」
両手にハンバーガーショップの一番大きなサイズのジュースを持った葉月と川田がやってきた。
「ごめんなさい。和臣の分がなくなったわ。大気中から水分補給してちょうだい」
「え? 今ナチュラルに俺山田に負けた? 大気中からってどうやんの?」
ヤケクソでプールを磨く。俺が磨き上げてやる、真っ白にな。田中は川田と話し始め戦力外通告だ。デレデレしやがって。
そして葉月と山田は数学を解き始めた。山田は俺より百倍わかりやすいと感動していた。
「.......」
どうしたこの疎外感。あれ、葉月さんって俺のために飲み物買ってきてくれたんじゃないんですか。田中のバカ見たいにだらしない顔でイチャイチャするのは俺では? 何を真面目に数学解いてんだ俺の彼女と友達は。
「和臣、来て」
「なんですか葉月さん.......」
「腰が入ってないのよ。そんなんじゃ全然磨けないわ」
葉月は靴と靴下を脱いで、俺にジュースを持たせる。
「.......残りはあげる。ほら、ブラシ貸しなさいよ」
「.......うわぁ、惚れるわこれ.......」
「ば、バカ! 美久も山田くん達もいるんだから考えなさいよ!」
葉月がプールを磨く。俺の10倍効率がいい気がする。ジュースは甘かった。
「問題児ー、終わったかー?」
先生が戻ってきて、葉月が掃除している所を見てひっくり返った。俺たちは極悪人とまで呼ばれた。
学年一の優等生にプール掃除をさせた事で責められ、先生は葉月にタオルまで持ってきた。
絶対俺と田中だけだったら持ってこなかったな。断言できる。
「.......極悪問題児ども。このプール半分だけやけに綺麗だが、どうした」
「ちょっと優等生になったんですよ」
「そしてブラシが1本壊れたんだが、これは?」
「.......頑張った証、夏の思い出です」
ギリギリ合格を言い渡されて、急いで着替えて葉月と帰る。今日は婆さん家のそうめん処理に呼ばれた。
「和臣、あなた日焼けしたのね。真っ赤よ」
「男らしい?」
「痛々しいわ」
涙が染みた。
気の早いセミがちらほら鳴き始める。葉月との3回目の夏が、やってきた。
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