漂白
「和臣ーー!!」
夕方、廊下に寝そべって全身で床の冷たさを受け止めていると、兄貴が走ってきた。仕事前なのか、仕事用の着物姿だった。
「おー! 兄貴これから仕事ー? がんばれー」
「お前ーー!!」
「ぎゃあああああああ!!」
こめかみを拳で押さえつけられる。なんでだ。
「なになに俺何かした!?」
「兄ちゃんの服が真っ白なんだよーー!!」
「あ、てへぺろ」
「許されると思ってんのかーーー!!」
いつもなら許してくれる気がする。どうしたんだ、機嫌悪いのか。
「1着ならまだいいがよりによって色物全部白いじゃないかーー!! どうすんだよ!!」
それは確かに怒るな。兄貴服とかきちんと買う派だし。俺は全く服に興味が無いので分からないが、買う店も組み合わせも何かあるらしい。難しい。
「俺も悪かったと思ってる.......兄貴のために洗濯してやろうと思ったんだ。そしたら間違えて漂白剤入れちゃって。変に色落ちしてるのもアレかなと思って全部脱色しといたぜ!」
「無駄な気遣いありがとうーー!!」
最後にすぱーんっと頭を叩いて兄貴は仕事へいった。毎回思うが兄貴優しすぎないか。大丈夫か第七隊隊長。
「.......あんたちゃんと謝りなさいよ。兄さんが許してくれるからって毎回毎回」
姉が呆れた顔でやってきた。兄貴の真っ白な服を抱えて、ゴツンと俺の頭を殴る。この白い服達は全て俺のタンスにしまわれるらしい。
確かに今回はやりすぎかもしれない。悪気は全くのゼロだが兄貴だって1ミリも悪くないので、どうにか埋め合わせをしなくては。
「.......俺が服を買ってプレゼント!」
「やめてあげな。あんたの趣味おかしいのよ。外で着れたもんじゃない」
「.......」
涙が出た。というかこの間外で着ましたがダメでしたかお姉様。
俺は自分で服をほとんど買わない。毎回姉が悲鳴を上げて隠すからだ。大体兄貴のお下がりか姉が選んだものを着ている。
「.......じゃあ肩たたき券?」
「多分兄さんは喜ぶけど、普通に考えて割に合わないわよ」
「.......現金プレゼント!!」
「私はそれが一番嬉しいけど、兄さんはどうかしらね。似顔絵でも添えたら?」
「姉貴、俺もう高三なんだよ。幼稚園生の父の日じゃないんだ。しかも今回は謝罪の意味のプレゼントだからな! もっと反省してる感を出したい!」
「本気で反省しな。大体さっきまで肩たたき券とか言ってたのあんたでしょ」
べしっとチョップが入る。
兄貴が喜ぶ物はなんだろう。新しい彼女だろうか。だがそれは少し重たいな、弟からのプレゼントとしては。
「.......兄貴今何が欲しいかな?」
「色物の服」
そりゃそうだ。
「.......姉貴買い物付き合って」
「はあ.......お姉ちゃんの服も買うからね。付き合いな」
「いえすお姉様!」
寝る前に一応兄貴の似顔絵を書いてみた。どちらかと言うと父に似たので捨てた。
次の日、学校帰りに姉の車で買い物へ行った。
「あんたこの時間に勉強でもしてな。葉月ちゃんに聞いたよ、英語酷いんだって?」
「.......めいびー、ぷろばぶりー」
「はぁ.......」
姉の後について入った店は、なんだか強そうな店だった。店が強そうというか、俺が弱そうに思えた。すいません場違い感が酷いんですが。
「これとこれ。あとこれ」
姉はスパスパ服を決めていく。俺はただそれを見ていた。
「.......和臣、あんたはどれが兄さんに似合うと思う? 1着ぐらい自分で選びな」
店に置かれた強そうな服を見回す。分からない、分からないぞ。兄貴は普段何着てたっけ。ダメだ何も思い出せない、ここはどこ俺は誰。
「.......い、一番値段が高いやつで.......」
「はぁ.......あんたウチの職業考えなさいよ」
呉服屋の息子ですが何か。胸を張って言える、ダメ息子だと。
その後も幾つか店を回って色物の服を買う。最後に姉の服を買いに行ったが、店が恐ろし過ぎて入れなかった。怖い。店の入口が総能本部の正門ぐらい怖かった。
「お待たせ。他買うものはないの?」
「ない。俺はこんな服屋だらけの所に用事はない」
「.......ウチが服屋よ」
姉は服だけでなく靴も買ったのか、大量の荷物を持たされた。別にそれは構わないのだが、このピンクの袋と箱が恥ずかしい。男物もそうだが、服屋の袋ってなんでこんなにスタイリッシュ決めてるんだ。やめてくれ俺がスタイリッシュじゃないから全てのスタイリッシュを殺してしまう。
「ほら、和臣これ」
姉がくれたのは女物の服屋の招待券。
「.......お姉様、衝撃だと思うんですけど、弟って男なんですよ。あと俺服に興味ゼロって言ってもスカートを履きたい願望もゼロでして」
「バカ! 葉月ちゃんにあげなって事よ! いい? あんたはたとえ何時間待たされようが何とも思わないんだから、喋る荷物持ちやってきな! あんた達全然遊ばないんだもの、こっちがやきもきするのよ」
「.......喋る荷物持ち.......」
「そうよ。可愛いと似合ってると買ってあげるだけ言えばいいの」
泣いた。
その後家に帰って、真っ白な服でアイスを食べていた兄貴に服を渡す。
「.......兄貴、昨日はごめん」
「お、お前が買ったのか.......?」
「安心しろ姉貴チョイスだ!」
あからさまにほっとした兄貴は、袋を覗いて。
「げ、結構いいやつじゃないか.......お前大丈夫か? 最近また携帯変えただろ。いくらだった?」
「いいよお詫びだし。あと.......」
先程車の中でノートの切れ端に書いた券を渡す。
「は? なんでもする券? .......お前幼稚園生かよ」
「うっさいなー。いいだろ、俺使い放題券だぞ。黒封筒ぐらいすごいぞ。天狗退治ぐらいならしてやる」
「重っ」
兄貴はノートの切れ端を摘む。ちょっと傷つく。
「.......まあ、ありがとうな。もう怒ってないよ」
それは知ってた。
兄貴がノートの切れ端をしまいながら真剣な顔になる。
「.......あとな」
「うん」
「.......これは老けすぎじゃないか?」
兄貴が取り出したのは昨日書いた似顔絵。
「うわあああ!? なんで持ってんのーー!?」
「静香が似顔絵貰えるって言うから待ってたのに.......まさか捨ててるとはな。仮にも兄の顔を捨てるなよ」
「返せバカ!!」
喧嘩になりかけた所で姉がやって来て、反省しろと怒られた。
週末葉月と服屋へ行けば、葉月は店に入って五分で会計まで済ませた。
「買ってあげる」
「別にいいわ」
泣いた。
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