先代
「和臣、着いたわよ。起きて」
「んあ」
ゴールデンウィークの仕事が終わり、車で帰ってきた。久しぶりの家なので、早く布団で寝たい。ゴロゴロしたい。勉強はしたくない。
「あら? お客様かしら」
「えー?」
荷物を持って車から降りる。葉月の目線の先を見ると、黒塗りの車が門の前に止まっていた。
「わ」
「すごい車ね。お客様がいるなら私は帰った方がいいかしら?」
今日は家族全員が揃って焼肉らしいので、葉月を誘って来いと姉から電話がかかってきた。葉月の電話に。また携帯をダメにした事を怒られ、壊したなら公衆電話からでも連絡しろと怒られた。
だが今はそんな事はどうでもいい。
「わ、わっ! 葉月逃げよう!」
「え?」
「どうしようどうしよう.......皆ごめん.......!! 俺だけ逃げるよ.......!!」
転がるように道路を走る。というか盛大に転んだ。
「ちょ、ちょっと和臣! 大丈夫!?」
「痛い.......でも逃げなきゃ.......」
思い切り膝を擦りむいたが、無視する。一刻も早くここから逃げなければ。今あの家に入るのはまずい。
「和臣、待ちなさいよ! 膝擦りむいてるわ、早くお家に入りましょう? あなた怪我が多すぎるわ、本当に、気をつけてちょうだい」
「どうしようどうしよう.......怪我とかバレたらやばいよ.......」
「お姉さんには私からも言っておくから、早く行きましょう? まず洗わないと.......」
「.......姉ちゃん助けて.......」
「だから、お姉さんには怒らないよう私が.......え?」
ちょうどその時、門から姉が出てきた。やはり姉が持っている中で1番いい着物を着ていて、化粧までしている。
「やっぱり和臣! ああ今日に限ってなんでこんなタイミングで.......!!」
「もうやだぁ.......今日焼肉って言ったじゃん.......もう本気でやだぁ.......」
「もう逃がしてあげられないよ。あんたの事気にしてた」
「わあ.......なんて素敵なサプライズなの? 俺泣いちゃう.......」
姉がやって来て、ぐりぐりと俺の頭を撫でた。仕事を頑張ったからではなく、これから起こることに対する憐れみだろう。助けて。
「お、お姉さん。あの.......」
「ああ、葉月ちゃん.......。本当にごめんなさいね、もうしばらく後でもう一度来て貰える? もし大変だったら明日にしましょう」
「いえ、それは大丈夫です。でも.......和臣はどうしてこんなに泣いてるんですか?」
「「.......」」
姉がゆっくり口を開いた時。門から男が2人出てきた。
1人は兄貴。もう1人は灰色の髪を短く切った厳しい顔の男。
兄貴の顔が青ざめる。ぱくぱくと口を開け閉めして俺を見ていた。それはそうだ。俺は今Tシャツ姿だし、血だらけの膝で地面に座っている。弁明しようがない。
「.......和臣」
「ご、」
急いで立ち上がって頭を下げる。冷や汗は止まらない。
「ご無沙汰しております。本日はこちらにいらっしゃるとは知らず.......」
「いい。早く中に入りなさい。.......そちらの方は?」
姉が息を飲んだ。まずい、葉月が目をつけられた。他人ですと言える雰囲気でも無い。
「.......ぼ、僕が仲良くさせていただいている方です」
葉月がぎょっとしたように俺を見た。俺も嫌だよこんな言い方。
「中で聞こう。お前には話がある」
「.......はい」
兄貴と男が中へ入り、姉が後をついて行く。客間にいると言われたので、早めに行かなければならない。
「.......和臣?」
「.......葉月、居間で待ってて.......ごめんだけどテレビはつけないで.......」
「ど、どちら様なの.......?」
「ウチの.......、七条の」
葉月が眉を寄せて俺を見ていた。葉月の目に映る自分が最高に情けない顔をしていて、余計に泣きたくなる。
「.......先代。父さんの父さん.......俺の祖父だ」
「な、なによ。脅かさないでちょうだい.......おじい様なのね」
「.......あの人を俺の祖父だと思うな。あの人は七条の先代だ。下手したら消されるぞ」
「ちょ、ちょっと.......どこに孫を消すおじい様がいるのよ.......」
「ここに居るんだよ.......」
もう色々諦めて、膝に絆創膏を叩きつけて着替える。着物を着た妹がムスッとして居間にいた。
「あ! 和兄おかえり! 葉月お姉ちゃんも! 」
「.......俺今から頑張ってくるから、葉月と待っててくれ」
「和兄.......」
妹が憐れみの視線を向けてきた。涙を堪えて客間へ向かう。
「.......失礼します。和臣です」
「入れ」
中には姉と兄貴だけではなく父もいた。俺は端に正座して大人しくする。そして。
「お前の話は聞いている。なぜ報告に来なかった」
すいません普通に忘れてました。あと怖いので記憶から消してました。
この人とは、昔俺が術者を辞めた時「もういい」とだけ言われてから関わっていない。元々顔を合わせる度怒られてしかいなかったので、正直喜んだ。
「.......忘れてました.......」
あ。と思った時にはもう遅い。俺はバカか。兄貴も姉も顔が引きつっていた。
「職に就いておいて報告もなしか。お前は昔から七条本家の者としての自覚が.......」
つらつらと俺がいかにダメなやつか説明される。七条がいかに長く続く家で、いかに裏の山が大切か。そしてやっぱり俺はダメだという所に戻る。
「そもそも!」
とうとうそもそも論に入ってしまった。もう俺は海の青さについて考えていた。早く帰ってくれないかな。
「.......だいたい、次男のくせに好き勝手しおって。.......その才能も、腐らせておくだけならない方がマシだったな」
俺が一番そう思ってるよ。あんたのお気に入りの兄貴じゃなくて俺がこんなで悪かったな。でも俺がお願いして天才になったんじゃない。お願いでどうにかなるなら俺はとっくにただの学生だ。
「先代、和臣は今や特別隊隊長です。才能を腐らせてなどいません」
兄貴が庇ってくれるが、黙っていた方がいいよ。その方が早く終わるから。
「.......いえ。僕が悪かったです。申し訳ありませんでした」
もうさっさと謝って焼肉が食べたい。葉月に会いたい。
「次男のお前が、七条のためにできることは何か分かるか」
「.......分かりません」
「子を作れ。お前の子なら、お山も気にいるかもしれん。相手はこちらで用意してある」
父さんが立ち上がった。
「先代。それは口出ししない約束ですよ。この子達の結婚はこの子達で決める。それが私、現当主の方針だとお伝えしたはずですが」
「別に和臣以外は好きにしろ。孝臣も静香もバカじゃないんだ。自分で考えて相手を見つけるだろう」
遠回しに俺はバカって言ってますか。まあ本当にバカなんですけど気遣いの精神って知ってます? 日本人の美徳的な。
「だが和臣。お前はお前の母同様愛されている。次も愛される子を作れ」
びっくり仰天だよ。今どきこんなこと言う人いるのか。
「相手候補は見繕ってきた。好きな者を選べ」
3枚の写真を見せられる前に。俺は。
「嫌だああああああ!!」
走って逃げた。先代どころか父達も口を開いて驚いている。それを全て無視して走った。
「「「「和臣!?」」」」
俺が裸足で庭に降りた時、4人全員が立ち上がった。それも無視する。
「わああああああああ!!」
先代が追いかけてきた。爺さんの癖に足が早い。
「まて和臣!!」
「嫌だあああああ!! 誰が待つかあああ!!」
「なっ.......!! お前なんて口の利き方を!」
「俺全然行儀良くないんだよおおお!! 本当は僕なんて言ったことないの!! あと!!」
庭の木に登る。下に先代がやって来て、追い詰められた。
「俺好きな子いるんだよおおお!! 子供作るために知らない人と結婚なんてするかっ!! 俺のこと嫌いなんだったら放っておいてよおおお!!」
先代が木に足をかけた。嘘だろ。
「泣くな喚くなみっともない!!」
「嫌だあああああ!! うわあああああ!!」
兄貴達が走って来る横で。廊下から靴下のまま飛び出してきた女の子が見えた。
「ちょっと!!」
先代の前に立って、俺が登った木を背に堂々と立つ。
「おじい様だろうがなんだろうが、和臣をここまで泣かせるなら許さないわ。多少厳しいのは仕方がないけど、ここまで嫌がっているのに追い詰めるなんて最低よ」
「.......君は?」
「許してないと言ったはずよ。私の名前はそこまで安くないの」
「.......」
「和臣はあなたの物じゃないの。好きなようにできると思わないで」
「.......和臣は七条の次男だ。なら、七条のために生きてもらう」
「はっ。いい事教えてあげるわ」
葉月は足を肩幅に開いて、先代を睨みつける。
「七条の和臣じゃないの。私の和臣なの。ご理解いただけるかしら?」
「.......」
「私のこと、消そうというなら好きにすればいいわ。タダで消されはしない、あなたも道ずれよ。それも叶わないなら消される前に消えるわ。でも和臣は渡さない」
兄貴が途中からビデオをまわしはじめた。父は顔を覆ってうろつき始める。姉はガッツポーズを決めていた。
先代は。
「.......良い」
「「は?」」
俺も葉月も思わず口を開いてしまった。
「.......お嬢さん、今度ウチに来てくれないか。話がしたい」
「.......勝負だったら、受けて立つわ」
「これは.......! 良い.......!」
俺は木から降りて葉月を抱きしめた。
「.......俺のですけど」
「取らん取らん! はは、そうかそうか! 邪魔したな! それから和臣、怪我はするな。責任も立場も自覚しろ。いいな」
先代は笑いながら妹に飴をあげて帰っていった。
「.......和臣、私消されるかしら」
「まさか。多分めちゃくちゃ気に入られたと思うよ」
「どこにそんな要素があったのかしら.......?」
「さあ? 俺知らない」
葉月が眉を歪めて口を半分開ける。見たことのない表情だった。
先代は怖いし七条だのなんだのうるさいが、気に入ったものは大事にするタイプだ。先代は父さんと兄貴の事がお気に入りで仕方なくて、姉も妹も可愛がっている。俺だけめちゃくちゃ怒られる。まあほとんど俺が悪いのだが、お互い苦手なのかもしれない。
その後の焼肉は大盛り上がりだった。酒の入った父達が葉月を褒めたたえ、訳の分からない雰囲気になる。
それから、毎月葉月宛に着物が送られてくるようになった。
ーーーーーーー
先代は次男です。
兄が早くに亡くなり当主になりました。
和臣の事は嫌いではありませんが、心配しています。本家の中で一番危うい子だと思っているので、繋ぎ止めてくれそうな葉月を見て安心しました。子供を作れと言うのも七条のために生きろというのも、何か和臣を社会に引き留める物が欲しかったからです。(和臣のお母さんがいた時は、お母さんと和臣がツートップで危ういと思っていました)
和臣は、多分葉月がいないとダメです。1人で術者をやっていたら、人には理解出来ない、届かない所に行ってしまいます。
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