山童
「部長、なんだか怯えてますよ」
「少し大袈裟すぎたか.......?」
一つ目の妖怪はお尻をこちらに向けて、頭を抱えてうずくまった。もしかしたら隠れているつもりかもしれない。
「.......
「そうですねぇ、強い妖怪のはずなんですが.......」
私の知らない妖怪だった。強いらしいが、震えながら頭を一生懸命に隠している姿からは想像できない。
「.......部長、どうしますか? 退治します?」
「.......おそらく言葉が通じるだろう。話してみるか」
花田さんが壁越しに話しかける間、私は町田さんにあの妖怪の事を聞いた。
「やまわろ? って、どういう妖怪なの?」
「.......相撲をとったり、大きな音を出したり、いたずらしたり.......山に入った河童らしいわ」
「河童!? 山に入ると一つ目になるの!?」
「.......妖怪の道理なんて分かんないわよ。一つ目になってるんだからなるのよ! 気にしてもしょうがない! 問題は山童ってそこそこ位が高い妖怪ってことよ!」
町田さんの大声に、ようやく花田さんと向かい合って話していた山童はビクッと頭を隠す。
「.......町田さん、少し静かにお願いしますね。話し中ですからね」
「ご、ごめんなさい.......」
中田さんが胸元から飴玉を取り出した。パッケージには「リアルスイカ味! ※緑色の飴玉はスイカの皮味」と書かれている。
中田さんは緑色の飴玉を山童に放った。
『.......くれるのか?』
しばらく飴玉を見つめたあと、山童はパクっとそれを食べた。気に入ったのか、すくっと立ち上がった。
『まだ春なのに!きゅうりか!』
スイカの皮とは言えなかった。小躍りし始めた山童に、花田さんが話しかける。
「なぜ我々の前に? それから、最近他の人の前に出たことはありますか?」
『.......ない。相撲に誘いたいけど、誘えない』
「「え?」」
『変なのがいる。どけて』
いつか聞いたような話だった。また自転車でも捨てられたのだろうか。
「変なのとは? 重ねて確認しますが、あなたは人間を殺してたり、傷つけたりはしていませんね?」
『.......尻子玉抜くと、人間もう来ないから。履き物の紐しか抜いてない』
「.......微妙に迷惑な。まあ、上に掛け合って退治はなしの方向にしましょう。それで、変なのとは?」
退治されなくてよかった。和臣がいたら泣いて退治しないでと騒いでいただろうから。
『水たまりの中にいる』
「水たまり.......ダムの事ですか?」
『どけて』
ダムの方へ歩き出した山童に続く。中田さんに私と町田さんは車で待っていてもいいと言われたが、ついて行った。
「.......どこに変なのというのがあるのでしょうか? 見たところ確認できませんが.......」
『? 変なの』
小さな手は、ダムの中を指さす。
「ねえ、山童さん。ここからだと遠すぎて、自転車があっても分からないのよ。もう少し詳しく場所を教えてちょうだい」
山童は一つしかない目で、じっと私を見て。
『水たまりの中』
「だから、それだと分からないのよ」
『全部』
「「「「え?」」」」
ぐらりと、地面が揺れた。
ダムの水位が上がる。むわっと何か大きなものがせり出てきて。大きな大きな瞳が見えた。
花田さんが私達に向かって走ってきて、一気に押し倒す。
「【
一気に壁が割れて、花田さんの肩が裂ける。中田さんが札を投げても、効果は一瞬だった上、相手に対して小さすぎた。
「全員下がれ!!【
花田さんが叫んだ術で、一瞬止まったように見えた大きすぎる相手は。邪魔そうに腕をふった。花田さんは、一気に腰を落として。大きすぎる腕に向かって、拳をふり抜いた。相手は低い音を立てて揺れて、花田さんは吹き飛んだ。木に当たった花田さんは、そのまま動かなくなった。
「部長!! 部長、お願いします!! 【
花田さんに駆け寄った中田さんは、花田さんの治療をしながら叫ぶ。
横にいた町田さんがはっとしたように私の前に出た。
「【
膨らませた紙風船に術をかけながら、町田さんは大きすぎる相手に向かい合う。膝どころか全身震えていた。
「葉月は副隊長のとこ行きなさい! 私じゃ治療の役に立たない!!」
紙風船を蹴りぬきながら、町田さんはまた新しい紙風船を膨らませる。
「【
紙風船は、届いてはいるが効いてはいなそうだった。私は花田さんの怪我を治療しに走った。中田さんがほとんど治療していて、もうやることはほぼかった。それでも、頭を打ったのか、花田さんは目を覚まさない。
「部長.......!!」
バリンっと、中田さんの壁が割れる。町田さんが一気にしゃがんだ。町田さんの真上に、水の腕がふり抜かれる。
町田さんは、腰が抜けたのかそのまま座り込んだ。
私は、走って。町田さんの前に出た。
壁も何も無い。私と大きな相手を遮るものは何も無い。
「【
怖い。怖い怖い怖い怖い怖い!
ダムの水全てより多いのではないかと言うほど大きい相手。黒い水の塊のようでいて、2つの大きな目玉が浮いている。見た事がないほど大きな相手。
規模が違う。桁が違う。私の術など、小指の先程も効いていない。
腰が引けた。逃げ出したい。助けて欲しい。
でも、花田さんは目を覚まさないし、中田さんは術を使いすぎて顔色が悪い。町田さんは私の後ろで震えている。みんな、立ち向かったのだ。私だって、せめて。せめてみんなの前に立たなければ。
「【
目玉がこちらを向いた。私を見て、ぎらりと光った。
心臓が跳ねて、手が震える。怖くて怖くて、1歩足が下がる。こんな相手、どうすればいいのだ。
人とは規模が違いすぎる。どんなに足掻いたって、アリ1匹ではゾウには敵わない。
ゆっくりと、大きな腕が私に伸びる。腰が抜けて、座り込みそうになった時。
「.......・
1番聞きたかった、声がした。
「【
信じられない程の壁が張られた後。震える手を取られて、印を結ばされる。そのまま、固まった大きな相手に向かって持ち上げられる。
「はあい、お弟子さん。遅れてごめんなさいね」
手袋に指環をはめた手が、しっかり私の手を握っていた。
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